第2話 胡麻団子

 僕が姑娘飯店のトイレから戻るとテーブルの上には一皿料理が増えていた。

 真っ白な小皿の上には白胡麻がたっぷりと塗されたまん丸な団子が四つほど、小さく湯気を立てている。

 胡麻団子だ。

「いつの間に頼んだのか」

「この店の胡麻団子は堪らんからな。……さて、この団子の中身は何か分かるか?」

「こし餡だろう」

「何故分かる。この料理名は胡麻団子。一文字も”こし餡”など含まれていないぞ」

 また面倒なことを言い出したこの男は田村貢太郎。

 怪談好きが高じて今では怪談師と名乗り、糊口を凌いでいるという男。

「何故って食べれば分かるだろう」

 僕は胡麻団子を摘み、口に入れた。

 まずざらりとした白胡麻の舌触り。噛むと殻を破るカリリとした食感と共に胡麻の風味が立つ。

 続いてもちっとした生地を破ると中から滑らかなこし餡が流れ出る。良く練られた餡子が舌の上を滑る。

 口の中で三種の食感が混ざり合い、甘い香りと香ばしさが鼻を抜けていく。

「やっぱりこし餡だ」

 貢太郎は嬉しそうだ。

「胡麻団子の名前が仮に『こし餡入り胡麻団子』だったらどうだ」

「どうも何も……」

「つまらないと思わないか。怪談と一緒だ。タイトルで全てを説明しないから良いのだ」

 また始まった。

「仮に『事故物件に飛び交う老婆の生首』というタイトルの怪談があったらどうだ? 聴きたいか?」

「いや、聞かなくても内容が分かる」

「そうだろう。タイトルは大事なんだ。この胡麻団子は一番大事な『こし餡』の存在には一言も触れない。だからこそ、中身は何だろうとそこに至るまでの食感、香りを一つ一つ楽しめるのだ」

 貢太郎は胡麻団子を口に入れた。うっとりとそれを飲み込み、続ける。

「いいか、胡麻の香ばしさ、カリッとした食感。生地のもっちりとした食感とこし餡の滑らかさと甘さ。これらを余すことなく全て楽しめるのもタイトルの妙技だ」

「……本当に作った人はそこまで考えて胡麻団子と名付けているのか?」


 沈黙が流れる。


 姑娘飯店の窓から見えるアスファルトの上には陽炎が立っている。

「一番いい季節だな。怪談も、中華も」

 中華料理屋にもかかわらず付けられた風鈴がちりんとなった。

 夏であった。

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