第3話 法のしがらみ

「何をそんなに悩んでいるのですか?」


「つまりね。災害が発生した際に避難させるのは大丈夫なんだよ。しかし、災害が発生しなかった場合、祭りを中止させる行為は違反にあたるのだよ」


「えっ!?」


 確かに、避難だなんだと騒げば祭りは中止になってしまうだろう。

 つまり、災害が発生したのを確認してからしか動けない?


「何ですか! その頭の悪い法律は!」


「前から意見は出しているんだが、なかなか聞き入れてもらえなくてね」


「でもですよ! 他の異界探索をしている方々は普通どうしているのですか? 運悪く、こういう場面に遭遇することだってありますよね?」


「大体が見て見ぬふりだと聞くね。そもそも、魔界の人間の手助けが入る方が異常なわけだし。むしろ、そのままの映像の方がウケがいい場合もあるからね」


「これだから、魔界の人間のモラルは……」


 感情的にそう思ってしまうが、確かにルピナ達がここに居ることがもう異常なのだ。

 しかし、そうだとしても、ただ見過ごすのは嫌だった。

 こうなると、住民たちに気が付かせて、自主的に避難させるしかない。


 ドン……ドン……!


 今度の揺れは、二回連続だった。

 屋台の吊り看板が大きく揺れる。


 さすがに、何人かが不安そうに周囲を見回した。


「まあ、祭りだ祭り!」

「地鳴り災様も、賑やかな方が好きだろうからな!」


 でも、誰かが声を張り上げると、再び演奏が鳴り始める。

 緊張した空気は、無理矢理元に戻された。


「凄い……危機感無さすぎだ」


 ここまで来ても変わらぬ人々の対応に、半ば呆然と呟くルピナ。


「もうなんか、信仰に近い麻痺具合じゃないですか」


「信仰と習慣の境界は、案外曖昧なものだよ」


 ローデンはそう言いながら、まだ思案中のようだ。


「先生。もしかして、どうすれば画になるか悩んでます?」


「……いや、そんなことは」


 ちょっと曖昧な感じのする否定。


「せんせ~?」


「も、もちろん人命優先だとも、ルピナ君。とりあえず調査をしてみるかね」


「しましょう。けど、多分……大きな被害が出ると思います」


 ルピナは確信をもって告げる。


「何か根拠があるのかね?」


「勘です! けど、私は爆破好きですよ!」


 グッと、自分でも意味不明な自信を、掲げるように拳を突き出した。


「ふむ、あまり関係なさそうな気もするが……。わかった! ルピナ君の勘を信じよう」


「はい、先生! ……って、撮影どうしましょうか?」


「回すだけ回しておいてくれるかい。祭りの取材はできなくとも、自然ドキュメンタリーになるかもしれない」


「なんか、適当ですね」


 言いながら、ルピナはカメラを構えなおす。

 今レンズ越しに映るのは、笑顔と音楽。そして、時折揺れる地面。

 その揺れに合わせて、ピントが一瞬だけ合わなくなる。

 ルピナは、無言でフォーカスを調整した。


 これを、地獄絵図にしないためにも。

 ルピナは足元から目を離さなかった。


  §


 中央広場を離れ、町外れの方向へと二人は進んでいく。

 向かうのは、温泉が湧いていたと噂されていた山の方向だ。

 歩を進める毎に祭りの喧騒は遠のき、代わりに耳に届くのは、どこか鈍い音だ。


 ドン……


「先生、これって……」


「うむ。さっきより、はっきりしているね」


「音楽と歓声で誤魔化されてましたけど……これ、強い揺れ以外にも、常に細かく揺れてますね」


 ルピナは眉をひそめつつ、カメラを回す。

 ファインダーの中で、吊り下げられた看板がカタカタと小刻みに揺れていた。


「調査と言いましたけど、具体的に何を調べましょうか?」


「もう少し山の方に向かってみよう。住民の話と、現象のズレを探る」


「ズレ? ですか?」


「噂は往々にして鈍く、振れ幅も大きい。現象は正直だ」


 相変わらずよくわからないことを言いながら、ローデンは先へと進んでいく。

 しばらく歩くと、二人は奇妙な光景に出くわした。


「……雨降りましたっけ?」


 石畳が濡れていることに気が付いたルピナが呟いた。

 そのままカメラを回しながら水の出所を辿っていくと――


「ん? 湯気?」


 レンズに白い影が映る。

 そして数メートル先には、石壁から水源と思しき水が、ちょろちょろと噴き出していた。

 ――いや、湯源か?


「あれ、絶対お湯ですよね」


「うむ……」


 ローデンが小さく呟きながら右手を掲げると、その手に闇を凝縮したような棒が現れた。


「先生、何をするつもりですか?」


「ちょっと探りをだね……」


 ローデンはそう言うと、手にした棒を水源へと突っ込んだ。


 ブシューーーーーー!


「ギャー! 先生!!!」


 途端に物凄い水蒸気が噴き出し、ローデンを包み込んだ。

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