・その職はくずれ
「作家くずれ」という言葉がある。
以前は作家であったが今は落ちぶれてしまった人とか、かつて作家を目指していたが叶わなかった人を指して、そう呼ぶ。
他にも色々な「○○くずれ」がある。
役者くずれとか、学者くずれとか、職人くずれとか、少し検索するとそういった言葉がヒットする。
こうして見ると、やはり浮世離れした仕事、組織に属さない職業がくずれやすいのだろうかと思う。
たとえばキャビンアテンダントは非常に倍率の高い職業のため夢破れた人も多いだろうが、「キャビンアテンダントくずれ」というのは寡聞にして耳にしない。
かつてヤクルトレディとしてつねに高い売上を誇っていた人が、その成績が伸び悩んだ末に、ついにヤクルトを1本も売れなくなり退職したとして、「ヤクルトレディくずれ」とは言いそうにはない。
いや、言えるのかも知れないが、これらの職業が果たしてくずれるのか、くずれないのか、実のところはよくわからない。
そもそも「くずれる」というからには、何か高みを目指していたのだろうか。
それこそ俗世からの離脱を目指し、『蜘蛛の糸』の犍陀多のごとく上へ上へとのぼるその途中で、糸がふつりと切れ、足元ががらがらと崩れ去り、下へ下へと落ちていくようなイメージ。
これもなかなか失礼な話である。ならば俗世は瓦礫の山か、はたまた屍体の山か。
このイメージに沿うのであれば、「○○くずれ」という言葉が、くずれて落ちた犍陀多を上から見下ろして笑う者たちなのか、下でそれを指差して笑う者たちなのか、いずれにせよ蔑みをはらんだ言葉である以上、果たしてどちらから生まれたのかは気になるところである。
あるいは犍陀多本人が、仰向けに遠い天上の光を見上げ、「くずれた、くずれた」と自嘲したのかもしれないが。
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