絶賛、戦艦魔改造中
二番艦キャミソールの改修が始まった。
場所は、あの三番格納庫を開けたところにある箱庭宇宙。
常設亜空間にぽっかり浮かぶ惑星の軌道港にあるドックだ。
工事をしていることは、外部に対しては秘密だ。
銀河連邦には、あの戦闘においてアシュリーズは両陣営に巻き込まれただけということになっているのだ。
二番艦が被弾していることは、隠しようがないがせいぜい小破ということにしておかないとまずいことになる。
そのため、アシュリーズの表向きの二番艦は、影艦のブリーフが務めている。
被弾した後がないと不自然なので、そこかしこにダメージ処理が施され、なかなか無惨な姿。
実際にはぶっ壊れているわけではないので、船殻にダメージはないし、ちゃんと哨戒任務を行うことで見た目ほどひどくないというアピールもしているのだ。
一番艦隊のクルーの中には、改修工事の見学に行ったものもいる。
なかなか面白いことになっているらしいから、私も一度見てみたいと思っていたのだが……
「ねぇ、イシュタル。キャミソール見に行けないかなあ?」
「珍しいわね、イリア。あなた船に興味なんかなかったでしょう?」
「ふふーん、最近はそうでもないんだよ。なんたって私、準一級亜空間通信士ですもん」
「呆れた。でも、船の件はジル艦長のいる前で言わない方がいいわよ」
「……そうだね」
ジル艦長は自分の船なのに、見学を禁じられていた。
一度は改修概要に納得したものの、サブリナ艦長とキャサリン教授に嫌だ嫌だとゴネまくり、ついに艦隊司令権限で近づくことを禁止されてしまったのである。
三番格納庫に向かう通路には、剣呑な警備設定がなされている。
もしジルが足を踏み入れようものなら、けたたましい警告音とともに自動拘束機能に絡み取られてしまう。
申請してみたら、私とイシュタルの改修見学の許可はあっさり降りた。
心の中ではジル艦長に『申し訳ない』と手を合わせながら三番格納庫のハッチを開ける。
そこには、シャトルが横付けされていて、ものの一時間で軌道港に向かうことができる。
「私、初めてだから緊張するなあ。アシュリーズが作ったんだからすごい施設なんでしょ?」
「んー、凄いっちゃー凄いけど、所詮軌道港だからねー。裕福な星系の大規模な軌道港を想像してるとガッカリすると思う」
「そうなの? 私の故郷にはそんなのなかったから。アシュリーズに入ってからも興味なかったから、惑星には降りても軌道港には降りなかったもん」
「今まで降りたとこは?」
「えーっと、フォーマルハウトの第二惑星とプロキオンⅣの第三惑星……ぐらいかな?」
「それだけ?」
「うん」
「そっ……そうなんだぁ」
なんかイシュタルが引いてる。
そんな変なとこなの? 私が行ったとこ。
「それじゃあ、少しは楽しめるかも! そんなに売店やリクレーション関係が凄いわけじゃないけど、イリアが行ったとこよりかはかなりいいと思う。うん」
「あ、あははは。はぁ。そう……」
なんか励まされた。
随分とショボいところしか行ってなかったのか、私。
まあ、本当にお土産買うぐらいしかしてなかったもんなあ。
そういえば、それって故郷がなくなって初めて船の外に出た時とかだったような。
そう言っている間に軌道港に到着……って、デカい!!
