私が出陣ですか?

 救助した宇宙船の乗組員は落ち着いている。

 今はサブリナ艦長が中心になって、事故の様子や飛行中の船内の状況の聞き取りが行われていた。


「艦長のサブリナです。お加減はいかがですか?」

「すっかり良くなりました。助けていただきありがとうございます」

「船の事故についてお話を伺いたいのですが」

「ええ、構いません。始まりは密航者がいたことなんですが、どうも認識不足というかその危険性がわかっておりませんで」


 イリアに会ってからと言うもの。まるで憑き物が落ちたように素直に応対するようになった。

 いつもならこの星の人と会った時の話は、厨二病全開の残念トークで有用なこと何一つわからないのだが、今回はそれがない。

 真摯に応対しているので、サブリナ艦長としても大助かりだった。


 だが、よくわからない点も多い。

 船の挙動がおかしかったことには気づいていたが、それを把握していないようなのだ。


 その理由は、宇宙船運航についての基本的知識の欠如だ。


「それでは、定員をオーバーしている危険性についても把握してなかったんですか?」

「はい。アラートは出ていましたけど、乗れるんだから大丈夫だろうと」

「それで事故になったと」


 この星で暮らしている文明レベルは地球から移民できた時の科学技術レベルに達していなかったため、宇宙船を扱うことはできるものの搭載しているAIだのみのところがあり、異常が起こった時に何がまずかったのか正確に把握ができていなかったのだ。

 宇宙船に乗る時も行き先をAIに指定して全てお任せ。

 地上を走るロボタクシーじゃあるまいし。


「最初は飛行プラン通り行かないとAIが報告してきまして、次に生命維持のため食糧だとか空気や水といったものを制限すると言われて、怒ったクルーの何人かがAIモードをマニュアルにして都合のいいようにいじってしまったんです」

「なるほど」

「するとあちこちに異常が発生して、そのうち船がうんともすんとも言わなくなり、酸素供給が落ちてきてみんな倒れてしまったところを助けていただいたわけです」


 不可解な事故の謎は全て解けてしまった。

 そういうことなら、AIに記録されているログだけで船の状況について全て説明がつく。

 サブリナ艦長は事故についての話を打ち切ることにした。



 続いて惑星の政治形態や生活といった話を聞き取り始める。

 すると、この歪な文化を持つこの星の詳細な事情がわかってきた。


 ポラリス・コミューンについてこれだけ実態が明らかになったことはかつてなかった。 

 聞き取りは体調面を考慮し、何回かに分けて目覚めた順番に全員に対して行われ、ポラリス・コミューンについての必要なことは大体掴むことができたのである。


「艦長」

「ん? イシュタル。何?」

「今回上手くいったの、ってやっぱりイリアに応対させたことがよかったんじゃないですか?」

「そうね。最初聞いた時は半信半疑だったけど、やってみてよかったと思うわ……でも、なぜなの? なんでお姫様が必要なのか今一掴めてないんだけど」

「ああ、それはですねー」


 サブリナ艦長に、今回の聞き取りで分かったことについての資料を見せる。

 それには、聞き取り内容の羅列だけではなく、イシュタルがまとめたこの星の文化についての考察が記載されていた。

 その中で特に重点的に書かれていたのは、イリアについてのことである。


「んー。でも仮装なら誰でもいいんじゃない? どうしてここでイリアが出て来るの?」

「ああ、それは彼らについてのキーワードは厨二病で、ほとんどの言動や生活規範が英雄崇拝、ファンタジー、架空の大王家が出てくる物語などを求めることで成り立っています。そのくせ、実現できることは全て安っぽいハリボテの偽物。しかし彼らの本心は違う。今回のことでわかる通り彼らは本物を求めているんです」


 イシュタルの説明に艦長は納得がいったようだ。


「あー、なるほど。それでイリアなのね?」

「はい。ですから、本来の目的であるこの星の危機を知らせることに関しても……」

「OK。その作戦、乗ったわ…………でも、そうなるとトレイシーの作戦はどうしようかしら?」

「それなら、いい露払いになってもらえるんじゃないか、と」

「了解。任せるわ」

「はい!」


 イシュタルは鼻歌まじりに病室の控え室を出てゆき、メルフィナのところに相談に行った。

 二人は作戦をまとめ、湯水のように金を使って必要な資材を購入していく。



 この戦艦に大手商業遠距離宇宙船が荷物を運んでくることは珍しくないが、今回は常軌を逸している。

 どうして衣類を運んでいるコンテナ一つが、最新鋭ミサイルポッド並みの金額になるのだろうか?



 この壮大な無駄遣いに対し、どこからも文句はこなかった。

 その理由は二つ。トレイシーのシャトル改造費で感覚が麻痺していたこと。

 この特殊な惑星の事情を考えると「解決できるならこの際なんでもいい」と目をつむるものが多かったことである。



 また、このことをなるべくイリアには伏せておきたかったが、それも思った以上にうまくいっていた。

 艦内には、悪目立ちしたトレイシーが今回の作戦の立案者であるという認識の者が多く、この作戦に関わるのはゴメンとばかりに無関心であったことも荷物の中身を隠蔽することに一役買っていたのである。

 このコンテナの中身の購入者がイシュタル名義であったにも関わらず。


 イシュタルは荷物をある部屋に運び込み、全てが揃ったことに満足そうにうなづいた。


 ◇


 ある日、私はイシュタルに呼び出された。


「イリア。ちょっとちょっと」

「何? イシュタル。メルフィナも?」

「居住区の端っこに臨時で部屋を借りたのよ。一緒に来て」

「なんでなんで? あー、もう引っ張らないで。ついてくから」


 私は訳もわからず二人に連れられて居住区のはずれにやってきた。

 ここは研究棟の側で生活感があまりなく、自分の部屋のあるあたりとかなり趣が違っている。


「こんなとこ初めてきた」

「あんまり使ってないとこだからね。えっと……ああ、この部屋だから。入って入って」


 二人に引きづられながら入った部屋は、同じ居住区にある自分の部屋に比べて随分広いところだった。

 まず、部屋の四方にズラリとハンガーラックがあり、服が吊るされ、靴が並べられ、装飾品積み上げられていた。

 その一角には着替え用の試着室があり、ところどころに全身が写せるミラーまであった。


「何ここ? それにこの服…………パーティ用?」

「違うわ。イリア。あなたならわかるでしょ? これが一般人のパーティーなんかで着るようなものでないこと」

「…………」


 わかる。これが何だか。

 ここに集められた物のうちいくつかは、単に上等で高級品というだけでなく、かなり格式が高いものであることを。


 例えばこのドレス。

 どんなに遊び慣れた人でも気軽にパーティーに着ていけるようなものじゃない。

 宝石類も本物で恐らく由緒正しい一流品だ。売る店も客を選ぶだろう。

 物凄く高い上に、誰にでも買える品ではないと思う。


 まあ、中にはデカイだけで趣味の悪い指輪や芸人しか着ないようなローブもある。

 だが、そんなものでさえ手に入れるには相当苦労するほどの逸品だ。


「これ、どうしたの?」

「アシュリーズの予算で買ったものよ。値段は見なくていい、って言われたからイリアに似合うかどうかだけを考えて、思いっきり贅沢なラインナップを揃えたのよ。サブリナ艦長のコネがないと買えないものも多かったけど」

「でしょうね……それで……私が着るの?」

「そうよ。こんな服、イリア以外にこの艦隊で似合う人なんているわけないじゃない」

「…………」


 そういうことか。

 これ私が元王女である、ってことで揃えられたんだ。

 つまり私はこれを着て何かをさせられる、ってことだ。


 でも。


「ねぇ、早く着てみてよ。どれでもいいから。あの緑から水色のグラデーションが綺麗なドレスなんてどう?」

「無理よ。これ一人じゃ着られないドレスだもん。コルセットがいるし。第一これを私に着せて何をやらせるつもり? ドレスも単に趣味で選べばいいと言うもんじゃないもの。そのパーティーや儀式の格、出席する私の立場によって変えるものだから」

