いや、何でこうなった?

 私は、いっつも守られてばっかりだと思う。


 ここに運ばれる時も、それほど体格の変わらないアイちゃんに背負ってもらって。普段からニックさんに話し相手になってもらって。パパが私のために危険なことを繰り返して。それで、三年前のあの日も、ママに。

 みんなが優しくしてくれて、私を心配してくれている。それが分かって胸がポカポカするのに、同時に寂しさを覚える。


 だって、私は何も出来てない。

 今だって、お城の地下の大部屋の隅っこで、膝を抱えて座る事しか出来ていない。これが観光じゃないことなんてとっくに分かってる。

 ここにいるみんな、顔は見えないけど、空気が沈んでるのはわかる。不安だ。パパたちが危険なことを今してるって分かったから。

 怪我して無いかな。ちゃんと帰ってくるのかな。また、あの時みたいに。

 私まで気持ちがズンズン沈んでって、近くにいたオルセンさんが心配してくれる。


 「大丈夫か?」

 「うん! 大丈夫だよ!」


 嘘。ほんとは苦しい。でも、それ以上に守られてばっかは嫌だから。

 そう、思ったのに。


 「はうっ!?」

 「おい! 大丈夫か!?」


 なんで、どうして?

 急に息が苦しくて、胸がバクバクして。今までこんなことなかったのに。

 身体が焼かれてるみたい。オルセンさんが必死に呼びかけてくれてるのに、答えられない。

 ここにいる他の人の苦しんでる声も聞こえてくる。

 すごく苦しくて、でもきっとまたパパが助けてくれる。だから、大丈夫。


 だけどまた、何も出来ないの? また、助けられるだけなのかな?

 それは、嫌だな。


 「おい! そうだ、水。水を飲め」


 オルセンさんが私の身体を支えて、水筒の飲み口を私の口まで持ってきてくれる。私はそれを口の中へ流し込んだ。

 これ、アイちゃんがくれたやつだっけ? ありがとうって言わなきゃ。

 

 え? 甘い?


 「あれ、私……」

 「どうした? 大丈夫か!? 何で急に虹色に光って……?」


 気づけば目の前にいた、オルセンさんらしき茶髪の騎士が、私の顔を心配そうに覗き込んでいた。

 そしてさっきまでの苦しさが、私の中からいつの間にか、消えていた。



 地面が微かに揺れている。

 傷を完全に癒やしたであろうメティスが、僕を睨み機を伺っていた。


 完全に、僕に標的を定めたようだね。それでいい。ニックは倒れ、リギルも重症。この中で一番傷が浅い僕が担うべきだ。

 それに、僕も流石に怒っている。メティスがコチラに注意を向けてくれているのは好都合だ。

 元の色に戻ってしまった剣をもう一度、鞘へと収める。

 メティスの頭が沈み込んだ。


 「――来る」


 瞬時に地を蹴り、横へとズレる。先ほどまでいた場所を巨大な顎門が砕いた。

 剣を引き抜く。チリチリと肌を焼く温度を感じた。勢いそのままにメティスへと弧を描く。

 微かな手応え。メティスはかろうじて直撃を避けていた。


 「浅かったか」


 だけど。

 メティスが避けた先に、ハルバードを振りかぶったリギルがいた。


 「ォオオ!!」


 ハルバードがメティスの背に直撃する。


 『――!?』


 言葉にならない苦悶の声が響く。

 鱗を破れなくても、内部に効いてる。攻撃はちゃんと通る。

 でも、追い詰められているのはこちらだ。メティスは傷を負うたび回復している。その不死性も厄介だけど、何より。


 「フール、出来るだけ急がねぇとラスティが!」

 「分かってる!」


 そう、メティスが回復するだけ、ラスティたちが奪われている。

 どうにか、一発で仕留められれば。もしくは、回復する隙を与えない程の連撃を。


 最初に二つ投げたから、手持ちの爆裂球はあと三つ。どうしても決定打に欠ける。かといって、連撃はリスクが高い。回復させる隙を一度でも与えて仕舞えば致命的だ。それを二人で行うにはあまりにも。