「ねぇねぇ! こんなに大きいの? これってもう立派な衛星クラスだよね。直径何百kmぐらいあるのかなあ」
「そんなにないわよ。まあ、船のドックがたくさんあるから2、30kmはあるかもしれないけど」
「そうなの? これデパートとか、ホールとかあるんじゃない、あとスポーツ施設とか!」
できればショッピングとかしてみたい。
「一応あるけど大きくはないわよ。イベントも少ないしね。そう言うのは流石に惑星に行かないと……」
「そうなんだぁ。まあ、いいや。うん。キャミソール見にきたんだしね。それと……ああ、降りるとこ決めないといけないんじゃない? 中に入ったとき、改造しているドックが遠かったら大変でしょ?」
「ああ、大丈夫よ。AIカーサービスもあるし、外周には鉄道も走ってるのよ」
鉄道かあ。
それなら馴染みがある。
私の故郷であるフェリアルは貧しい星だった。
教育も末端まで行き届いていなくて、文化的にも産業的にもレベルが低く、古い鉄道網が残っていたのだ。
流石に石炭は使っていなかったが、昔ながらの車輪でゴトゴト揺られて隣町に出かけたのはいい思い出だ。
「そうなんだぁ。でもどうして軌道港に鉄道があるの? うちの故郷にもあったけど古い技術でしょ?」
「そうね。でもそれには理由があるわ。滅多にないことだけど、アシュリーズのクルーになることを夢見てここにくる人たちの中には、それほど文明が進んでいない星系からの志願者がいるの。だから、あまり最新のものばかりを揃えているとそのギャップでついていけなくなることがあるわけ。だから適当に古い技術に
「見せている?」
「そう、あそこの鉄道は見た感じだと車輪で走っているように見えるけど、実は微妙に接触していないわ。リニアモーターだってそれほど新しい技術とは言えないけれど……ほら、着いたわよ」
広〜い!!
私とイシュタルは、軌道港に着き外周をぐるっと取り囲む巨大なエントランスにいた。
建物の中なのに何kmも先のものが見える。
どれだけ広い空間なんだろう?
そのぞれのゲートのそばにいる人は少なく見えるけれど、この大きさだ。
実際には港全体で何千人……もしかしたら何万人もいるかもしれない。
アナウンスも聞こえる。
「惑星降下シャトルは毎時15分に出発。次の便は
「12番ゲートAの荷物の積み下ろしのため、11番C、13番AとBのゲートは1時間ほど発着ができません。通常便の予定はありませんが、臨時に着港する場合は14番以降をお使い下さい」
すごいな。
でも、そんな通知は端末見ればいいし、なんでわざわざ音声で知らせてるんだろう。
「いいわよね。港」
「うん」
言われてみれば、確かに軌道港、って感じがする。
わざわざ告知をするのも一種のノスタルジックな演出なのかも。
そう思っているうちにイシュタルは端末を出して、ドックの位置を確認していた。
「こっちよ」
「えっ……ああ、うん」
鉄道に乗るためのプラットホームに上がるとミニサイズのエアカーがすぐにきた。
乗り込むとスーと移動してそのまま鉄道の中にビルトイン。
「エアカーが鉄道の中まで入るの?」
「ええ、最近始まったサービスよ。このエアカーがそのまま鉄道の座席になるのよ。コーヒーとかも飲めて便利よ。まあ数分で着いちゃうんだけどね」
イシュタルの言った通りその鉄道列車は数分で止まり、エアカーが私たちを目的のドックまで運んでくれる。
「着いたわ。ちょっと驚くかも」
そう言われて私はドックの扉を開けた。
何っ! これっ!
そこにあったのは私の知っているキャミソールじゃなかった。
壊れたはずの外装部分は元の通りではなく大きく迫り出しており、その上に5本の透明な筒が立っている。
その筒の中には、大昔の電球の中にある電極のようにオレンジ色をした線が走っている。
その線が縦横に走り文字を表示しているようだ。
これは何なんだろう? 派手な遊園地か映画館の装飾みたいだ?
