第3話 危険な2人


言われた通り職員更衣室のドアをノックすると、廊下に首だけ出して左右を確認した高橋は、華奢な右京の身体を更衣室に引き込んだ。


「右京君!よくぞ来てくれた!」


肩を掴まれ前後に揺さぶられる。

いつもと寡黙な学年主任ではない高橋の雰囲気に面食らいながら、右京は苦笑した。


「どうしたんですか?先生?」

「僕はね、君を買っているんだよ!!」

急に持ち上げ始める。


「君はこの宮丘学園始まって以来、最っ高の生徒会長だ。我々教師は皆、君の観察力、統率力に感銘を受けているんだよ…!」


「あ、ありがとうございます…!」

揺らされうまく焦点の合わない目で必死に高橋を見つめる。


「そんな君の能力を買って、頼みがある!!」


シャワーのように唾が飛び、右京の顔に浴びせられた。


「なんでしょう……?」

言うと、


「今月、あるよね、創立記念式」


急に目つきが険しくなった高橋の両眼を交互に見つめる。


「……ありますね。創立記念式」

言うと、


「実は、理事長夫人も来るのだよ」


「???」

右京は首を傾げた。


理事長ではなく、理事長夫人?それがどうかしたのだろうか。


「君は1年前、いなかったからわからないだろうが…」

高橋がぐっと拳を握る。


「わが校の不良たちの色とりどりに輝く頭を見てね、理事長夫人は“ここの学校は生徒の統制が取れていない!”って私たちに喚き散らしたんだよ…。即刻更生か退学をさせなさいと、学園潰しますよって!」


「……はぁ」

右京は首を傾げた。


「でも今の宮丘学園には目立った不良たちはもういなくて、平和そのものだから、大丈夫では?」


言うと、高橋はブンブンと首を振った。


「え?いや!いや!?いるんだよ。もう2人…!

