第10話 薬の材料の採取
「団長~!!」
団長室の窓から、団長を呼ぶ声がして振り返ると其処には竜に乗っているのであろうマイルがいた。
「大変ですっ!!!」
最近この窓から出入りしてくる奴が多いなと思いながらも、声が聞きとりずらかったので窓を開けた。
「団長~!良いんですかぁ!?」
窓を開けるなり、何の説明もなしに興奮したマイルの大声が耳に入った。
「…何がだ」
声が大きすぎる。とは言わずに、説明を求めた。
「フラナさん、アルクさんと黒竜に乗って行っちゃいましたよ。そんな事許されて良いんですかぁ!?」
全ての竜に気に入れられてるとはいえ、竜に乗るのはランだけなのかとマイルなりに気を使い、二人で竜に乗りますか?なんて、フラナなら誘いに即乗ってくれそうなシチュエーションを避けてきたというのに、まさかのアルクの抜け駆けであった。
「二人で?」
竜舎を見れば、確かに黒竜の姿が見えない。
「良いわけないだろ!あいつはまだ騎乗の許可もおりてない!そもそも仕事中に何処へ行ったんだ?何で止めなかった!?」
今度はイルがつい質問攻めにしてしまった。
「いや、何か…竜にも効く薬の事を聞いていたようで、それで気付いたら二人で乗って飛んでいきました」
マイルは二人が話してるなとは遠目で見ていたが、気付いたらもう黒竜は飛び立っていた。
「まさか…薬の材料を取りに行ったんじゃないだろうな」
話の流れのまま、材料がある場所に二人で行ったのだとすれば、竜の薬になる材料の多くは人の足で行くには難しい高所等にあるので、慣れない二人乗り、まして竜騎士は現在治療中で騎乗を止められているとなれば、何が起きても不思議ではない。
「ラン!」
ランを呼んで窓から飛び移った。その姿を見ていたランの鎖に近い所にいた竜騎士が鎖を外し、それを確認してからイルは飛び立っていった。
「あれ?団長だけで行かせて大丈夫…ですかね?」
瞬く間に追いかけていった団長の姿を見て、報告しに来るよりも、自分で追いかけた方が良かったかと反省するマイル。
「…俺が追いかける。残りの連中は待機だ」
副団長は窓からではなく竜舎へ向かって、イルを追いかける為に自分も竜に乗って飛び立った。
「これが一番薬に使われる材料だな」
人間だけで来るには、かなりの装備と訓練を経てしか来れないような絶壁も竜がいればすぐに来る事が出来る。
「こんな場所にある植物をよく発見されましたね。竜さん達は生命力も回復力も強いと聞きましたが、研究される事になったきっかけはあったのですか?」
生育に影響がない程度に少しだけ採取しては、次の場所に行く。
採取する時はこの繰り返しだ。
「俺がこいつと会った時に、こいつは怪我をしていたんだ。しかも羽根を怪我していたから飛ぶ事が出来なかった。それで人間用の薬を塗ったが特に効果はなさそうだった」
傷そのものが致命傷という程の傷ではなかったが、おそらく翼に攻撃を受けて最後の力を振り絞って飛んで逃げて、ついには落下して、そのまま動けなくなっていたのだろう。
「それで、こいつの翼が治るまで色々と試したんだ」
山で生活していたアルクは傷に効く植物を知っていたので、それらを採取しては塗ってを繰り返していた。現在竜騎士団に常備されている竜用の薬はその時に作られた物が主となっている。
「そんな出会いがあったんですね、今はすっかり良くなって、今度はアルクさんが治す番ですね」
人と竜の頑丈さは全く異なるので、いつも傷つくのは人の方だ。
「採取する時は少しだけ取るようにしろよ。また次に採れるようにな」
二人はアルクが以前採取の任務の時によく回っていたルートを飛んでいた。
「ここなら竜に乗れない私でも来れそうです」
珍しい平地へと降り、今の時期しか咲かない花を採取する。
「誰だ!」
花の採取に気を取られていたフラナは、アルクの怒ったような声に驚いた。
「射られたくなかったら出て来い」
アルクは弓を構えた。竜騎士のほとんどは剣を使うが、アルクだけは弓を使っていた。
「す、すみません…。竜がいたので感激していただけで隠れるつもりはなかったんです………」
アルクに促されて、茂みの中から若い男性が現れた。
「感激ってもしかして貴方も竜がお好きなんですか?」
フラナは初対面の男に警戒心も見せずに話しかけているが、アルクは弓から手を離さなかった。
「貴方もって事は、貴方も竜がお好きなんですね?そうなんです、私は竜について研究しておりまして、竜騎士を備えるこちらに来たんです!」
