リアルな『冷たい方程式』

 トレイシーくんの作戦はみんなの大反対に合い、あえなく中止。

 ひとまず解散となり、自室に戻ると端末に着信が入る。

 

 メルフィナからだ。


「どうしたの?」

「今、時間ある?」

「大丈夫よ……それより、もしかしてさっきの件?」


 まあ、このタイミングで別の話はないと思うが。


「そうよ! 良かったじゃない。これであのロクデナシの作戦もおしまい。イリアもこれでお目付役から解放されるんじゃない?」

「あはは。どうだろう。私はこのまま済むとは思えないけど。艦長にはまだ何も言われてないし」

「大丈夫よ。あんな作戦が通るわけないし」

「まあね……でも艦長がそんなに簡単に担当がえするかなぁ」

「するに決まってる! あいつが悪いんだから。とりあえず失敗は間違いなしでしょ? ザマーミロよ。あの新人ほんと気に食わなかったもの」


 トレイシーくん、随分嫌われたもんだ。


 でも、ああなることは予想できた。

 でも、そうなるとなぜサブリナ艦長が許可したのか、が疑問だ。

 みんなに糾弾されることで彼が態度を改めることを狙って?


 違うな。


 サブリナ艦長もそんな吊し上げみたいなことはしない。

 かといって、懲らしめられたことで、心を入れ替えることを狙って、というのもない。

 彼はそういう性格じゃないから、艦長がそんな無駄なことをするとは思えないもんね。



 それより、ポラリス・コミューンの説得だよ。

 艦長は最初、トレイシーくんと私にこの問題の解決を任せたんだもの。

 彼の作戦が採用されないとすると……次は私。


「気が重いなぁ」

「なんで?」

「トレイシーくんの作戦がダメになったら、私にどうするか代案を考えろ、って言ってくると思う」

「そうかー、それは御愁傷様。でも、うん! それは手伝うから! 少なくとも応援する!」

「……ありがとう」


 適当だなー。心がこもってないなー。

 まあ、メルフィナにとっては他人事かぁ。



 なんて考えていると……

 端末に警告信号が。


 非常事態!? 敵襲? ……違う。

 でも、レーダーに反応はある。



 この状況は……。不自然に航行している宇宙船。

 損傷が大きい! …………この状態じゃあ、中の様子はかなり危険なはず。


 恐らく遭難船だ。



「艦長! 緊急です。宇宙船が漂流中です。恐らく遭難したものと思われます。機体の状況からしてポラリス・コミューンからのものと思われます。船体スキャンしたところ、乗組員の生命維持がギリギリの状態に思われます。救助を出しますか?」

「ええ。でも、通常の救助だと間に合わないかも知れない。キャシーに頼んで無人機を出してもらって。生命維持フィールドで包んで、船内に救助ボットを突入させませしょう」

「了解」


 私はキャサリン教授に、サブリナ艦長から聞いたことを伝え、現在入手済みのデータを送る。

 教授はすぐに無人のドローン快速艇を出して遭難船に向かわせた。



 私は急いで第一艦橋に戻った。


 スリップの探査レーダーを最大感度まで上げ、状況をモニターする。


 遭難船が、まるごと球状の力場に包まれている。

 バイタルデータも送信されているところを見ると、どうやら間に合ったようだ。

 さすが、銀河連邦標準のものより安全で快適、キャサリン教授自慢の生命維持フィールドだ。


 だが、ここから中の人間を安全に漂流船から降ろすのが、一苦労なのだ。

 中がどうなっているかわからないため、とりあえず人のいる位置をスキャン。


 漂流者は──

 11人いる。



 多いな。

 救助ポッドを追加で発進。



 ここからは力技。

 通常のハッチを開けることにこだわらず、船体にガリガリ穴を開ける。

 人の反応のあるところまで、直線的に救助ボットをどんどん向かわせる。

 どうせフィールドに包まれているんだから、生身の体だけ運べばOKである。


 ここまできたら探索レーザーは必要ない。

 医療機器への干渉を避けるためにも切った方がいい。まあ、通信士としては常識だけどね。

 ほら、私もう、準一級亜空間無線技師だから!



 あとは、救助ボットから送られてくる送信内容をモニターだけでするだけで、データは十分。


 健康状態はいいとは言えないが、すぐに危険な人はいない。

 念のため、救急ポッドが船内に潜り込み、残った人がいないか確認作業を続行。


 …… それにしてもおかしい。

 こんな小さな船からすると、乗組員の数が多すぎる。


 何か手掛かりが見つかるかも。

 私は救助ボットに通信を送り、船の通信記録、スペースレコーダー、個人通信ログまで全て収集するように命じた。

 まあ、そこまで詳しくデータを集めるのは他の目的もあるんだけど……。



 宇宙船の乗組員を保護したポッドはすでに戦艦スリップの病棟に運び込まれ、メディカルチェックを受けている。

 残ったポッドも一時間の捜索作業を終え、ようやく帰投した。


「助かってよかったですねぇ」

「ええ、キャシーの救助ボットがあれば、息があればだいたい助けられると思ったのよ。それより、イリア。あなたが追加で救助ボットに出した指令が役に立ったわ。お手柄ね」


 なんだか、くすぐったい。

 別の褒められるようなことはしてないんだけどな。


 私がここまで詳しいデータの収集をしようと思ったのは、実は自分のためなのだ。

 何せ、ポラリス・コミューンの説得の話が生きてるかもしれないじゃない。

 少しでも予備知識があれば、役立つかも、ってね。


 何せ、キャサリン教授の救助ポッド。

 目的以外はほんと適当。「人さえ救えればいいんでしょ」とばかりに、容赦なく漂流船の胴体に穴を開けてワシワシ進んで行くのを見て、焦ったの。

 後で調べようと思っても、機器が破壊されてたら必要な情報が得られなくなると思って。



「イリア、聞いてる?」

「あっ、すいません。何かわかったんですか?」

「あの船は定員が八名。酸素もそのほかの生命維持に必要な何もかもが足りていなかった。船内ログから考えるにあとの三人は密航者ね。あれ、リアルな『冷たい方程式』だったのよ。しかもその理屈がよく分かってなくて『誰かが助からない』じゃなくて『誰も助からない』自体にまでなっていたけれど」