一見大人しくしているから目立たないけど、たちのわる~い問題児が…!!」


◇◇◇◇◇


「尾沢と蜂谷って知ってる?」


生徒会室に戻り、開口一番そう発した右京に、何事かとワクワクと待っていた全員が項垂れた。


「会長、短い間だったけど、今までありがとう」

結城が言い、


「あなたの功績、忘れないわ」

と加恵が涙をぬぐう真似をした。


「安心してください。葬儀は生徒会でしきって盛大にやらせていただきます」

清野が眼鏡に夕日に光らせ、


「くっだらねぇ」

諏訪が茶番劇を締めた。



「何なんだよ、そいつらは」


「学園きっての問題児だよ」


諏訪がため息をつく。


「それはわかる!どういう奴らかって聞いてんの!」


右京が再度聞くと、まだ沈んでいる3人を無視して諏訪が話し出した。


「尾沢っていうのは、3年8組の尾沢おざわ彪雅ひゅうが。入学した時こそ地味で目立たない生徒だったのに、兄貴が族の下っ端か何かで、その影響でどんどん悪びれてきてさ。

何かあるとすぐ兄貴関係のやつらが出てくるらしく、尾沢を怒らせた人間は病院送りどころか、所在不明にされるとかされないとか……」


「されないだろ、さすがに……」

右京は呆れて目を細めた。


「さらにヤバいのはもう一人の方で…」

諏訪は軽く咳ばらいをした。


「3年6組、蜂谷はちや圭人けいと

ちょっと髪が赤い以外は、どこにでもいるイケメンな男子高校生に見えるんだけど、実は人の弱みに付け込むのが得意で。

裏でいろんな生徒の情報を売買してはそれをもとに強請ったり、ときには女を脅して強姦することもあったりなかったり…」


「あったらやばいだろ」


「マジらしいぜ」

結城がもっともらしい顔で言う。


「んなわけあるか。そんなことより……」

腕を組み黙り混んだ右京を皆が見つめる。  


「どーした」

しびれを切らした諏訪が聞くと、


「金髪と赤髪……金髪と赤髪……金と赤…金と赤……赤金…赤金……あっ!」


右京がパチンと指を鳴らす。


「わかった!!金太郎だっ!!」


「………………」


4人の脳裏に、赤い腹掛を着て熊に股がったおかっぱ頭が浮かぶ。


「会長……それ、死んでも2人には言わない方がいいですよ……」


清野が呟いたところで、生徒会室の扉が開け放たれた。


「あっ!右京みーっけ!」


右京が振り返るとそこにはサッカー部の部長、永月灯里が立っていた。


「はいこれー!サッカー部の年間計画ー」

「あ、ああ!ありがとう!」

永月は用紙を渡しながら静まり返った生徒会室を見回した。


「あれ…?ここ、通夜会場だっけ?」


慌てて振り返ると3人はまだシトシトと泣き真似を続けている。


「右京が」

諏訪がみかねて説明を始めた。

「高橋から蜂谷と尾沢の更正を頼まれたんだと」


「えっ!」

永月は驚いて振り返った。

「大丈夫?それ…!」

心配そうに覗き込んでくる。


諏訪ほどではないが、永月も背が高いため右京は少し顎を上げ、彼を見つめた。


「大丈夫だって!とって食われたりしないだろ!」

言うと彼は眉を寄せた。


「いやいや、とって食うような奴らだから心配してるんだって」

困ったようにため息をつく。


「部長ー!」


廊下の向こう側から永月を呼ぶ声がした。


「今いくー!……ねぇ、右京。何かあったら俺に言いなよ?」


「ふ、バカ言うなよ!」

右京は笑った。


「国体が懸かってるサッカー部のエース巻き込めるかっ!」


「……右京」


「なんかあったら地区大会1回戦で負けてド暇な野球部の元4番バッターに頼むから………痛っ」


言うと諏訪から消ゴムが飛んできた。、


永月が諦めたように小さく息をつく。


「ほら、早くいけよ、部長。待ってるぞっ!」

「無理するなよ?」


頷くと彼はやっと右京の肩に手を置いてから廊下を駆けていった。


「……なんか、意外ー」


永月の後ろ姿を見送る右京の背中を見ながら加恵が言う。


「何が?」


「右京君って、永月君と仲いいんだぁ」


その言葉に一瞬心臓が跳ねる。


「あーなんか、クラス一緒になってからよく話すようになって……」


言うと、


「えー、俺と加恵ちゃん、去年永月と一緒だったけど別に仲良くならなかったよなー?」


結城が言い、加恵が頷く。


「そ、そう?!」

声が無駄に上擦る。


「加恵さん。はっきり言ったらどうですか?小麦色のモテモテプリンスと、色白もやしっこじゃ釣り合わないって…」


清野が言い、右京は先程諏訪から投げられた消ゴムを投げた。 


「ま、誰とでも仲良くなれるのが会長の長所であり短所ですからね」


額にクリティカルヒットした清野が続ける。 


「間違っても“金太郎”とは仲良くならないでくださいよ。生徒会執行部の沽券に関わりますから」


その言い方にはさすがにカチンときた。


「はっ!馬鹿馬鹿しい!見た目がちょっと派手だからって過剰に怖がって、噂に尾ひれはひれがついてるだけだろ!」


「転校生のくせに、そう言い切れる自信はいったいどこから……?」


清野が眼鏡をずり上げると、右京は中庭に面した窓を指さした。


「もしもそんな危険な奴らがいたとしたら、あの生徒たちの笑い声や笑顔はないからだっ!」


「――ああ、哀れ。会長の底抜けのポジティブさよ…。他は完璧なのに―――」

結城が目を細める。


「そんくらい頭ん中お花畑じゃねぇと、転校早々生徒会長に立候補なんてしないだろうけどな」

諏訪が呆れる。


「ねえ。右京君」

加恵が立ち上がる。


「冗談じゃなくて、本当に気を付けてね?」


真顔の加恵に右京は笑顔を返して、自分の肩に手をかけると、腕をぶんぶんと回した。


「じゃあ小手初めに、隣のクラスの方から攻めてみようかなー」


言いながら右京は、生徒会室の扉を開け放ち、鳩のように胸を張って出ていった。


「隣のクラス?」


結城が清野を振り返る。


「会長は3年5組だから……」


「……強請野郎の蜂谷か」


二人は顔を見合わせ、静かにそっと合掌した。


「ま、会長なら叩いても埃なんか出ないから大丈夫か」


結城が言い、加恵と清野が頷く。



「だといいけどな……」


諏訪は一人窓の外を見ながら、聞こえないように呟いた。






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