「凄いでしょう。これがキャシー渾身の改造『ニキシー菅システム』よ」
「凄い……けど、派手ですね……見た目は。それと『ニキシー菅』って何ですか?」
「元は何十世紀も前に、文字を表示するための真空管みたいなもの。もちろん、この改造は表示するための物なんかじゃないけど」
それはわかる。見ればね。
絶対ハンパない威力だよ。
「元になった装置の画像があるけど見てみる」
「うん!」
イシュタルが見せてくれた端末には、画素の荒いビデオ画像が写っていた。
それは、机の上にある小さな装置。黒い小さな箱の上に円筒型のガラス菅が数本立っていて、点滅しながら数字が表示されている。
「これは何?」
「時計。機能としては単純なもの。まあ、インテリアね」
「あ、ああ、そうなんだ……」
もう『ニキシー菅』が何だったかなんてどうでもいいや。
目の前の
昔の時計をそのまま、乗っけるはずがない。
キャサリン教授が作る以上、絶対とんでもない兵装に違いないと思う。
だけど、それが具体的になんなのか、まるで検討がつかない。
「で、これ何が凄いの?」
「実体弾以外、何でも撃てるのよ」
「何でもって?」
「攻撃としては、
まあ、ジル艦長の船らしいな。
今までも強力だったけど、ますます手がつけられなくなりそう。
ところで。
「攻撃としては、ってことは他にも機能があるの」
「もちろん! まずは防御力ね。何でも撃てるって言ったけど、同様にどんな種類のバリアも展開できる。それだけじゃなくて丈夫なのよ」
「そうなんですか? 見た目はガラス菅みたいで、何か当たったらすぐに砕けそうですけど」
「確かにそう見えるわね。でも、今回中破の原因となったあの砲撃にもびくともしない、って聞いてる。材質についてはよくわからないけど、別に硬い物質を使ったというわけでもないらしい。私も専門じゃないからわからなかったけど。何とかテキタイトとか言ってたけど、どうせキャシーがその場のノリで命名した新素材だから覚えてもしょうがないし」
「はあ」
なんでできてるかわからないけど、確かにキャサリン教授の新開発素材だとすると聞いてもしょうがないんだろうな。
でも、あの中破はほんとうにヤバかった。
そういう意味では防御力アップは一番の目玉かも知れない。
「それに、普段は探査システムとして使える。これは大きいわ。感度は今までのキャミソールの数倍。まあ、ケリーちゃんのところのペチコートでも、アンテナをフル展開すれば同等レベルにあるけど時間がかかる。コイツを使えば、超精度のシステムを最初から使いたい放題。あとは投影機能ね」
「投影?」
「ええ、力場展開型ホログラフスクリーン? だったかな。まあ、怪しげな名前からわかると通りハッタリの効いたシステムね。簡単に言えば、宇宙空間において中空にスクリーン表示ができる。大規模戦闘においては、偽装にも役に立つし実演が必要な作戦では、味方全部に見せるための共通画像だとか、通信網が使えない時の避難指示とか、敵に対しての降伏勧告だとかとにかく目立って何か主張したい時には打って付けと言うわけ」
ハッタリかあ。
まあ、アシュリーズの中でもジル艦長とあの部下の人達には似合いの装備ではあるかぁ。
うーん。
避難船を救助した時に、娯楽映画でも写したらウケるかもね……まあ、戦艦でやることじゃないと思うけど。
「……凄いことは分かったけど、とにかく派手だなぁ」
「そうなの。これはジルにしか使えない……わけじゃ全然ないけど、ジルにしか似合わない装備だとは言える。どうせ、元々ジルに隠密性が高い仕事は無理でしょう? そういう意味でもピッタリよ、この装備。そう思わない?」
「いや、私の口からは何とも……」
「とにかく目立つ。キャミソールの連中らしく見栄えで勝負。その目的に特化すればこうなるわけ」
「なるほど……」
「で、問題はその操作をする人間がアレだってことなわけ」
「あーーーー」
全てわかったような気がする。
とにかく凄い攻撃が何でもできて、凄い探査能力があるけど、逆にいえばそれを操作しなくちゃいけないんだ。
ジル艦長には大変だろう。
「一番大変なのは、ジルの子分たちなんだけどね。あいつら、あんなだけど優秀だから。結局、ジルがネックになるんだろうなあ」
「誰か助けてあげられないの?」
「もちろん、補佐はするわよ。一番の候補はケリーちゃんね。もう、あの娘は人の戦艦なのにこのシステムを八割方理解してる。コマンドも来週中には全部マスターしてると思う」
「いつも思うけど、ほんとケリーちゃん、ってあの歳で大天才なんですよね」
「そう。だから、ジルの習熟訓練には彼女がつきっきりで教えることになるらしいわ。しかも文句は言えない」
「十歳以上年下の女の子にできない、とは言えないですもんねー」
「しかも、サブリナ艦長はデモをケリーちゃんにやらせてから、ジルに同じことをさせるつもりらしい」
「鬼畜だぁ!」
結局、キャミソールの改修見学は船の内部までは入らずに、外から眺めるだけで終わった。
イシュタルの説明を聞いたので概略はよくわかったし、この運用のネックがジル艦長であることだけはよーーーくわかった。
その後は、スパに行ったり、軌道港の売店でお土産をたくさん買って帰ってきた。
遊んでただけじゃないかって?
いや、ちゃんと改造の見学を見れて、有意義な一日休日だったんだよ。
ほんとだよ。
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