「そんなことになってたんですか。途中で引き返せば良かったのに」

「いえ、それをやらなかったから助かったのよ。あの船では、定員を三人も上回ってたら大気圏再突入の際に、燃え尽きる可能性が高かったから」

「ひえぇぇぇ」


 それから丸一日、船員たちは眠り続け宇宙線病や太陽光焼けなどの症状はすっかり治療された。

 栄養状態も良くなかったが、意識がない以上点滴に頼るしかできなかった。

 けれど、この局所銀河群の文明レベルは凄い。点滴の内容液は本当に技術的に進んでいる。

 私の故郷で寝たまま意識の戻らない病人がいたなら痩せ細ってしまうはずなのに、この船員たちは約一日で血色も良く健康状態はかなり回復していて、あと数時間したら何人かは目を覚ますらしい。


「それでイリアにお願いがあるの。おそらく目を覚ました時にこのアシュリーズの制服で彼らの前に出たら、パニックになる者もいると思うわ。そこであなたは私服に着替えて彼らの応対をして欲しいのよ」

「はあ。そうなんですか? この制服がそんな刺激的だとは思わないんですけど」

「それは……イリアがこの艦隊の空気に慣れ親しんだからよ。準備はイシュタルとメルフィナが整えてくれているわ」

「えっ!? メルフィナが?」


 おかしい。

 年中第一艦橋に顔を出してるイシュタルはいいとしても、第二艦橋に配属されているメルフィナがこんな業務の準備に加わっているのは。


「だって、私服についてのことだから半分プライベートに関わることだから。あなたメルフィナと仲がいいんでしょ?」

「まあ、そうですけど……わかりました」


 腑に落ちないところはいろいろあるが、とりあえず行ってみるしかない。


 漂流者の病室の隣には、付き添い用の部屋が併設されていて、そこにイシュタルとメルフィナが待っていた。

 私のワードローブから勝手に一張羅を持ち出してきたらしい。

 さらにジャラジャラと装飾品がいっぱい。


「イシュタル。なんで勝手に私の一番いい服持ってきてるのよぉ。それに怪我人や病人に応対するのにネックレスとかいらないでしょ?」

「ああ、サブリナ艦長が緊急だからってあなたの部屋開けてくれたのよ。装飾品は一応、他の星の人に応対するから最低限の礼儀として持ってけ、ってキャシーが」


 変だ。何を企んでるんだ?


 問い詰めて吐かせたいところだけど、時間がない。

 乗組員の一人が目覚めそうだとメディカル・モニターが告げている。

 私は意識のない遭難者が目を覚ました時に会う人間としては、とても似つかわしくない着飾り方で病室のドアを開けた。


「イリア。アシュリーズを代表して会うんだから気品を大事にね」

「なんでよ?」

「とにかく、サブリナ艦長の指示だから」

「わかったわよ」


 病室のドアを閉めて、一番目が覚めそうな人のベットに近づく。


「ん、んー。ど、どこだ、ここは。あれっ、船は? …………あの、女神さまっ?」

「いえ、私はイリア。宇宙艦隊アシュリーズの旗艦スリップの通信士です」

「あっ、ああ、そうなんですか。とても位の高い貴族か姫君かと思いまして」

「いえ、そんなことは……」


 ほら、変な空気になっちゃったじゃない!

 姫君って……確かに元々はそんな立場だったこともあったけど、あーーー、イシュタル面白がってやってるな。

 あとで絶対とっちめてやる!


「ところで、体の方は大丈夫ですか?」

「はい。治療していただいたおかげですっかりいいようです……ただ、ちょっと」


 そこで、話していた病人の方からグー、っという音が聞こえた。


「あー、お食事ですね。長い間意識がなかったのですから当然ですよ。今用意させますね」

「あっ、ありがとうございます! やっぱり、あなた様はどこかの姫君なのでは?」

「いえ、そんなことありませんよぉ」


 あー、なんだろう。

 ゲッ、他のベッドも起き出した人が私に向かって正座でお辞儀してる! 土下座!?


「あぁぁぁ、皆さん、やめて下さい。私はこの船のクルーの一人に過ぎませんから。お腹の空いている人は挙手して下さい。体調に問題なければすぐに召し上がっていただけるようにしますから」


 私は居た堪れなくなって病室から退去した。


「おー、良かったよぉ! やっぱりイリアに任せて正解だった」

「ですです。立ち振る舞いから違いましたもん!」

「イシュタルぅぅぅぅ! メルフィナもぉぉぉ!」


 もうやだ。


 しかもなんで向こうでサブリナ艦長も親指立ててニコニコしてるの?

 私は走るように生活棟の自室に戻って服を脱ぎ捨てて、いつもの艦内制服に着替えた。

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