第6話 天翔祭開幕
「それでは、『天翔祭』の飛翔をいよいよ開始します。エントリーナンバー1番の選手は、離陸台のそばまで来てください」
朝の丘に響き渡る大声。
観客たちの視線が一斉に、断崖の上にそびえる巨大投石器へ吸い寄せられる。
ガレンとエミラの取材を終えていたローデンとルピナは、待っていましたとばかりに先頭の男に声をかけた。
「すみません。飛ぶ前の一言、いただけますか?」
ルピナの呼びかけに、選手がくるりと振り返る。
彼の身体を覆うのは、怪しい呪文がびっしり書き込まれた布。
どの文字も、読める気がまったくしない。
「私は『風の祝福』を受けている! この聖句があれば、必ずや空を制して一位に輝くのだ!」
あふれる自信。
それに感化されたかのように、ローデンが興奮気味に質問する。
「これは信仰の表現かね? それとも呪術の実践か?」
「両方だ!」
迷いのない即答。
横でルピナが小声で呟く。
「えーっと、何言ってるのかわかりませんが……面白いですね」
男は不敵に笑い、投石器へと歩いていった。
「先生。あれって精霊召喚の類の呪文ですか?」
「落書きだね。少なくとも私の知る呪術には存在しない。しかし、細部は些末だよルピナ君。大事なのは……」
「先生、いよいよですよ」
男が投石器に乗る。そして――発射!
「おおおおぉぉぉぉぉッッ!!!」
凄まじい絶叫とともに、呪文男は青空の彼方へ吸い込まれていった。
「イイ声出てましたね」
ルピナが感想を漏らす頃、思ったよりも遠い位置で水飛沫が上がるのが見えた。
その光景に、ローデンは満足げにうなずく。
「芸術だ……」
「先生、絶叫は芸術じゃないと思います」
「『魂の摩擦音』とでも言えそうな声じゃないか。空に挑む人間だけが奏でられる、究極の協奏曲とも言えそうだ」
「でも、今の多分音割れしてますよ。ただのノイズです」
「ルピナ君、もう少し情緒をもとうよ。ノイズではない、咆哮だ」
「はいはい。編集で音変えますね」
「加工はダメだよ。生の音を大事にしたまえ」
ルピナは額に手を当て海面を眺める。
男が船に引き上げられる姿に、少しだけ安堵の息を漏らした。
§
数人の選手インタビューと撮影を終えると、お昼の休憩時間になった。
ローデンとルピナは、観客が集まるメイン会場へ足を運ぶ。
そこは既に、ある意味祭りとして正しく、ある意味異常ともいえる光景を晒していた。
肉の焼ける匂いが立ち込め、昼間から酔い潰れる者、踊り狂う者、笑い続ける者。奥の一角では、葉っぱを燃やして立ち上る煙を吸い、虚空を指差しながら爆笑している集団までいる。
「先生、あれ……吸っていい煙ですか?」
「多分大丈夫じゃないだろうが、この世界では合法なのだろう。破目を外すのも祭りの楽しみだし、文化とは時に危険を包含するものだ。むしろ、あれこそが『祭りの深淵』と言ってもいいのかもしれない。さあ、最高の画を撮るんだルピナ君」
「編集でカットしないと、絶対後で文句言われると思いますよ」
そんな会場の中で、最も盛り上がっている場所があった。
「午前の払い戻しはこっち。午後からのレートはこっち。さあ、賭けた賭けたー」
メガホンを手に、一段高くなった場所から男が叫んでいる。
挑戦者の飛距離・高度・技術点・面白さに金を賭ける、堂々たる賭場だ。
「……先生、あれ絶対不謹慎ですよね?」
挑戦者は命がけで飛んでいるだろうに……とルピナは思うが。
「我々の価値観を押し付けてはいかんよ、ルピナ君。周囲を見たまえ、疑問を抱く者など一人もいない」
言われてみれば、村人たちは笑いながら賭け金を積んでいる。
彼らにとっては伝統の一部らしい。
「確かにそうですが……」
でも、恋人が飛ぼうとしているエミラなんかは、どう思うだろうか。
きっとショックを――
「もう少し元金稼いでから、全額ガレンに賭けるわよォォォーーーッ!!!」
思い切りのよい絶叫が響いた。
ルピナとローデンは同時に硬直する。
賭場の前でエミラが絶叫していた。
その目は据わり、額には青筋が浮かび上がっている。
「先生……あの人、完全にギャンブル狂じゃないですか!?」
驚愕のルピナ。
「ふむ。どうしても彼に飛んでほしいという願いの根源は、これだったのかもしれないね」
「納得なんですか? 愛とかそういう……」
「これも1つの愛の形だよ、ルピナ君。見たまえ! 彼女の瞳には、彼の勝利という輝かしい未来だけが見えているのだよ。これほど純粋で、生命力に満ちた愛の表現が他にあるかね?」
「愛の女神が、欲の女神に変わった感じで、割とショックです」
「お祭りだからね、人は変わるものさ。さあ、我々も休憩がてら昼食にでもしよう」
ローデンは満足げに歩き出す。
ルピナはその後ろ姿を見ながら、ふと視線をエミラ――そして、賭けの対象が貼られた飛距離ボードに向けた。
(……愛だろうが欲だろうが、要は「楽しんだもの勝ち」ってことですよね?)
ルピナの手が、無意識にポーチを撫でる。
(ドーンとやっちゃえば、画的に派手だし、私も楽しいし……完璧じゃない?)
「行きましょう先生! 私、お腹空いてきちゃいました!」
ルピナは弾む足取りでローデンを追いかけた。
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