第2話 1,000万EPの対価、天才AIエンジニアの強制覚醒

翌日の早朝。ユウトは田中部長に連れられ、人通りのない会社の会議室を密かに占拠した。田中部長は昨日の大騒動にもかかわらず、一切の動揺を見せていない。むしろ、その目には鋼のような光が宿っていた。


「神崎、よくやった。昨日、俺の内に目覚めたこの『力』は、この腐敗した組織から離脱するための最適な道筋を示している。昨日の俺の行動で、我々はもはやこの会社には戻れない。だが、それが狙いだ」


田中部長はホワイトボードに、「PROJECT A-Z:AIのクリーンな取得と戦略的離脱」と書き込んだ。


「俺の【決断力】が示す最高の武器は、AIだ。未来予測を可能にするAIアルゴリズムの概念を、会社の権利が及ばないものとして手に入れる。そのためには、技術部門の山村課長が必要だ」


田中部長は、冷静な声で山村課長の過去の秘密をユウトに語り始めた。


「山村課長は大学院時代、『自律進化型学習モデル』の理論を完成させていた。俺は以前から、その論文の存在を知っていた。だが、大学の知財委員会がそれを『商業的価値ゼロ』と公式に認定し、権利を放棄していることもな。彼の努力は無駄だと笑われたが、そのおかげでAIの権利は宙に浮いている。昨日の俺には、この情報を実行に移す勇気も、周到な戦略もなかった。だが、今は違う。我々がそれを拾い上げればいい」


ユウトは驚愕した。田中部長は元々有能で、多くの情報を持っていたが、EP注入がなければただの無能な上司のままだったという事実。EPが与えたのは、知識ではなく、「チートな実行力」だった。


「奴こそが、我々の最初の武器、『未来予測型AI』の核となるアルゴリズムを掴む人間だ。山村には、全力を出させて、その概念を現実のものとする力を完成させるぞ。神崎、貴様も持てる力のすべてで山村に協力し、AIを完成させろ」


ユウトは、田中部長の強い命令と確信に頷いた。田中部長は方法を知らなくとも、その命令の裏にはEP注入の必要性があるとユウトは理解した。


ユウトは能力パネルで山村課長を検索し、注入推奨量を確認した。


ターゲット:山村 剛(48歳)

ポテンシャル: S (超天才AIエンジニア)

欠落才能: 【モチベーション】【アルゴリズム構築力】

EP注入推奨量: 1,000万 EP


「インジェクトします。山村課長の【モチベーション】と【アルゴリズム構築力】に、1,000万EP」


【残高:1,034,186,887,552 EPに減少。山村剛へインジェクト完了。】


それから数時間後、田中部長に連れてこられた山村課長は、会議室に現れたとき、顔色が別人だった。疲労感は消え、目に光が宿っている。


「部長、神崎君。驚いた……あの時、教授に酷評されて諦めた『多層学習モデル』の欠陥が、今、完全に解消された。あのアルゴリズムは現実のものだ!」


山村課長は、自身の過去の論文の完全な権利を主張するための法的な論拠と、開発に必要な技術をリストアップした。彼のリストは、覚醒した田中部長の戦略と寸分たがわなかった。


田中部長は獰猛な笑みを浮かべた。


「完璧だ。山村、そのアルゴリズムは、大学の怠慢で権利が宙に浮いている。我々がそれを正式に取得する。神崎、これでお前の努力が報われなかったこの会社へのざまぁは完了だ」


田中部長はユウトと山村課長に、既にサイン済みの退職届を差し出した。


「我々三名は本日をもって、この会社に『絶望的な無価値』を残し、退職する。誰もAIの核となる理論が外部に持ち出されたことには気づくまい」


ユウトの心臓が高鳴る。


「はい、部長。俺たちの努力をゴミだと笑ったこの腐敗した組織に、最高の無価値をプレゼントしてやりましょう」


その日、三人は会社を去った。AIの知的財産権は、完全に彼らのものとなった。


覚醒したリーダー。天才AIエンジニア。そして、一兆EPを持つ審判者。


ユウトの経済的な世界審判は、組織のしがらみを断ち切り、自由なチート組織の立ち上げへと舵を切った。

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