第6話 底知れぬ実力

 華奢な体に似合わぬ大剣をシャルロットが振り回す。

 細身の体で大剣を扱えるのは、ひとえに魔導コアのお陰である。


 シャルロットは魔導コアを用いて魔力を増幅させ、身体能力を強化させていた。

 身の丈ほどある大剣を軽々と振り回し、舞うように次々とウルフを斬り倒していくシャルロットにアレスは思わず目を奪われていた。


「シャルロット……! 君は本当に強く、美しいな!」


「ありがとうございます。ですが、わたくしなどアレス様の足元にも及びません」


「そんな謙遜せずとも!」


 シャルロットを見つめたまま、アレスが剣を振り上げる。

 弧を描く切っ先が、飛びかかるウルフを両断した。

 そのまま切り返された剣が脇から現れたもう一体のウルフを斬る。


 素早く振られた剣により、まるで二体同時に斬られたように見えてシャルロットは目を見張る。

 シャルロットは自身の言葉に謙遜の意を込めたつもりはなかった。

 事実として、剣士としての腕前はアレスには到底敵わないと理解したのだから。


(獲物を見ずに、正確に斬っている。切り口も美しい。魔導コアの強化を受けた私に比べ、アレス様は純粋な自身の技術力のみでこの力量なのです。……底知れない御方。一体、本気の実力は如何ほどのものなのでしょうか……)


 ウルフを斬りながら、シャルロットは脳裏に皇帝アルカイオスの居城を思い浮かべる。

 帝国が大陸全土の支配を可能とするとして武力……それこそが城にあり、帝国を滅ぼすためには城の破壊が必須と言えた。


 居城は堅牢無比を誇るだけではない。帝国最強最大の兵器としての側面も持っていることを、シャルロットは知っていた。


「終わりだッ!」


 掛け声と共にアレスの剣が振り抜かれる。

 剣先を濡らすウルフの血が弧を描いて飛び散った。

 剣を鞘にしまうと、アレスはにこにこと嬉しそうな顔をしてシャルロットの側へ寄ってきた。


「大量だ! これだけあれば、当分は食事に困らないな!」


「それは喜ばしいことです」


 手にした宝剣を光の粒子に戻しながら、シャルロットはアレスに向けて微笑んだ。その微笑みの柔らかさにアレスは胸の高鳴りを感じながら、絶命したウルフ達を両脇に抱え込む。

 それから足早に森の出入り口へ向かうと、待機しているドラコの背にウルフを積み上げていった。


 シャルロットも見様見真似でウルフを抱え、ドラコの背に積み上げる。

 死骸を触ることに抵抗はなく、シャルロットは表情一つ変えずに運び続ける。

 その様相を、なんと逞しいのだろうかとアレスはひたすら胸をときめかせながら見つめているのだった。




 ウルフを積んだドラコの背に乗り、城へ戻った二人は再び窓枠から入城する。

 横抱きにされたシャルロットは、アレスの首に腕を回して尋ねた。


「正面玄関というものは存在しないのでしょうか」


「ある! が、こちらからの方が便利なんだ!」


「利便性を優先することは生活の質の向上にも繋がります。アレス様の慧眼、お見事です」


「そんなことを言ってくれるのは君が初めてだ……! ニャンクスなど横着するなと説教するばかりなんだ!」


「それはそうでしょう」


「ん? 何か言ったかい?」


「アレス様は間違っておりません。どうか自信をお持ちくださいませ」


「ありがとう、シャルロット!」


 ニャンクスⅡ世の正論にたまらず本音が零れたが、シャルロットは平然とした顔で誤魔化した。

 窓枠をくぐり抜け、玉座の間に戻る二人をニャンクスⅡ世が出迎えた。


 ニャンクスⅡ世の背後には、クラシックなメイド服に身を包んだ女性達が列を成していた。彼女たちが人ではないことは、ツンと尖った耳に生気のない顔色が如実に物語っていた。


「お帰りなさいませ、アレス様! シャルロット様!」


「戻った! ニャンクス、ドラコの背に乗せたウルフをすぐに運んでくれ。シャルロットのお陰でいつもの倍の肉が手に入ったぞ! 早速焼いて、今夜の食事に頼む!」


 アレスの背後を覗き込み、ニャンクスⅡ世は満面の笑みを浮かべて感嘆の声を漏らす。


「おぉ! これは大量ですな! 承知いたしました! お前達! これを厨房へ運ぶのだ!」


 ニャンクスⅡ世が手を二度、三度叩くと、背後に控えていたメイド達が一斉に動き出す。一糸乱れぬ統率の取れた行動で、メイド達はドラコの背に積まれたウルフを次々と運び出していた。

 その様子を不思議そうに見つめるシャルロットに、アレスはフッと笑んだ。


「彼女たちは我が城に古くから仕える使い魔なんだ。この城のこと全般、なんでもこなしてくれるんだ!」


「古くと言いますと、どれほどなのでしょうか」


「三千年程度だな。俺の一族はまだ歴史が浅く、俺で四代目なんだ!」


「アレス様の御一族は、随分と長寿なのですね」


「いやー、そうでもないな。平然と万年を生きる竜族に比べれば全然。もっと言えば、ニャンクスのほうが俺より長生きなくらいだ」


「そう、なのですか」


 これには流石のシャルロットも少しばかり驚いた。

 異界に現世の常識は通用しないと考えてはいたが、猫に似た生物がそんなに長寿であろうとは。


(……伝聞で海の向こうの島国には猫の化け物が居ると聞いたことがありますが、似たようなものなのでしょうか)


 しかしこうなると目の前のアレスのことが気に掛かる。

 見た目は若い青年そのものだが、もしやと思いシャルロットはアレスに尋ねた。


「失礼ですが、アレス様は御幾つでいらっしゃいますか?」


「二百を超えたばかりだ! まだまだ若造さ!」


「まぁ、それでは私は赤子と言うことになりますね」


 自分は二十歳を超えたばかりだとシャルロットが告げると、アレスは悲鳴にも似た声を上げた。

 人間という生き物が短命であることは理解していたが、その儚さを目の当たりにして急に恐ろしくなってしまったのだった。


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