壊れたら直せばいいのだ、直せないなら魔改造すればいいのだ

 一番艦スリップの艦長室に一人の白衣の女性が入室した。

 この艦隊最高の頭脳であり、技術部部長であるキャサリン・マックスウェル教授である。


「座って、キャシー。あなたにお願いしたいことがあるのよ。まずはこれを見て」


 入ってきたなり、サブリナはアルデバランの報告書のうち、二番艦キャミソールの被害報告書のコピーを渡した。


「ああ、これね……わかってはいたけど、随分手酷くやられたものね」

「いえ、やられたんじゃないわ。あれは、やられに行ったようなものよ。わざわざ自分からね」


 キャサリンは、まだ立ったままだ。

 報告書の端を指でパンと弾くと。


「これを私に見せたってことは、二番艦これを私に任せてくれるってことでしょう?」

「そういうこと」

「で、具体的には?」


 そこまで言うと、ようやく椅子に座った。

 サブリナはまず現状の問題点について話し始める。

 

「この被害状況で一番困るのは竜骨に影響が出ちゃっていること」

「竜骨は大丈夫だったんじゃないの?」

「ええ、本来の識別系はね。でも竜骨には厄介なものがくっついてるじゃない」

「それって、通常の識別IDじゃなくて……」

「そう。偽装用の方。今、あの船は隠蔽できる状態にない」


 二番艦キャミソール二番影艦ブリーフは表裏一体でなれればならない。

 二番艦キャミソールの竜骨と識別IDコンテナが、いくら無事であったとしても、影艦に偽装するための機関に影響があっては、アシュリーズの戦力は半減するのだ。


 今、この船を識別すると下手したら二隻分のIDが検出されてしまう。

 当然「これはなんだ」と船の最深部まで、ひん剥かれたら、艦隊の秘密が明らかになってしまう。そうなれば、どんなペナルティを受けるかわからない。今後の活動は大変厳しいものになるだろう。

 そうじゃなくても、二番艦キャミソールの現状は酷い。現状把握のためとは言え、艤装が全部取り外された今の姿を見たら、修復をあきらめてしまう船主も多いだろう。


「普通なら廃艦ね。後継の新造艦をどうするか、って話になると思う」

「そう、普通なら」

「でも、できない」

「ええ」

「でも、これを補強して元の強度にするのはムリよ。生半可な方法では」


 なぜかニッコリと笑ってキャサリンはそういった。

 それに応えるサブリナは。


「では生半可な方法でなかったら?」

「OK。蘇らせ、さらに強化する方法はある。でも……」

「でも?」

ジルあの娘、泣くわよ」

「泣かせておけばいいのよ。いい薬だわ」


 キャサリンは、ふふっ、と笑い、艦長室から帰っていった。


 ◇


 二週間後、サブリナから二番艦キャミソールの改造案ができたとの知らせを受けて、ジルは旗艦艦長室に来ていた。


 トントン。


「ジルね。入ってきて」

「はーい」


 ジルは艦長室に入った途端、目を見開いた。

 そこにサブリナがいるのは当然なのだが、問題は通信スクリーンである。


 量子テレポーテーション通信でボスとの回線が繋がっている。

 現状の亜空間通信より、古い通信方式だが十分に枯れた技術でありセキュリティは高い。

 さらに、横にはもう一人、キャサリン教授が控えている。


「なんでボスと繋がっているの? 修理にボスの許可はいらないでしょう?」

「まあ、座って」


 サブリナに促されるが、ジルは居ても立ってもいられない。

 何か言おうとしたが、諦めて席に座る。


二番艦キャミソールはねぇ。あのままじゃもうダメなの。そこはわかるでしょう?」

「……はい」

「そこで、キャシーにすこーーし、強化魔改造してもらうことにしたのよ。そこでボスの許可がいる」

「いらない! いらないよお! 元に戻して貰えば十分だって、二番艦キャミソール! あの時はたまたまやられただけで……」


 ジルは必死に抗弁するが、サブリナは引き下がるつもりはないようだ。

 そこにキャサリンが皮肉たっぷりにダメ押し。


「ごめんなさいね。私の設計が未熟なばっかりにやられてしまってぇ。そこでね。二度とそんなことがないようにジルちゃんの船を強化することにしたの。これが、その改修要項よ」


