第27話 同盟者

 アレスの城が一段と賑やかさを増したのは、それから一カ月と経たない頃のことである。同盟を結んだ各地の長が、一堂に会する時が来たのだ。


 初めに顔を見せたのは、火蜥蜴王ジャーマンだった。

 ジャーマンの隣にはカーラが寄り添うように立っており、仲睦まじい様子が見て取れる。

 同盟を組んだ者たちの到着を待ちわびていたアレスは、笑顔でもって二人を出迎えた。


「ありがとう! 二人とも、よく来てくれた!」


「よう、アレス。お前、やったなァ。まさか竜族とも同盟組むとはよォ」


「ああ! お陰で、この大陸の主だった王が俺に力を貸してくれることになった。これほど嬉しいことはない!」


 グッと力強く握った拳を胸の前に掲げ、アレスは力強く頷いた。

 アレスから溢れる自信にジャーマンが笑う。


「こいつは頼もしいじゃねェか」


「みんなの力を借りるんだ。必ず成し遂げる自信がなければ失礼だろ?」


「へぇ、立派なコト言うじゃないか。それも全部、アンタの嫁さんのためかい?」


 茶化すようなカーラに、アレスは真剣な顔でそうだと頷く。

 てっきりアレスが照れて取り乱すかと思っていただけに、カーラとジャーマンは思わず顔を見合わせて驚いた。

 こそこそと二人は顔を寄せ、小さな声で囁き合う。


「ちょっと、アレスが嫁さんのこと言われても照れないよ?」


「おう、こいつはもしかしてもしかすると……一線超えたかァ?」


「やっぱりそういうことかい!? アレスもやるじゃない!」


 ニヤニヤとしながら、カーラとジャーマンは二人で勝手に盛り上がる。

 二人が勝手な妄想を膨らませていることに気が付かないまま、アレスは次に姿を見せたファラの側へと駆け寄った。


「アレス~! 来たよ~!」


 アレスに向けて手を振るファラは、ガメラントと呼ばれる巨大な亀のような生物の背に乗っていた。その大きさは小型のドラゴンほどはあり、まるで小さな島が動いているかに見える。


 背は固い甲羅に覆われ、太く短い四つ足で地面を揺らしながら進んでくる。

 意外にも進行速度は速く、少なくとも徒歩よりは早いと言えた。

 甲羅の上にはやぐらが組まれ、その上にファラが鎮座していた。


 やぐらから身を乗り出したファラは、そのまま勢いよく床板を蹴って飛び出した。

 軽やかに空に身を投げたファラは、その手に三又の矛を手にしていた。

 矛からは水が勢いよく溢れて流れ、弧を描いてファラを地上へ導いた。

 水の勢いを調整しながらファラは難なく地面に足を着く。

 矛から流れる水が止まり、ファラの飛んだ跡には幾つもの水たまりが出来ていた。


「ファラもよく来てくれた! 急な呼び出しですまない!」


「いいの、いいの! ファラとアレスの仲だもん! 気にしないで! シャルちゃんは?」


 頭を左右に振って、ファラはシャルロットを探す。

 見える範囲にはシャルロトの姿はなく、ファラは首を傾げてアレスを見た。


「まだ城の中に居るよ。準備があるから後から出ると言っていた」


「そっか! じゃあ、今はファラがアレスを独り占め~!」


 ファラがアレスの腕にしがみつく。

 ひんやりとしたファラの体が押し当てられて、相変わらずの無邪気さにアレスは微笑む。


 少し離れた位置で二人の様子を見守りながら、ジャーマンとカーラは複雑そうに苦笑する。

 ファラがアレスに抱く思いが恋であり、アレスがファラに抱く思いが家族愛に近しいものであると知るからこそ、この二人は本当の意味では通じ合えない。当人たちだけが気が付かない事実がもどかしかったのだ。


「おいコラァッ! テメェ、嫁がいんのに他所の女とイチャついてンじゃねェよッ!!」


 最後に姿を見せたのは、怒りながらばさばさと大きな音を響かせて翼をはためかせるヴァイオレンだった。

 アレスとファラを見下ろして、ヴァイオレンはその巨体をゆっくりと地に降ろす。

 砂埃を巻き上げながら、ずしんと重たい音を立てて両足が地に付いた。


「ヴァイオレン、来てくれて感謝する。ありがとう!」


「うるせぇ! ファラちゃんから離れろ、クソアレス!」


「ちょっと、ヴァイオレンくん! アレスに向かってなんて口きいてるの!?」


「うぐぅっ! い、いや! だってよ、コイツ妻帯者じゃねぇか! そんな奴にくっつくくらいなら俺様によぉ……」


 巨体に似合わずたじたじと動揺するヴァイオレンに、ジャーマンとカーラが声を上げて笑う。

 笑われたことに怒るも、好意を寄せるファラの手前、暴力に訴えることも憚られてヴァイオレンは低く唸り声を上げた。


 トルキアの大地を支配する王たちの集まりは、実に賑やかな始まりとなった。

 空気感に心地良さを感じながら、アレスは四人に向き直って姿勢を正す。

 アレスの空気が張り詰めたことで、それぞれの面構えもまた真剣なものとなった。


「改めて、今日は集まってくれたことに感謝する! ありがとう!」


「けっ、つまんねー前書きはいらねぇよ。さっさと本題に入りやがれ」


「分かっているさ! 今日皆を呼んだのは他でもない。俺達はあちらの世界に侵攻するために同盟を組んだ。ならば、あちらの戦力について知識を共有しておこうと思うんだ」


 成程とジャーマンとカーラが頷く。

 ファラは興味なさそうな顔で、アレスにべったりとくっついたままでいた。


「あっちの戦力だぁ? ンなもん関係ねぇぜ! 全部ぶっ潰しゃあいいだけだッ!」



「残念ながら、事はそう簡単には参りません。皇帝陛下率いる帝国軍は、大陸最強を誇るのですから」



 威勢良いヴァイオレンの言葉に待ったを掛けたのは、城の入り口から姿を現したシャルロットだった。

 その場の視線が全てシャルロットに向けられる。


 愛情、警戒、友情、

 それぞれの感情が籠る視線を一身に浴びながらも、シャルロットは無表情で五人の前に立った。

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