君に、今一度問おう

 木々が薙ぎ倒されていく。メティスが一つ行動を起こすたび、周囲が更地へと近づいていく。


 「ラスティを救うとは言ったけど、そう簡単には行かないか」


 俺を手助けに来てくれたフールがそう言う。

 弱音のようなものを言っているが、フールが弱いなんてことは無ぇ。むしろ逆だ。強い。外を旅している時点で腕は立つだろうとは思っちゃいたが、想像以上だ。


 現に今も、メティスの振るう尾を軽く飛び越え、距離を縮めている。それでも近づききれないからこその先の発言なわけだが。

 距離を離されるのも問題だが、近づいて攻撃できたとしても、鱗に弾かれて終わる。


 「これじゃ、ジリ貧だな」

 「そうだね。なんとか攻撃を通さないと。近付けさえすればなんとかなりそうではあるんだけど」

 「それ本当ですか!?」

 「うん」


 あの硬ぇ鱗をどうにか突破する手立てがあるって事か。そりゃ朗報だな。

 俺もしっかり体重込められりゃどうにか突破はできそうではあるんだが、まずそこに近づくまでが厄介だ。

 俺もニックもフールも近接か中距離での戦闘しかできねぇからな。やっぱりリーチの差がどうにかならねぇといけねぇ。


 どうやって突破するかを考えていれば、メティスが語りかけてきた。俺にと言うよりは、新しくこの場に現れたニックとフールに対して。


 『愚かだな、つくづく。そこの槍使いは会った事すらなく、そこの剣士に至っては一度吾から逃げているだろう?』


 余裕綽々と、メティスは二人へ語りかける。


 『剣士よ。何故ここに戻ってきた?』

 「訂正させてもらおう。僕は旅人のフールだ。アイから名前は伝えられていたはずだよ」


 厳かなメティスの問いに対して、迷う事なく言葉を返すフール。

 確か、メティスが復活した原因がフールかもしれねぇとか、本人が言ってたな。その時の話か。


 「ついでに答えようか。僕は僕の意思でここに戻ってきた。メティス、君を復活させてしまった一因は僕にあるようだしね」

 『そうか。不自由なものだな、人間とは』


 そこからはまた、誰も言葉を発しはしなかった。

 嫌な静けさだけが漂う中、フールが剣を鞘にしまう。

 何してんだ? そう問いかけるよりも早くもう一度フールが剣を鞘から引き抜いた。

 閃光のような火花が舞い、熱気が押し寄せてくる。フールの剣の刀身が赤熱し、周囲の空気が歪み始めた。


 「フールさん、それは?」

 「熱帯石を加工して、刀身と鞘の内部に混ぜ込んである」


 だからそんなことになってんのか。

 そんな納得を抱いていれば、フールが矛先をメティスへと向けた。

 煌々と燃えたぎる炎を幻視させるような存在感を放つそれを手に、フールはメティスへと宣言する。


 「これで君を斬る」


 メティスはそれに応えず、ただ鋭さを増した眼光をこちらに向けていた。


 「リギル、ニック。行こう」

 「はい!」

 「おお!」


 戦闘が再開された。

 俺は自身の武器を強く握りしめながら、ニックと共に駆けていく。

 俺たちの役目はフールをメティスの下まで近付けさせることだ。それをニックも理解したんだろう。俺と共に走るその足に淀みは無い。


 ようやく、希望が見えた。

 メティスを倒せばラスティの呪いは解け、メティスに傷を負わせる手段が今手の内にある。

 だからこそ、この役目は死んでもやり遂げる。俺ぁ今、その為にここに立ってんだ。

 メティスが大木をこちらへと飛ばし牽制してくる。それをニックが槍で突き木片にし、入れ替わりに俺が弾き飛ばす。

 それを繰り返しながら奴へと迫っていく。時折木片に混じり迫ってくる尾を角度をずらすようにして捌いていく。

 相変わらずの重ぇ攻撃だが、それなら正面から受けなけりゃいい。こちとら二度も喰らってんだ。


 少しずつ、だが着実に、その距離が縮まっていく。

 三年前に見た時よりも奴の動きは遅くなっている。セレーナが残してくれた爪痕は、着実にメティスを蝕んでいる。

 メティスは巨体でありながらも、うねるような身体を駆使して木々の間を移動していく。

 だが、もう追いつく。俺はニックへ檄を飛ばす。


 「ニック! 後少しだ!」

 「はい! 必ず追いつきます!」


 そしてようやく、攻撃範囲に入る。

 木々が障害物となり、捉えるのが厄介だったがここまで来りゃあ問題ねぇ。

 もうやつの尾がすぐ近くにある。こいつを止めりゃあ、あとはフールが。


 その時だった。


 「リギル、左だ!!」


 すぐ後ろをついてきていたフールが叫ぶ。

 左? 

