第9話 過去と現在


 「アルクは大丈夫か?あいつは根は悪い奴じゃないが、偏屈な所があるからな」

イルは竜舎に入り浸っているアルクの事を気にかけていた。

「黒竜さんが嬉しそうで良かったです」

竜舎にいつもいる人間がフラナ一人だったのが、アルクと二人になっただけでそれ程変化はなかった。


「…早く乗れるようになったら黒竜さんも嬉しいでしょうね」

竜舎には入り浸っているがアルクはまだ怪我が治っておらず、医師から竜へ騎乗の許可もおりていないので、朝になるとやって来て、ただ黒竜の側にいるだけだった。

「何もなければ良いんだ、もし何かあれば話してくれ」

イルは短い休憩をとり、団長室へと戻っていった。



「最近の街で話題沸騰の噂って知ってます?」

イルの次に、少し遅れて休憩に入ったマイルがやって来た。

「噂ですか?街に行く事がないので流行とか噂話とかは聞いてないですね」

イルに案内されて街に出かけた事はあったが、それもすぐにランが乱入してきて、空での散歩に変わったので、街の事はほとんど知らないままだった。


「イル王子についに恋人が現る!って」

あの時はイルが何度帰ろうと言っても、ランが珍しく駄々をこねて、なかなか帰れずに二人でご機嫌とるので大変だったけど、楽しい一日だった。

などと思い出に浸っていたフラナにマイルが街の噂について話題を振ってきた。


「そうですか、それは良かったですね」

フラナの他人行儀な言い方は、王子の相手が竜の世話人であるフラナだって事を全く考えてもいない様子だった。


「騎士とあろうものが不確かな情報を流すな!」

副団長が二人の会話に割り込んできた。

「えぇ~?騎士って噂話もしちゃいけないんですかぁ?」

ただフラナの反応が知りたくて振った話題だったが、余計な邪魔が入ってしまった。


「でも質問するのは良いですよね、フラナさんは好みのタイプとかいるんですか?」

簡単には引き下がらないマイルは、この機を逃さずにフラナの事を探ろうとしてきた。


「…私は恋愛とかそういうものはよく分かりません」

いつも笑顔でいるフラナが、ふと表情が曇った。

「家の為になる結婚をして家を出る。ずっとそうやって育ってきましたから、恋愛の事を考える事がありませんでした」


周囲の人間もそうやって適齢期を迎えて、親の都合で婚約相手が決まり、それに逆らう事なく生涯の伴侶の元へと嫁いでいく。

それが人生なのだと当たり前のように思ってきた。


「いざ婚約が決まって、これでもう自分の人生は決まったんだなって思ったら…どうしても竜を見たいと思って、それで私竜騎士団があるこの国に来たんです」

ずっとフラナなりに家の方針に従って人形のように生きてきた。

家でもずっと仮面を被り続けたような人生だった。

でも、そんな人生に小さな出会いが変化をもたらしたのだ。


「もう何もかも捨ててきました。ですから、結婚だとか恋愛とかはもう私には関係のない話なんです」

一時の気の迷いと言えばそうなのかもしれない。でも、このままろくに知らない誰かの元へと嫁いで、仮面を被り続けるのは嫌だと思った。


せめて、あの竜を見たいと思った。例え、それで家族を失い、何もかもを失ったとしても。

「今は竜達と過ごせて仕事があるので私はそれで幸せです」


将来は決められた婚約者と結婚するとしても、幼い頃に誰かに恋をする事はよくあるもの。

しかしフラナはそういう思い出が何一つなかった。

女性としての幸せとか、恋愛とか、元々あまり興味がなかったのかもしれない。


フラナはマイルに一礼して、仕事へと戻った。

一定の年齢に達しても未婚でいる女性は何かと探りを入れられたり、よく思われなかったりするのも現実だ。

フラナは今の生活を楽しんでいた。もう仮面を被り続ける必要はないのだ。


「何を突然言い出してるんだ、ましてあんなプライベートな質問する程にお前達は仲が良かったのか?」

フラナは隠す事なく打ち明けてくれたが、あまり触れられたくない話題だったのは表情や言葉の抑揚などから見ても明らかだ。


「すみません…。俺が許容範囲に入るか知りたいだけだったんです………」

アルクもそうだが、人よりも竜に興味や関心がある人間もいる。

マイルのようにいつも恋愛の事を考えている奴もいる。

色々な人間が集まってこの城が成り立って、街も成り立っている。


竜に二人乗りするという見慣れない姿に恋人だと騒ぎたてる街の人達の気持ちも分からなくはないが、一国の王子である人間の恋人が出来たというビッグニュースは現在は誤報であるから、それに対して何かしら対応をとりたいところだが、人の口に鍵をかけるのは難しいものだ。


いつか街の人達の期待どうりのような発表が出来るのなら、それが一番良いのだが、それはいつの日か。

そもそも訪れるのかは今は誰にも分からない。

とりあえずマイルには厳重注意をしなくてはならないのだけは間違いがない。


「副団長さん少しお話よろしいでしょうか?」

そう考えに耽っていると、フラナが話しかけてきた。

「竜さん達を診てくれる医師はいらっしゃるのですか?」

竜につける薬は多少あるが、状態を診るといった人間で言う医師や、動物を診る獣医師などのような職業は存在していなかった。


「いやいないが、怪我をしている竜が?」

黒竜が大きな傷を負ったが、それ以降は怪我と言える程、大きな戦闘になった竜の記憶はなかった。

「いえ、そういう事ではないんですが、最近戦況も活発になってるようですし、何かの際に頼る方がいるのかと思いまして」


イルが他国で襲撃されて以降、フラナも多少不安が強くなっているのかもしれない。

「竜は人より怪我を負いにくいし、負っても回復も早い、だから以前は薬さえなかった。アルクが此処に来てから、ようやく学んだような状況だ」


アルクは黒竜と怪我をした状態で出会ったから、竜の怪我の治す術を探していたそうだ。

黒竜が良くなってからは、絶壁にしか生息しない希少な植物を採取して、研究していた。

今は、それを採取するのが竜騎士団の一つの日課にもなった程だ。


「ならば、アルクさんが詳しいんですね」

そう聞くと、フラナはアルクの元へ走っていった。万が一の際に備えておきたいのだろう。

偏屈な所があるアルクがどの程度話すかは分からないが、竜を救う方法が少しで増えるのであれば、竜騎士団にとっても有益だ。


「竜を研究している学者がいれば助かるんだがな」

フラナのように竜に愛着を持ってる人物で学者肌の者がいれば良いのだが、なかなかそんなに都合良く人材は集まらない。

しばらくはアルクが自分で研究した薬を、非常薬として一定数を確保して備える位しか出来ていないのが現状だ。


「マイル、今日の特訓はお前だけ皆の三倍だ」

とりあえず、マイルには厳重注意とそれに付随した特訓量を化して、副団長も団長室へと向かった。

竜騎士団を運営していく為にやる事は沢山あるのだ。

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