・天文学的天文単位

「天文学的数字」という言い回しがある。

例によって『広辞苑』を引いてみると、「天文学で扱うような桁数の大きな数字。実生活からかけ離れたきわめて大きい数」という説明がなされている。


2024年10月末、ロシアの裁判所がYouTubeに対してロシアの国営メディアのチャンネルを制限したとして、米グーグルに罰金を課した。


その額なんと2澗ルーブル。


円換算すると3澗円。3000000000000000000000000000000000000円である。

まさに天文学的数字といえる金額だが、ではどこからが天文学的数字と呼べる桁数なのだろうか。


「天文単位」とは、太陽から地球までの距離を1とする場合の単位で、1天文単位はkm換算すると約1億5000万kmとなる。

単位に「天文」が入っているくらいなので、恐らくこの1億あたりが天文学的数字と呼べるギリギリのラインなのではないかと思う。

しかし今や「億」は比較的身近な桁であり、あまり天文学的とは思えない数値となっている。


「光年」は光が1年間に進む距離を指す単位であり、その距離は実に約9兆5000億kmと算出される。

「兆」までいけば天文学的数字と言えるだろうか。

「兆」といえば国家予算や人間の細胞の数といったものから、妖怪ウォッチの人気投票で1位になった3兆円、FUJIWARA原西の持ちギャグの個数、「5000兆円欲しい!」などジョークに使われがちな桁でもある。

その果てしなさとリアリティラインの塩梅が、扱いに丁度いい桁数だと思う。

しかしそう考えると、日常的に目にしがちな「兆」もまた、「天文学的数字」とは今や呼び難い値となっている。

『広辞苑』が言うように、「天文学的数字」とは「実生活からかけ離れたきわめて大きい数」であるからだ。


つまり、「天文学的数字」は過去に比べてインフレしているのではなかろうか。


「兆」の次は「京」「垓」「𥝱」「穣」「溝」と来て、冒頭の「澗」へ到達する。

これは漢字文化圏における命数法であり、日本においては江戸時代の算術書『塵劫記』によりこれら巨大数の名称が周知された。

「垓」以降の見慣れない漢字の連続からも(「溝」が入ってはいるものの)、この辺りはまさに日常ではまず使わない「天文学的数字」にふさわしい値に思える。


そして「澗」の次が「正」なのが個人的には非常に好きなのである。

急に小一で習う漢字がここに登場する異物感。

「正」を擬人化するならベースカラーが白の修道女だと思う。

魑魅魍魎の中にあって真っ白な天使的存在だが、その隠し持った黒い翼は神を冒涜するようなグロテスクで、「兆」や「垓」からも「あいつは怒らせると怖い」と囁かれているような女性だろう。

これを読んでいて絵が描けるという方、ぜひ「正」の擬人化をお願いします。


巨大数擬人化に話が脱線したが、この辺りの桁になるともうギャグにするには伝わりづらく、非現実的な値であると感じる。

現代における「天文学的数字」は少なくとも「京」以上ではないかと思う。


さらに大きな数字になると、「恒河沙」「阿僧祇」「那由多」「不可思議」といった値になるが、いずれも仏教用語を由来とした名称である。

ここまで来ると「天文学的数字」ではなく「仏教的数字」と言え、存在と非存在の境界や、科学と宗教のあわいが感じられる。

だがその最高値である「無量大数」も、自然数10の累乗で表すと「10の68乗」である。

これを超える値が、自然数10の100乗、「グーゴル」だ。

巨大数の代名詞としても知られる「グーゴル」は、「巨大数論」である「Googology」の語源にもなっている。

そして、かの「Google」の名前の由来がこの「グーゴル(Googol)」なのである。

つまりロシアはGoogleに2澗ルーブルの支払いを命じたが、その相手は2澗どころか10000恒河沙であるという、ジャンプ長期連載漫画も形無しのインフレバトルが繰り広げられていることになる。


しかしさらにこれを超えるのが、『大方広仏華厳経(だいほうこうぶつけごんきょう)』における巨大数である。

こちらにおける最大の数詞は「不可説不可説転」であり、これは10の37218383881977644441306597687849648128乗であるという。

これはもう「天文学的数字」でも「仏教的数字」でもなく、まさに「無数」である。

数限りないことを「無数」というが、「不可説不可説転」はその莫大さが「無数」であると同時に、存在しない数値、すなわち「無い数値」としての「無数」でもある。

「無限」や「無数」というように、数の多さを極めると、「無い」という境地に行き着くということなのだろう。


では、何不可説不可説転天文単位も遠くの宇宙の先には、やはり何も無いのだろうか。

天文学がそんな天文学的数字を超える数値を扱うまでには、どれだけの天文学的時間がかかるのだろうか。

そしてその時、「不可説不可説転」は「天文学的数字」と見なされるくらいの数字になっており、天文学的数字を超える数値として、「不可説不可説転」の更なる先の巨大数が生まれているのだろうか。


そうなったとき、FUJIWARA原西のギャグの数は、一不可説不可説転にまでインフレしているのだろうか。


いや、その時のFUJIWARA原西は、きっとFUKASETSUFUKASETSUTEN原西になっていることだろう。




記すするトレーニング


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