第2話 創立記念式典


5月に入り、ゴールデンウィークも開けた生徒会室で、会長である右京賢吾はパソコンのディスプレイを見つめた。


「あれだなー。やっぱり聴衆がいると音が吸い込まれるな。思ったほど響かなかった気がする」


写真屋から仕上がってきた入学式のDVDを観ながら腕を組んでいると、黒板を消していた副会長の藤崎が笑った。


「地声でいこうとなんかするからよ。780人を前によくやるわ」


「そういうことするなら事前に相談していただかないと困りますよ、会長」

庶務の清野も眼鏡の奥からこちらを睨む。


「ちょっと女の子にキャーキャー言われたくらいでいい気になって。言っときますけど、ただの“生徒会長フィルター”ですからね!勘違いしないでくださいよっ!」


「なにぃ?」

片眉をつり上げた右京を、

「まあまあ」

茶色い地毛の前髪をちょんまげに結わえた広報の結城が笑う。


「そういうことを派手にやってくれるのが、わが生徒会の右京会長なんだから!おかげでこっちは生徒会誌作りやすくなるんで、願ったり叶ったりだけどねー」


皆の反応に大方満足しつつ、右京はキーボードを叩き、新入生の集合写真をディスプレイに映し出した。


「……280人か。3年生250人、2年生252人と比べると、1クラス分も多いんだね」


言いながら口元を撫でる右京の隣に腰掛けながら、藤崎が言う。


「そっか。右京君は転校してきたから知らないよね」


「何を?」


藤崎は、他のメンバーとアイコンタクトをした後、右京にわずかに顔を寄せて話し出した。


「私たちの学年も、その下の学年も、初めはちょうど280人ずついたのよ?」


「え」

右京は口を開いた。

「約30人ずついなくなったってこと?」

「そ」

藤崎は軽く息をつきながら言った。


「今でこそ平和そのものの宮丘学園だけど、数年前までは荒れに荒れててね…。

喫煙、飲酒は当たり前。攻めてきた他の不良たちに一般生徒が巻き添え喰らったり、学園内の不良がターゲットを決めていじめをしたり。それはひどいありさまだったの」


「―――へえ。マジか……」


右京は、中庭から聞こえる放課後の生徒たちの笑い声を振り返りながら言った。


「ちょっと想像つかないな……」


「そうでしょ!」

藤崎の代わりに結城が顔を突き出してくる。


「じゃあなんで、こんなに平和になったのか、わかる?」


「―――問題の生徒たちがみんな卒業したから?」

右京は大きい目で結城を見返した。


「チッチッチ。惜しい、会長」

人差し指を左右に振りながら結城が笑う。


「実は、去年1年間で、問題のある生徒たちが全員、学園から転校していったんだよ!」



「―――転校?」

右京は口を開けた。


「そう。しかも彼らだけじゃなく、宮丘学園に目を付けていた近隣の不良たちまで、だよ!?」


「―――なんで?」

当然の疑問を口にすると、結城は得意そうに言った。


「いるんだよな、ヒーローって」

言いながら、ロッカーに行くと、生徒会誌のファイルを取り出してきた。


「詳しくは俺の前任者の書いた記事を見よ…!」


「前任者?」


「そう!今は卒業した山城先輩!俺はこの記事を読んで、広報になろうと!そしてゆくゆくは新聞の記者になろうと思いたって―――」


「まあ、要するにーー」

清野が結城の言葉を遮った。


「ヒーローと称すべき謎の高校生が現れたんですよ」


「あ、おい!!」

結城が清野を睨む。


「―――ヒーロー?」


「そう。問題のある生徒たち、およびその近隣の高校生まで、根こそぎ病院送りにした男子高生が」


「ナニソレ。怖い」


現実離れした話に、右京は少し身を引いた。


「正体は不明。名前も年齢も不明。ただわかっているのは、彼が男子高生であること。そしてその髪の毛が――」


今度は結城が清野の言葉を遮る。


「真っ赤だったってこと」


「――真っ赤な、髪の毛……?」

息を飲んだ右京に結城がにやりと笑う。


「たった一人で何人もの相手を同時に倒す強靭さと、正体を見せない鮮やかな手口から、人は彼をこう呼んだ。赤い……」


「また“赤い悪魔”の話かー?」


もう一人の副会長である諏訪すわひかるがガラリとドアを開けた。


「ああ!!一番いいとこ持っていきやがって!俺が言いたかったのに!」


結城が口を尖らせるのを無視し、諏訪は右京を見た。

背が高い分、こうして見下ろされると迫力がある。


「右京。学年主任の高橋がお前に話があるって。

なんか急用っぽかったから、急いで行ってくれる?職員室―――」


「職員室ね、りょーかい」


「―――の隣の職員更衣室」


「は?更衣室?」


右京は眉間に皺を寄せた。


「なにやら、重要な話らしい」



言いながら諏訪は、口の端をにやりと釣り上げた。




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