第2話 伝統 vs 魅力
地獄温泉郷の朝は早い。
いや、正確には撮影隊の朝が異様に早い。
まだ湯けむりが白く、観光客の姿もまばらな時間帯。
「先生、おはようございます」
支度を終えたルピナが、眠そうな目をこすりながらローデンと玄関先で合流する。
「おはようルピナ君。撮影の方針は決まったかい?」
「はい。一応……ですけど」
今回ルピナは自分からメインにやらせてくれとローデンに伝えていた。
やはり、ヴェルナに負けたくない思いがある。
「早速良い効果が出ているみたいだね。ルピナ君ならきっと大丈夫さ、頑張ってみたまえ」
「ありがとうございます」
ポーチから魔導カメラと魔導メモを取り出すルピナ。
「まず、早朝の湯けむりと、古い建物の対比を撮れたらと。この時間ならまだ観光客も少な……」
ブゥゥゥン。
奇妙な音に気が付いて言葉を切るルピナ。
「何の音?」
「あれだね、上だよルピナ君」
ローデンに言われ、思わず首が軋むほど上を見上げたルピナの目に入ってきたものは――
空中を滑るように飛ぶ小型魔導ドローン。
湯けむりの向こうに、朝焼けを背景に温泉街全体を俯瞰する軌道で飛んでいた。
(!? まさか、カメラ付きのドローン? 向こうももう始めてるの?)
「おはようございます、ローデン社長。それに、おはようルピナ」
振り返ると、既に撮影態勢を整えたヴェルナが立っていた。
軽装だが動きやすそうで、体の線をはっきり拾う服。無駄のない所作。
背後にはスタッフが数人、流れるように機材を運んでいる。
「今日は光の入りがいいわね。朝一が一番湯を輝かせているわ」
「そ、そんなのわかってますよ」
「あら、そうよね。朝に弱かったあなたが、こんな時間から頑張っているのですものね」
「うるさい!」
大して言い返すこともできずにヴェルナを睨みつけるルピナ。
一方のヴェルナは気にした感じもなく、手元のタブレットを操作しながら呟く。
「ちょうどいいから、ちょっと見てくださらない? 未編集だけど、今撮った映像」
「は? そんなの見ている……」
ルピナが否定する前に、無駄に大きな映像が映し出される。
空間に投射できる最新式の魔導ディスプレイだ。
(なにその準備の良さ……えっ!?)
口に出そうとした言葉を飲み込んでしまうくらい、その映像は美しかった。
朝日に照らし出される温泉の数々。
朝日だけじゃない。浮遊式照明が陰になる部分を柔らかく照らし出し。
レンズが泉質ごとの色合いを強調する。
赤褐色の湯はより深く。
乳白色の湯はまるで幻想的に。
硫黄泉は、不思議と神秘的に見える。
「うわ……」
ルピナは思わず見惚れた。
昨日歩いた通り。
夕食後にちょっとだけ楽しんだ温泉。
道を行く人々。
なのに、ヴェルナのカメラを通すと、まるで別の世界だった。
「すげぇ……!」
「こんな色だったっけ!?」
「初めて見た!」
大きなディスプレイで映し出したため、自然と観光客の声が集まってくる。
気付けば結構な数の人だかりができつつあった。
(!? これが目当ての大型ディスプレイか!)
ヴェルナの意図に気が付くルピナ。けどもうどうしようもない。
だって、既に道行く人たちに感動を与えているのだから。
「ねぇねぇ、どうかしら? って、ごめんなさい、足止めしてる場合じゃなかったわね。朝の時間終わってしまいますわよ、よろしいの?」
「はっ!?」
(しまった! 足止めもヴェルナの罠だ!)
慌ててカメラを構えるルピナ。
昨日思い描いていたルートを辿っていく。
同じ温泉。
同じ時間帯。
だが――
「……普通、だな」
湯は湯。
街は街。
歴史を感じる建物は、ただ古いだけに見える。
(そうだ! この時間帯なら、忙しい「生の現場」の話が聞けるはず――)
慌てて、近くで作業中の人に声をかける。
「すみません! この温泉の由来を少し――」
「あー、ごめんね。今、朝の準備で手一杯でさ」
やんわりと断られる。
「後でならいいんだけど……」
「……はい」
タイミングも、間も悪い。
(やることは間違ってない……でも、今は負けてる)
ルピナは、自分でも驚くほど冷静にそう思った。
その様子を、少し離れた場所で見ていたローデン。
俯くルピナの隣に並ぶと、静かに告げた。
「今朝の撮影は、向こうの勝ちだね。しかし、私はルピナ君が間違っているとは思わないよ」
その一言が、妙に重く胸に落ちた。
離れた場所で、ヴェルナが新たに撮影の指示を出しているのが見えた。
響く凛とした指示。
キビキビと動くスタッフ。
自分にはないものが溢れていた。
(まだだ……まだ、始まったばかりだ!)
そう思わなければ、立っていられなかった。
こうして、ブービー争いの因縁深い二人の取材勝負は、まずはヴェルナの優勢となったのだった。
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