 何か、何かもう一手欲しい。そんな時だった。


 『本当に吾を倒せると、そう思っているのか? 良いだろう、まず貴様らが忘れている絶望を思い出させてやろう』

 「何を?」


 メティスが尾を振るう。僕とリギルはそれを避けるために、後ろに退避した。

 一体何を? 今更こんな攻撃……まさか。

 次の瞬間、メティスは倒れ伏したニックに視線を向けた。


 「まずいっ!?」


 気を取られた。いくら何でもこの距離からじゃあ、間に入り込むのは。

 メティスが深く沈み込む。尾に力を込めて飛び上がる。


 そして――甲高い破裂音がその場に木霊した。


 『グゥ!?』

 「え?」


 メティスが、倒れ伏すニックの手前で崩れ落ちる。瞳から血がこぼれ落ちていた。

 そして、メティスとニックが倒れ伏す、その先に。


 無表情を貼り付けた、白髪青眼の。

 

 一人の少女が立っていた。


 「アイ?」

 「まさか、一方的に取り付けられた約束が、こうして履行されるとは、思ってもいませんでした」


 抑揚のない語り口。いっそ安心感すら覚える無表情が、何処か懐かしく思えた。

 見ればアイの背後には、ディルク王や侍女のマリーさん、他にも多くの騎士や狩人らしき人物がいる。

 集めたのか、あの子が。これだけの戦力を。そして、来てくれたのか。死ぬかもしれないと分かっていながら。

 僕の口角が上がっていくのを抑えきれない。


 ああ、やっぱり。


 「やっぱり君、最高だよ! アイ!」


 そしてアイがやはり抑揚のない声で返した。


 「情緒おかしいですよ? また発作ですか?」


 僕はその言葉を聞き流して、メティスに向き直った。


 ……うん、再開は後で喜ぶことにしよう。



 いや、何でこうなった?


 俺は一人心の中、そう口に出していた。今俺は城の中の私室にいる。普段ならとうに眠りについている時間だが、メティスという緊急事態の最中だ。これもイレギュラーとして認めよう。だが本当にわからないことがある。


 そう、現在俺の私室には俺含めて四人の人物がいた。うん、今真夜中だよ? 緊急事態とはいえ、仮にも王の私室に約束もなく何故他人がいる?

 とりあえず、俺以外のここにいる三人について考えて行こう。そうすればこの不可解な謎もきっと解けるはずだ。そして俺は安眠を手に入れられる。そう、そのはずだ。メティスはきっとそのうちどこかに行ってくれる。俺はそう信じている。


 ということでまず一人目。侍女のマリーだ。まあ、うん。何で明らかに寝巻き姿でこの部屋にいるのか分からないけど、マリーなら特に問題ないだろう。


 よって次。ここからが問題だ。二人目は俺の実の父にして先代国王、ブレイズ=ハントである。

 いや、何でいるの? 純粋に疑問です。いや、父さんさ。半年前に隠居するとか言って、俺に国王とかいうめんどくさいの押し付けて行ったじゃん。なんか高らかに笑ってるけど、そんなに元気なら国王戻ってくんない? 俺が隠居したい。

 でもほんとに何の用? これでも忙しいんだけど。時期と時間帯考えてまたあとで来てくんない?


 それで、だ。最後の一人が一番問題の種である。今日の昼、謁見の間であった少女だ。確か名前はアイだったっけ。俺が現状一番ヤバいやつ認定してる人間である。

 君、今日が初対面であってるよね? どうしてここにいる? そもそも国の人間ですらないよね? もはや怖い。

 今この瞬間、無表情でコチラを見る少女に、俺は恐怖を抱いている。


 少女がコチラを見つめ、それを見た父さんが高らかに笑い、寝巻き姿のマリーが俺の半歩後ろで侍る。


 うん。だから、何でこうなった?


