第3話 青椒肉絲

 僕と貢太郎はとにかく腹が減っていた。

 男二人が腹ペコで中華料理屋に駆け込むとき、まずかきこんで口の中を幸せにできるもの、それは肉だ。

 じゅっとにじみ出るような肉の脂、その求心力はすさまじいものがある。

 僕と貢太郎は姑娘飯店に来たとたんに、食欲に任せて怒涛の勢いで肉料理のメニューをなぞった。

 皿の上にはダイエットなぞどこ吹く風、テーブルを埋める肉肉肉。

 その真ん中に鎮座するのは青椒肉絲だった。


「なぁ、青椒肉絲は細ければ細いほど良いと思わないか」

 てかてかと脂が光る細切り牛肉をつまみ、黄金色のビールで流し込みながら貢太郎は言う。

「そりゃあ厚切りだったらピーマンと牛肉の肉野菜炒めになっちまう」

 僕は白い皿の上に盛られた青椒肉絲を見た。

 細切りにされた牛肉とピーマン、そして姑娘飯店ではタケノコを入れていた。

 それらがオイスターソースと紹興酒をまとい、てらてらと光っている。

 僕が口に運ぶと三つの触感がはじける。牛肉の脂から出るうまみがじわっと広がり、みしっとした噛み応え、そしてピーマンの微かな苦みとパキパキした青々しい硬さ、タケノコのこりりとした触感が歯に伝わる。

 甘味が強めだが、強烈なうま味を伴って片栗粉をまとったごま油とオイスターソースの香りが鼻を抜けて胃へと落ちていく。

 そのまま僕は白米をかきこんだ。

「ピーマンは薄く、細く切ると苦みを感じにくくなり、食べやすくなるそうだ」

 貢太郎も僕に続いて青椒肉絲を口に運んだ。

「怪談も同じだ。情報は細切りの方がいい。脳内で情報を消化しやすくなる」

 また始まった。

「例えば、ある男が小学校ぐらいのときの話でそのころは家に帰るとテレビを見るのが日課であり一人でテレビを見ているとテレビの脇から出てきたのは年のころ三十ばかりの女で髪の毛が肩ぐらいまであり小首をかしげてこちらをうかがうようにくびだけをこちょこちょと動かしながら迫ってくるような気がするようなそうでもないようななそぶりを見せるがその目は何も映してないかのような真っ黒であり特に白目は全く見えずにただ真っ黒な穴だけが開いているようなそんな気がしてでもどうしようどうしよう自分は小学生であって」

「長い、くどい」

「だろう。こんな風にずっと聞かされたら疲れてしまう。一文なんか短くていい。ただ、必要な情報だけを選りすぐり、形を成すので十分だ」

「そういうもんなのか」

「そうだ。男でもくどい奴は女に嫌われる。そうだろう。短く、真髄をズバッと言うから恰好がいいんじゃないか」

 お前が色恋を語るのか、と思ったが僕は黙っていた。

「青椒肉絲なんか見てみろよ。こんなに細切りなのにこの一辺が見せる存在感。一本の線にも等しい欠片にもかかわらず、肉、ピーマン、タケノコ全てがベストを尽くす必要最低限だ。美しいだろう。怪談表現だってそれは同じだ」


 僕はそう言われて納得しそうだったが、ふと頭をよぎった。

「さっきの長セリフだけどな、あれは一文の長さじゃなくてただお前が余白をとらずに一気に早口で言ったから聞きにくかっただけじゃないのか?」


「余白、そう、怪談は余白を楽しむものだよ」

 分かってるじゃないか、と言いながら貢太郎は気まずそうにビールを流し込んだ。

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怪談師と町中華を。 斉砂波人 @imizuna-namito

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