未来のあまてるおう
猫背ぱん
未来はあまてるおう
ある高校の科学部の部長の男が、遂に2000年後から帰ってきた。2年前、タイムマシンのスイッチを押して消えてしまった彼の帰還に世界中が沸いた。新聞社もテレビ局も美容院のお姉さんも2000年後の情報を知りたがっていた。
部長は、目も開けられないほどのフラッシュを浴びながらこう言った。
「未来は、あまてるおうだった!そして、あまてるおうは、あまてるおうを…!」
記者は他社と揉みくちゃになりながら部長に質問した。
「あまてるおうとは何ですか!未来はどうなるんですか!」
部長は答えた。
「だから、あまてるおうの、あまてるおうなんだって!」
その日から、一体「あまてるおう」とはなんなのかという話題がテレビで朝から晩まで流れるようになった。困ったことに部長が話し出すと、まるで伏字のように大事な部分が「あまてるおう」になってしまうのだ。未来のことはなにも分からない。
まさかの事態に部長は焦っていた。これでは未来のことを1ミリも皆に教えられない。知りたかった人はさぞ困ることになるだろう。
だが、世間は違った。人々は「あまてるおう」を、エンタメとして消費し始めた。
テレビでは『未来はあまてるおう!?徹底討論!』という番組がゴールデンタイムを占拠した。
スーパーやコンビニでは『あまてるおう風味ポテトチップス』が発売され、爆発的にヒット。パッケージに「未来から帰還した部長が絶賛!」と書けば飛ぶように売れた。
大人たちは「いっそしばらく謎であって欲しい」と願い、その経済効果を算出しながら笑っていた。
アクセル全開の流行に追いつけず、悩みすぎて目の下にクマができた部長を見かねて、科学部の後輩が声をかけた。
「部長、俺も2000年後に行きますよ」
「そんな、危ないだろ。俺みたいに帰って来れるか分かんないぞ。成功したって、みんなにはあまてるおうとしか伝わらないし」
「だからっすよ。未来に行けば、俺だけでも部長のあまてるおうを理解できるかもしれないです」
部長は、なんとか後輩を引き止めようとしたが、後輩は頑なに決意を変えず、タイムマシンに乗り込んだ。スイッチを押すと、タイムマシンは強く発光し、眩しさに思わず目を細めると次の瞬間にはもう後輩はどこにもいない。
「ああ……」
その晩、部長は初めて神に祈った。
このことは、たちまちニュースになった。あまてるおうの謎を解くため、またも2000年後に行ってしまった高校生が戻って来るのは果たして今度は何年後か。アナウンサーが高校の校門前からライブ中継で解説していると、突然の強い光であたりが真っ白になった。
部長が叫ぶ。
「これはタイムマシンの光だ!あいつが帰ってきた!」
カメラマンが光の方にカメラを向ける。徐々に光は落ち着き、人影が浮かび上がった。後輩は、カメラに向かって手を振る。
「帰りました!皆さん、俺のことを覚えていますか?」
アナウンサーが駆け寄り、帰還したばかりの高校生に尋ねる。
「後輩さん、まずはおかえりなさい。こちらの感覚ですと昨日の夕方出発して、今朝帰ってきた模様ですが、未来にはどのくらい滞在していたんですか?」
後輩は驚き目を見開く。
「いいですか皆さん、あまてるおうの未来がやってきます!これは大ニュースですよ!我々はもうあまてるおうの…!」
後輩が早口で説明しても、案の定、大事な部分はあまてるおうになってしまう。アナウンサーは笑顔で「やはりあまてるおうですね!現場からは以上です!」と中継を終えた。
画面がスタジオに戻ると、パネルディスカッションのコメンテーターが前のめりになって語っていた。
「つまりですよ、このあまてるおうは、彼らの見た未来が、我々現代人の想像の域を超えているという暗示なんです!我々は、この未知の概念を恐れるのではなく、希望の象徴として受け入れるべきではないでしょうか!」
テレビ画面のテロップには『あまてるおう=希望の象徴!?』と躍っている。視聴率はピークを迎えていた。
大人たちのそんな喧騒をよそに、科学部は、真剣な面持ちで来たる明日について話し合っていた。
「部長、マジでこのままでいいんすか」
「あまてるおうのことか?」
「はい。俺らの仮説が正しければ、部長が証明してくれたあまてるおうが、もう明日に近づいているってことですよ」
「そうだな」
部長は、腕を組みながら頷く。後輩は部長の隣りに座り、淹れたてのコーヒーを飲んだ。
部長は世間の反応を思い返しながら、自嘲的に呟いた。
「俺は、世界を救う情報を持ち帰ったヒーローになれなかった。ただのバカな高校生の都市伝説にされただけだ」
そして、視線を落として続けた。
「…ちゃんと伝えたとしても、信じてもらえないかもなって」
なあ、と部長は後輩に静かに聞いた。
「おまえ、ホントに俺の言ってるあまてるおうがなんなのか、わかってんのか?」
後輩は口の端を上げ、コーヒーに角砂糖を入れながらスプーンを回す。
「はい!だから夜通し語り明かしましょう!」
「徹夜する気かよ。俺は寝るぜ」
「そんな勿体ないこと言わないでくださいって!こうしてあまてるおうを待ち構えることができるのは、世界で俺たち二人だけなんすよ?」
後輩は楽しそうに誘う。部長はため息をついて、その勢いに引きずられるようにコーヒーを二杯飲んだ。
放課後、2人は学校の屋上にテントを張り、レジャーシートの上には茶菓子やラジオ、トランプを並べた。
次の朝、テレビではいつものように「あまてるおう」の話題で盛り上がっていた。
「さあ、この『あまてるおう』ですが、専門家によると、どうやら『宇宙から届く新しい時代の波』を意味しているのではないか、と……」
その瞬間、朝のニュース番組の画面が激しく揺れた。
スタジオの天井が崩れ落ち、アナウンサーの叫び声が混ざるノイズの向こうで、建物を揺るがすほどの轟音が鳴り響く。それは、今まで謎だった「あまてるおう」が、文字通り上空から直撃する音だった。
屋上の2人も、それに気づいた。
「あまてるおうだ」
空を覆う異様な光と、その轟音による振動を眺めながら、後輩は他人事みたいに言った。
「もし化石っぽく残れたら博物館に飾って欲しいっす。部長と並んで」
「じゃあ、離れないように手でも繋いでおくか」
「え〜!ガキくさいっすよ。『恐怖に抗えず、手を繋いだまま化石となった二人』なんて解説つけられますよ」
「じゃあ、どうするんだ」
後輩は、部長の肩にぐっと腕を回した。部長も、腕を組み返す。
「題名は『終焉の日に腕を組み、笑い合った男たちの記録』っす」
「なんだそれ」
二人は、空一面に広がる白光と、途切れぬ轟音の中、朝焼けの屋上で、まるで卒業写真でも撮るかのように笑った。
本当は、名残惜しくてたまらない。
やりたい事が、まだ沢山頭を駆け巡った。呑気にバカ騒ぎする世の中も、そんなに嫌いじゃなかった。
頼んだ、さらに未来の新人類。
俺たちの続きを。
きっと、もう一度。
未来のあまてるおう 猫背ぱん @xee0eex
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