 その言葉に反応して振り向く。


 そこに、メティスがいた。


 「は?」


 驚きで体が硬直する。

 なんでそこに、テメェが居やがる? 今この瞬間まで追いかけてたんだぞ、こっちは。なのに、なんで?

 

 ”全長十五メートルはゆうに超える巨体の蛇を模った魔獣”

 ”全長十五メートル”


 周り、込まれた?

 メティスが口を開く。キラリと光る牙が見えた。

 それは、俺に向けられていた。


 間に合わねぇ。

 そんな言葉が浮かぶ。

 横合いから、黒い何かが動いた。


 「リギル、さんっ!!」

 「ニック?」


 鮮血が舞う。

 メティスの牙が、ニックの肩口を喰らっていた。


 「グゥッ!?」


 ニックの腕が垂れ下がり、地面で槍が跳ねる。

 赤が、広がっていく。


 「ニック!!」


 三年前に見た光景と、重なっていく。

 またか、また俺は……。


 「なに、見てんですか! リギルさん!」


 その声に、顔をあげる。


 「ほら! やっと捕まえました!!」


 まだ、ニックは立っていた。

 三年前とは、違う。まだ、倒れないでいてくれている。

 なら、見ているだけで終わらせてたまるか。今度こそ……!


 「でかした! もう少し踏ん張ってろ、ニック!」

 「はい!」


 ニックの横へ回り込む。

 ハルバードの柄をこれでもかと握り締める。ミシリと音がした。

 引き絞ったハルバードが地面を滑っていく。


 「放せ、ニック!」

 「はい!」

 「ウォォオオオオオオッ!!」


 ニックが強引にメティスを突き飛ばす。

 ニックとメティスの間に空白が差し込むその刹那。

 刃が、メティスの顎下を穿った。響く、鈍い衝撃音。


 これじゃあ、メティスの鱗を斬れはしねぇ。だが、充分だ。目的は達した。

 衝撃に耐えられず浮かぶメティスの顔。

 それを見た俺は叫ぶ。


 「フールッ!!」

 「ああ!」


 気づけばフールは跳んでいた。

 赤熱する剣を携え、メティスのもとへと跳んでいく。

 フールが、剣を薙ぐ。煌々と輝く情熱的なその刃が、メティスの首へと吸い込まれていく。


 そして、届く――


 『満足か?』


 ――筈だった。

 辺り一体を、眩いほどの閃光が覆った。


 「ぐっ!?」


 急になんだ、この光は!?

 光が少しずつ収束していく。まず映ったのは目を覆うフールと、座り込むニック。


 そして、対照的に悠然と佇むメティス。

 先ほどまでの様子と違うところは、首元に走った一筋の赤のみ。

 外したか。あの光のせいで。

 ふと、メティスの尾が一本の木に触れていることに気がついた。

 あれは、フラッシュの木……! てこたぁ、誘い込まれたのか!? 最初から!


 現状を理解し切ったタイミングで、図ったようにメティスが言葉を紡ぐ。


 『たった三人で吾に挑み、決死の覚悟で与えた傷はこの程度。さて、満足したか?』


 満足か、だと。そんなわけ、あるか。まだ、何も出来ちゃいねぇ。テメェがまだ、悠々と息をしていやがる。俺のミスで、ニックに怪我を負わせた。ニックの肩口から、赤い雫が滴っている。


 なに、やってんだ。俺は。

 ――また、繰り返すのか?


 「ウォオオオオ!」

 「リギル!?」

 『獣か、貴様は』


 横からの衝撃に吹き飛ばされる。

 木に体を打ち付けられ、口から血を吐いた。

 また、立ち上がる。


 駄目だ! 許さねぇ! 俺は、もう……!


 「リギル! 無闇に突っ込むな!」


 足で地面を蹴り、前へ進む。

 ハルバードを握り、メティスへと振るう。身体が打ち付けられ、肋骨が折れた。

 もう一度、立ち上がる。視界が揺れた。足元はふらついている。

 それでも、ハルバードを握る。


 「リギル! 落ち着け!」


 フールが、俺の肩を掴んだ。肩を揺さぶられ、何かを訴えかけられる。

 邪魔だ。退いてくれ。そうじゃねぇと。


 「アイツを殺せねぇ」


 肩に加わる力が失くなる。見れば、フールは動きを止めていた。その顔は視界が血で滲んでいるせいでよく見えない。代わりに、奥で倒れたニックの姿が、やけに鮮明に映る。

 俺の手にあるハルバードが悲鳴をあげる。

 視界の先で、ニックがこちらを見た。


 「リギル、さん……」


 頭が、熱を覚えていく。

 そうだ。俺はコイツを殺す。メティスを殺す。それさえ出来りゃあいい。それ以外の不要なものを頭の中から排除していく。


 「テメェを殺す」

 『醜いな』


 地を蹴る。血が節々から噴き出す。

 握りしめる。ミシリと悲鳴が上がる。

 気づけば俺は、吹き飛んでいた。


 「グ、ハァッ……!?」

 「リギル!」


 身体に力が、入らねぇ。まだメティスを殺せてねぇのに、どうして俺は倒れている?