「うーん……とある式典に出てもらうつもりなんだけど。立場としては、銀河の由緒正しき大王女様、って感じ? 天上の姫君が民衆にお言葉をお掛けになる、ってシチュエーションなんだけど」

「何それ?」


 私が困惑していると、イシュタルは端末を開けて連絡を取ろうとして途中で止める。


「うーん、らちが開かないから、私、キャシー呼んでくる。メルフィナはエイシャを引っ張ってきて」

「了解」

「ちょっと待ってよ。私はどうするのよ?」

「あー、イリアはここで待ってて。……って、ほら、ここにお茶もあるから」


 ハンガーラックをかき分けると部屋の隅に給湯器があった。

 あー、イシュタル。乱暴に扱うとドレスがダメになっちゃうよ?


 …………気にしても仕方ないか。

 イシュタルとメルフィナは部屋から出て行って、私は一人になった。


 しょうがないのでとにかくお茶を入れて、部屋の真ん中にある机で一休みする。

 この机も椅子も艦内のほかの部屋にあるものと全然違う豪華なものだ。

 本物の革張りだし、椅子のクッションも柔らかいのに沈み込みすぎず……あー、ここまで上等なものって、私が故郷にいた時も玉座の間の数脚にしか使われてなかった気がする。


 バタンと乱暴に部屋のドアが開けられ、キャサリン教授が入ってきた。

 イシュタル、メルフィナ、そしてなぜかメイド服姿のエイシャが続いて入る。


「さっすが元王女様、そうして椅子に座っているだけで気品が違うわねぇ」

「いや、これは普通ですよぉ。艦隊の制服着てお茶を飲んでるだけじゃないですか」

「ううん、イリア。やっぱり違う。エイシャもそう思うでしょ?」

「はい。なんか近寄るのも恐れ多いような気がします」

「もぉぉ、メルフィナもエイシャも何言ってるの?…………それよりイシュタル。これは一体どう言うことなの。私全然説明受けてないんだけど」

「わかったわかった。説明するって」


 それから聞いた話は、半分は予想していたけれどとんでもない内容だった。


 まず、トレイシーの作戦が失敗するのはすでに既定事項。

 問題はそのあと。



 イシュタルの作戦では、私は王女としてこのポラリス・コミューンと相対することになる。

 そのためにトレイシーくんの奴とは別にもう一隻、シャトルが改造されているらしい。


 キャサリン教授が見せてくれた改造シャトル。

 見た目は完全に皇族船。

 それがパッカリ開いて玉座に座る私がこの星の民に話しかけるんだそうだ。


「さあ、イリア。出陣よ!」

「私が?」


 いやいや、そんなことありえないから。ステージ展開するアイドルのトラックじゃあるまいし。

 さらに、その皇族船の周りにはキャサリン教授が心血を注いだ思い切り悪ノリした後光のようなエフェクトが施される……

 


 マジなの? これ。

 マジなんだろうなあ。


 あー、原稿も回ってきた。


 これこの星の全国民の前で読むのかあ。

 うわぁ、何て上から目線の恥ずかしいセリフ……

 こんなのお父様が在位していた時も言ったことないんじゃないかなあ。


 しょうがない。私は観念した。

 もう考えるのはやめとこうか。


 とにかくこの一大事に相応しい衣装とそれに合う装飾類を私のためにイシュタルが用意した。

 周りに置くべき調度品を指示したとこで、周りのみんなも準備してくれた。

 本当に皇室の催事として万全の体制が整ってる。


 特にエイシャ。

 着付けを手伝ってくれてるんだけど手際が凄い。

 どこかの王族の侍女でもやってたのかな?

 彼女の能力は故郷で私のお付きをしてくれていた家臣たちより上手いんだけど。


 私が呼びかける時に腰掛ける玉座みたいな立派な椅子の前にはカンペが用意された。

 首都上空に到達すると同時にこの星のテレビやネット、街中にあるスクリーンなどがハックされ制御を奪い取るらしい。

 全メディアに私の姿が映る……


 はぁ。


 あとはトレイシーくんの作戦が見事(?)失敗するのを待つのみとなったのである。

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