少し前に何処かで聞いたような内容だった。
「これが本物の竜かぁ。真っ黒で恰好良いなぁ…」
研究者を名乗る男は黒竜の近くに歩み寄ろうとした。
「こいつは、そこにいる嬢ちゃん以外の人間は嫌いだ。それ以上近付くな」
竜の上に人が乗っていると、つい竜も此処では従順なんだと思ってしまうが、それはあくまで相棒に対してだけのものだ。
「嬢ちゃん帰るぞ」
もう材料の花は十分に採取してある。それなら此処にこれ以上留まる必要もない。
「あ、竜騎士団の方ですよね?私も連れて行ってくれませんか?」
研究者を名乗る男が一歩踏み出した事で、黒竜が咆哮をあげた。
「黒竜さん落ち着いてください。この方を食べては駄目ですよ」
研究者を名乗る男の前にフラナはわざと出て、その威嚇をなだめた。
「すみません…近くに寄ってしまって…。でも私は竜の研究をしたくて此処まで来たんです、どうか!」
研究者が頭を下げてる中で、もう一匹の竜が降りてきた。
一度に竜が二匹もいて、研究者は興奮のあまり気絶しそうだった。
「アルク!お前、まだ騎乗の許可も出てないし、薬の材料の採取は竜の世話人の仕事じゃない!!」
この黄金の竜と、それに乗る男の黄金の髪に赤い瞳。間違いない、この国の第一王子にして竜騎士団長とその相棒の竜だ。
「嬢ちゃんが、薬に興味があるから百聞は一見に如かずで連れてきてやっただけだ」
アルクは謝るどころか自分を正当化するのみだった。
「皆さん無事ですね」
黒竜の咆哮を元に副団長も追いついてきた。
「あわわ、り…竜が三匹も???」
研究者は竜を見る事を夢見てきたが、それが叶い、さらには一度に三匹もいるなんて完全なキャパシティオーバーであった。
「竜騎士団長殿とお見受けします。私は遠く北の国から来たヴィッセンです。私は竜の研究をしています。どうか竜騎士団へ連れて行って頂けないでしょうか?」
ヴィッセンの存在に気付いていなかったイルと副団長はヴィッセンに怪訝そうな顔を向けた。
「竜の研究をする人をこの国では求めていません」
副団長がはっきりと断りの言葉を口にした。
「待ってください!」
副団長が合図をして、竜達は飛び上がった。
「あの方を城にお連れするのは駄目なのですか?」
自分と同じような気持ちでこの国へ来たのであろう研究者の事をフラナは気にかけていた。
「最近不穏な事が続いているのに、怪しい人間を入れるわけにはいけません」
フラナの事も怪しいと思いながらも、世話人としてあまりにも得意な才があったのと、世話人がいない状況故に受け入れる形となったが、他国から来た人間を不用意に入れるのは今はするべきではないだろう。
「そうですか…」
具体的に竜のどういう事についての研究をしているのかまでは聞けなかったが、冬眠の事やまだまだ解明されていない事も沢山あるようなので、そういった部分を解明していく人がいてくれたら良かったのに、とフラナは後ろ髪を引かれる想いだった。
「…アルクは今すぐ医務室へ行き、勝手に騎乗して、弓にまで手をかけた。と正直に話してこい」
弓を射ったわけでもないのに過保護な奴と思いながら、このまま竜舎にいても団長か副団長からお叱りを受けそうな雰囲気しかないので、大人しく従った。
「フラナは薬の事にも興味を持ってくれるのは良いが、採取は俺達の任務の一つだ。採取した材料で薬を作る役割の人もいる。それには手を出さないでくれ」
大方、アルクが気軽な気持ちで興味があるなら実施訓練だ。なんて言って連れ出したのは目に見えているが、以後こうした事が起きないようにフラナにも分かってもらう必要がある。
「勝手な事をして申し訳ありませんでした」
フラナには反省をしてもらい、アルクはあんな性格なので下手にフラナを連れ出すと面倒な事になるな、と思ってもらうしかない。
「…アルクは他の皆とは違い、騎士として訓練を受けたわけではない。竜に乗っていたから俺がスカウトしただけだ。それだからか自由過ぎる所があるから、気をつけるように」
朝からちょっとした騒動だったが、とりあえず誰にも怪我などはなくて幸いだった。
人が増えればトラブルも増える側面もある。
アルクは優秀な騎士だが根っからの騎士ではない為、自由な言動も目立つ。
フラナとの相性は悪くないようだが、暴走しがちな二人はこれからも注視していく必要がありそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます