【第7話】悪の総帥、愛の試練を乗り越える

その頃、世界の裏側。秘密結社「クリムゾン・ロータス」の総本部。


紅月緋真(こうげつ ひま)は、総帥の玉座に座り、険しい表情でモニターを見つめていた。映し出されているのは、悠真が向かった隣町の巨大な森の衛星画像だ。


彼女の傍らには、昨日悠真から受け取った手作りのクッキーが、まるで聖遺物のように丁寧に飾られている。


(天野悠真…。私は、あなたの純粋すぎる愛のアプローチに屈したわ。あなたは私に、総帥の地位を捨て、ただの女性としてあなたの傍にいろと要求した。…そして、私はそれに応えると誓った)


緋真の頬が、わずかに赤く染まる。しかし、総帥としてのプライドが、彼女の乙女心を抑え込む。


「総帥!あの万屋の男が施設の調査に向かっっているとの報告です!」


幹部の一人が、恐る恐る報告書を差し出す。報告書には、悠真が組織の施設に向かっていること、また道中の行動から危険性を感じない「何の力もない一般人」である旨が正確に記されていた。


緋真は報告書を一瞥し、すぐに破り捨てた。


「馬鹿なことを!彼は、私の愛を試しているのよ!あの程度の情報で彼の実力を測れるはずがない!あのクッキーが、彼の真の強大さの証明よ!」


(あのクッキーは、『組織の力や財産など無意味である』という、彼からのメッセージ。彼こそが、この世界の真の支配者。…私が今すべきは、彼の愛に相応しい女性になること…だが、そのためには総帥としてのけじめをつけなければならない)


緋真は、唇を噛み締めた。


「『アレ』の件、あれは我が組織が秘密裏に進めている「次期世界征服計画」の要…絶対に、邪魔をされてはならない」


緋真は玉座から立ち上がった。


「全軍に告ぐ!『巨大生物』の調査に向かった天野悠真を、全力で護衛し、彼の調査の邪魔になるものは全て排除せよ!…ただし、彼に気づかれぬように、だ!」


幹部たちは困惑した。総帥は「世界征服計画の要を、敵の手に渡すな、ただし敵を護衛せよ」という矛盾した命令に、誰もが頭を抱える。


(悠真…待っていて。私は、あなたの愛に応えるため、「世界征服」という名の『私の過去の清算』を成し遂げてみせるわ!そして、あなたの傍で、穏やかな生活を手に入れる…!)


緋真の瞳には、愛と野望(という名の愛のけじめ)が混在していた。

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