第3話 夏の始まりはきらいですか?③
くすんだ羅針盤の針がピタリと止まる。
淡くくすんだ赤い針先がさし示していた先は、公園の隅に整備された、鬱蒼とした茂みの中だった。
まおが不思議そうに、止まった針とひよりの顔を交互に見比べている。
「ふむ。どうやらカメラは、あの茂みの中にあるみたいだね」
初夏の日差しの陰を写したような茂みを、チラリと見た九十九がゆっくりと口を開く。
まだ背の伸びきっていない茂みは、これから始まる夏の熱気を蓄え始めるかのように、枝に緑の葉をつけている。
九十九はコートが汚れる事など、つゆほども気にしていないかのように、湿った暗い茂みへと分け入って行く。
「あっ、九十九さん......」
ひよりの心配をよそに、九十九はガサガサと枝葉の擦れる音を鳴り響かせながら、茂みの中を奥へ奥へと突き進んでいく。
ある時、進む九十九の背中が、ふっと茂みの中へと沈んで消えた。
まおが期待と不安が入り混じったような表情で、ひよりの顔を見上げる。
「大丈夫、大丈夫! 絶対に見つかるよ」
「うん」
自信満々に言葉を発するひよりの声に、まおが小さく頷く。
照り返す太陽の光が、まおの顔を明るく照らし始めていた。
「あったあった」
どこか間の抜けた声と共に、茂みからピンク色のカメラが生えてくる。
「あっ!」
カメラを視界に収めた瞬間、まおの表情にパッと輝きが灯り、茂みに向かって駆け出した。
「これが君の探していた、カメラであっているかな?」
九十九の手に握られていたカメラは、赤と白がバランスよく混ぜ合わされた色彩の本体と、本体と同じ色の肩掛けがつけられたカメラだった。
「オジさん、ありがとう!」
屈託のない笑顔を浮かべたまおが、跳ねるようにカメラを受け取る。
「どういたしまして、お嬢さん」
コートと帽子についた枝葉を両手で叩き落としながら、九十九が薄い笑みを浮かべる。
「見つかってよかったね」
嬉しそうに頷くまおの両手には、しっかりとピンク色のカメラが握りしめられていた。
強まり始めた日差しを全身に受けたベンチが、静かに音を立てる。
暖かな静寂を踏み割くように、公園の入り口から大きな足音が聞こえてくる。
「ちょっとあんた! なにやってるのよ!」
静かな風が流れる公園に、つんざく声が響き渡り、まおの体が小さく跳ねた。
九十九とひよりが、声のした方向へ視線を向けると、まおと年の変わらない少女が、ツカツカと早歩きでこちらへ近づいてきていた。
「ああ! 私たち全然怪しい者じゃなくて、まおちゃんと一緒にカメラを探してた......」
ひよりが弁明のために一歩前へと歩みを進める。
「ウチ、あんたにもうこの公園には近づくなって言ったわよね!」
ひよりの言葉を遮った少女が、まおへと強引に詰め寄る。
少女に詰め寄られたまおは、カメラを胸に抱きしめて俯き震えていた。
「ちょっ、ちょっと、落ち着いて。いったい何があったの?」
ひよりがサッと2人の間に割って入る。
「あんた誰? あんたには関係ないでしょ!」
まだおろしたばかりだろうか、シワひとつない洋服と、汚れひとつ付いていない靴に身を包んだ少女が、目を吊り上げながら苛立ちの言葉をぶつける。
俯くまおが、ひよりの服の裾をキュッと握りしめていた。
「関係なくはないよ。何があったか知らないけど、いくら友達だとしても言い過ぎだと思うな」
「あんたこの子の何なわけ?」
少女の感情を代弁するかのように、肩から掛けた小さなポーチバッグが小刻みに揺れていた。
「いや、何と聞かれると、今日会ったばっかりですけど......」
少し困ったようにひよりが言い淀む。
「じゃあただの他人じゃん!」
言い放つような少女の言葉に、ひよりが困ったような表情を浮かべる。
「ウチは今、まおに話しかけてんの! 関係ない大人は引っ込んでて!!」
少女のひとつ結びの髪と連動するかのように、肩から掛けたポーチバッグが激しく揺れる。
高く昇る太陽の光が、三人の肌をジリジリと焼き焦がしていくようだった。
苛立つ少女をマジマジと見つめていた九十九が、諭すように口を開く。
「はじめまして元気なお嬢さん。君はいったい何を探しているのかな?」
生い茂る木々の緑は深まり始め、心を焦がすような初夏の風が4人の間を吹き抜けていく。
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