 『もう良かろう。貴様は奪う価値すら無い。終わらせてやる』


 尾が迫る。ぞんざいに振るうようにして、確かな質量を持ったそれが。

 そこに、ニックとフールが割り込み、三人諸共吹き飛ばされた。

 衝突の度、木々がへし折れ、それでも止まることなく吹き飛ばされていく。

 やがて、森を抜け、そこに投げ出された。


 「うぐっ! まさか、集落?」


 フールの言葉通り、周りにはいくつかの建築物が見える。

 俺たちが三年住んでいた、集落がそこにあった。


 「こんな所まで飛ばされるなんて。二人とも、大丈夫かい?」

 「はい、なんとか。幸い槍も一緒に飛ばされてくれたみたいなので、まだ戦えます」

 「ああ……」

 「来るよ……!」


 フールの言葉通り、メティスはすぐにその姿を現した。暗闇の中、その眼光が鋭くコチラを射抜いている。


 『ここは貴様らの集落か。丁度良い、先に心を折っておこう』

 「何をっ!?」


 メティスはその尾をバネのようにして跳躍した。

 降り立ったのは――俺たちの家。

 セレーナを失ってから、ラスティと三年共に過ごした家。

 それが、大きな軋みを上げながら自壊していった。


 ――は?


 続けて尾を振り上げるメティス。


 おい、何、やってる? やめろ。もう、やめてくれ。

 集落に立つ家が次々と潰され、畑が荒らされていく。


 その光景を、俺は見る事しかできない。


 「おい、何やってるんだ?」


 怒気の込められた、低い声。

 その声を発したのは、驚くべきことにフールだった。今までのフールからは考えられない、威圧のような声。

 今にも壊されかけた民家の前に、フールは立ち塞がっていた。


 『先に述べただろう。心を折っている』

 「何のために?」


 フールが問いかける。

 メティスは淡々と答えを返した。


 『それも述べただろう。全てを奪う為だ』

 「そうか、ようやく分かった。何故君が略奪者と名乗るのか」

 『何のことだ』


 「メティス、君自身が何もない、空っぽだからだ」


 『貴様……!』


 メティスの尾が、フールを絡め取り巻きついた。その力が見てわかるほどに締め上げられていく。


 「フール!」


 いまだに力の入らないこの身体が憎い。ただ叫ぶ事しかできない自分の無力さを恨む。

 フールの握っていた剣が、ついに手から滑り落ちる。だが、それでもフールに焦りは見られなかった。


 「君の首元、もう傷が治っているね。また、奪ったのかい?」

 『もう良い。貴様から死ね』


 見れば確かにフールが付けた傷が消えていた。対象から生命力などを奪うあの呪いを、行使したということに他ならなかった。

 メティスがフールを地面に叩きつけようとする。それに対してフールは、いつの間にか握られていた赤い球をメティスに投げつけ、言う。


 「断らせて貰おうか。また会おうって約束があるんだ」


 瞬間、メティスの顔が爆発した。

 その衝撃により、メティスの尾が緩み、フールが解放される。

 飛び降りたフールはすかさず剣を握り、メティスの尾を斬りつけた。


 『きさ、まっ!?』


 そして、メティスの眼に槍が突き刺さる。それを行ったのはニックだった。

 足をふらつかせ、視界も揺れているような状態で、それでもニックは立っていた。


 「ごめんなさ、い。もう、正直、限界、で」


 そりゃ、そうだろう。この中で一番の重症者だ。それなのに、やってのけた。


 「いや、充分すぎるよ。後は任せて」


 その言葉に安心したようにニックが意識を失い、その場に倒れ込む。

 フールの言う通りだ。充分なんてもんじゃない。

 それに比べて、俺は。


 「リギル」


 思考を遮るように、フールが俺を呼ぶ。視線はメティスを見つめたまま、それでも真っ直ぐに俺を呼んでいた。



 「君に、今一度問おう」



 メティスが呪いを発動させ、傷を癒やし始めている。

 それでもこの瞬間、フールの声だけが、やけにはっきりと俺の耳に届いた。



 「君の中にまだ、ラスティを救う意思はあるか?」



 バカだな、俺は。そうだ、その通りだ。俺はそのために戦ってんだ。そんな大事なことを、一時忘れていた。いつからか、目的と手段が入れ替わっちまっていた。だが、もう迷わねぇ。もうゆずらねぇ。

 不思議と、身体がすんなりと動いてくれる。フールの横へ並び立つ。



 「当たり前だ。ラスティが俺の帰りを待ってる」



 全ての傷を癒やし終えたメティスに再び、しかし今度は確固たる意志を持って、ハルバードを突きつけた。

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