 「マリー」

 「はい」

 「状況を説明しろ」


 やはりこういう時はマリーだ。マリーに投げるに限る。マリーならこの惨状に至った経緯もわかりやすく説明してくれるだろう。

 内心期待する俺に、マリーが応える。


 「はい、現在は調査隊をメティスがいると思われる森に派遣し、その報告を待っている状況です。時間的にはそろそろ戻ってくる頃合いかと」

 「そうか」


 違うわっ!!

 何でそっちに行った? 確かに客観的な重要度でいったらメティス関連の情報の方が断然高いのは分かるよ?

 でも俺の思考の割合的には今、ほとんどがこの惨状についての疑問で埋め尽くされてるの。分かる? 分かってないな、これ。どうしよう。もう改めてマリーに聞ける雰囲気じゃないんだけど。こうなったら、仕方ない。


 「父さ――父上。今日はどんな用でここに?」

 「固いな、いつも通り父さんと呼んで良いのだぞ?」


 それは、あなたの隣にいる少女が原因です。文句ならそっちに言ってほしい。

 俺だって私室なのに気が休まらないんだ。

 俺の視線で察しがついたのか、父さんはそれ以上そこを追求はしなかった。


 「そうだな。私が急に押しかけたこともある。ちゃんと説明しよう。といってもこのお嬢さんに聞いた方が話は早いだろう」


 え? 父さんがここにいる理由というか元凶ってこの少女なの? じゃあ全部この子のせいじゃん。


 「確か、アイと言ったな」

 「はい」

 「何用でここに来た」

 「まずはこれを見てください」


 アイがそう言って壁に指を指すと、そこには俺がいた。


 うん、何言ってるんだ、俺? いやでも実際いるし。てか何、どうやってるの? 指から光らしきものが出てるように見えるんですが。

 こっわ。人外じゃん。


 そして、壁の俺が動き出す。というか上を仰ぎみた。なんか既視感あるな? いやこれ俺だし、そりゃそうなんだけどさ。ていうか壁にいる俺、謁見の間にいない? ほんとどうなってんの?

 もう一人の俺が喋り出す。


 『あ〜、王様辞めたい……』


 は? いや待って、え?


 「今日の昼に行われた謁見後のディルクの姿です。これ以前のマリーとの会話も記録しています」


 え? つまりこれ過去の俺ってこと? いや、確かに言ったよ。だって本心だもん。でもこれみられてたの? やばくない?

 いや、落ち着け。まだ何の要件かも聞いていない。まだ慌てる時間じゃないはずだ。その時が来たらマリーに投げよう。


 「……こんなものを見せて、何のつもりだ? 俺を脅すつもりか?」

 「いえ、交渉をしに来ました」

 「言ってみろ」

 「私を王城に住まわせてください」

 「は?」


 いや、何言ってんの?


 ”この国に住む予定なのですが、良い物件を紹介してくださいませんか?”


 確かに昼間こんなこと言ってたけどさぁ。そんな事のためにここに来たの? 父さんまで引き連れて?


 「貴様、そもそもこの国の者ですらないだろう? そんな者がこの王城に住むと?」

 「因みに今私の手元には、この城を半壊させる程度の威力を内包した爆発物があります」

 「脅しじゃん」


 あ、素で反応しちゃった。でももうバレてるんだっけ? じゃあ良いか。よし、開き直ろう。


 「それが無理なら、今すぐできるだけの兵力を結集して、メティスを討伐してください」

 「急に方向性変わったな」

 「どちらにせよ、私の安全確保が目的ですので。それに、備えるに越したことはないと思いますよ?」

 「というと?」

 「少し前、私と集落の住民たちが城の地下に避難しましたが、三人だけ集落に残ったものがいます」

 「え、何で? 馬鹿なの?」

 「正気ではないと思います」

 「肯定しちゃうんだ」

 「その残った三人の中には、謁見時に私と共にいた二人がいます」


 え? マジ? 青年の方はともかくあの狩人もいんの? 絶対私怨じゃん。絶対メティスに突っ込むじゃん。これ下手したらメティスこっち来るよね? どうしてくれんの? 国終わるよ?

 見れば後ろで控えていたマリーも頭に手を当てていた。


 「ディル、どうしますか? この話を信じるならそう時間は残っていませんが」

 「う〜ん。そうなんだよねぇ。でもメティスが国を敵対視してるかはまだ分かんないし、下手に攻め込むのもなぁ」

 「そうですね。どちらにしてもリスクは高い。残ったらしき三人が仕掛けないでいるのを祈るのが賢明かもしれません」


 いや、ほんとそれ次第。まだ何かしたと決まったわけじゃないし、備えるだけ備えて何もなかったで終われれば一番だし。

 攻め込むのは保留ということで。だって怖いし。

 俺のそんな淡い願望は、次の瞬間打ち砕かれることになった。

 突然、激しくドアを叩く音がする。驚きつつも入室を許可すれば、城の警備兵がドアの先に立っていた。


 「報告します! メティスと集落の住人らしき人物が既に交戦していると、調査隊より報告がありました!」

 「それは……」


 終わった。

 これもう行かなきゃダメじゃん。アイとかいう少女に脅されても脅されなくても、行かなくちゃいけないとかどうなってんの?


 それから、あっという間に今集められる限りの戦力を集めて、戦場へ赴くことになった。

 なんか少女はサラッと避難しようとしていたところを父さんに捕まっていた。

 ナイス父さん。道連れはできるだけ多い方が良い。

 マリーはいつの間にか寝巻きから侍女服へと着替えていた。付いてくるらしい。ぜひ俺を守ってほしい。期待してる。


 「やっぱり君、最高だよ! アイ!」

 「情緒おかしいですよ? また発作ですか?」


 何、この状況? 

 なんか青年は喜んでるし、少女は狂ってるし、あの狩人は戦意ましましだし、一人血だらけで倒れてるし。あれ死んでる?


 ていうかメティスでっか!? あんなのこれから相手にすんの? 無理無理。

 ていうかさっき少女何した? なんか黒い物体手に持ったと思えばメティス倒れてたんだけど。強くない? その道具俺も欲しい。


 『雑兵がいくら集まろうと、吾の糧にしかならぬというのに、愚かなものだな』


 え? 喋った。キッショ!? いや、何で蛇が喋るんだよ。蛇は蛇らしく黙ってニョロついてろよ。

 というかなんかみんなこっち見てるんだけど。どうしたの? え? もしかしてなんか言わなきゃいけない感じ? 嫌なんですけど?


 マリーの方を見る。無言で頷かれた。

 まじか。あれに啖呵切らなきゃいけないの? でもここで逃げたら後で暴動起きそう。うわ、終わってるじゃん。

 あーもう! どうにでもなれ!

 俺は不自然さを感じさせないように息を吸う。


 「蛇如きが、よく吠える。ここは狩人の国だぞ? 獲物は獲物らしく森で散歩でもしていろ」

 『……良かろう。全てを奪われる覚悟をしておけ』


 いや、無理です。

 覚悟なんてしたくありません。帰して。俺を今すぐここから帰して……!


 そう言えたら、どれだけ気が楽だったろうか。

 しかし、それを針のように後ろから突き刺してくる視線が許さない。


 無理矢理口角を上げ、不敵な笑みを形作る。

 そして合わせたくもない視線を、目の前の怪物へと合わせた。


 「ハッ。こちらの台詞だ。さぁ、狩を始めよう」


 俺の言葉でこの場の騎士や狩人たちが湧き、メティスへと向かっていく。


 俺は決めた。

 この騒動が終わったら、絶対王様辞めてやる!

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