 パサっと置かれたその改修要綱がめくれて、改装概要全図が開く。

 その中央内部、二番艦キャミソールの竜骨には面妖な機関が張り付いていた。


 さらに、二番艦キャミソール艦橋の艦長席のプレートには、もっと恐ろしいものが。


 見慣れない操作コードパネル。

 ジルはそれに嫌な予感を覚えたのか、パラパラと書類のページをめくる。


 すると、そこには艦長席のプレートを使いこなすために必要な操作コードに関する説明が数十ページにわたって記載されていた。


「ヒィィィ! なんだこれ! 私の船に何つけたんだよぉぉ!」

「欠けて使えなくなったのなら、欠けた部分から強化すればいいと思わない?」

「思わない!」


 思わずそう言ったジル。


 ジルが恐れ慄くこの人物。

 キャサリン・マックスウェル教授には、異名があった。


 『キャシー・ザ・マッド・アームス』


 この宇宙艦隊がたった戦艦三隻で、名だたる星系の宇宙軍と戦ってこれたのは、ひとえに彼女の開発した武装があったからである。

 彼女の作る武装はどれもこれも凄まじい威力を持つ。ただし、その代償として操作性が犠牲になることが多く、クルーは新しい武装が追加されるたびに地獄の習熟訓練が必要になるのだった。

 その設計思想は『操作は自己責任』という恐ろしいものであり、訓練中に操作ミスで、死にそうになった者は片手では済まないという。


 以前は、物覚えが悪いジルがやらかさないように、以前は『艦長は号令を掛けるだけ、細かい操作は全部クルー任せ』という最新鋭艦とは思えない仕様であった。

 しかし、それは間違いである。


 今時の艦艇は、艦長一人でも戦闘可能。

 必要に応じて、クルーに各装備の操作権を移譲できるシステムであるべきなのだ。


 今回の改装では、その思想が徹底されている。

 艦長がすべてのコマンドを熟知していることが必要。安易にボタンをポチポチやっていると自爆の可能性さえあるのだ。

 

 ページを捲るたびにジルの顔色が悪くなり、最後の方では指先でつまむように改修要綱を震えながら持ち上げていた。



 睨み合うジルとキャサリン、そこにスピーカーから重々しい声が響く。


「ジル。今回のことは報告書で読んだ。はっきり言って失態以外の何者でもない。本来なら降格処分も考えるところなのだ」

「こうかくぅぅ! あーーー、ごめんなさいごめんなさい! それだけはご勘弁を〜〜」


 降格。艦長を降ろされること。

 もしそうなれば、特に特技もない彼女は航海士にも通信士にもなれはしない。

 他に艦橋でできる仕事などないのだ。

 せいぜい一般甲板員か生活班の一員としてこき使われるだろう。

 まあ、洗濯物も畳めないガサツな彼女を受け入れる生活班班長がいればだが……


 サブリナをすがるような眼差しでみるジル。


「そこでだ。この二番艦の強化案をサブリナが出したのだ。この強化を飲むか?」

「でも〜、でも〜〜……キャシーの……新武装なんて〜〜」

「サブリナが取りなしてくれたことで温情を与えようというのだ。もう一度言う、この強化を飲むか?」

「……………………飲みます。この強化でいいです。ボス」

「よかろう。しかし、手放しでこの武装の換装を許可するわけにはいかぬ」


 ボスの話している画面。

 顔を写していないので通話先には『SOUND ONLY』としか表示されていない画面が切り替わる。

 今回の武装で必要な資源と改造工程の試算表だ。


「これを検討したのだがあまりにも高い。サブリナ、この予算をどこからひっぱってくるつもりか?」

「ボス。それについては腹案があります」


 サブリナは二番艦の改造費用を捻出する作戦をボスに説明した。

 それに反応したのは、ジル。


「………サブリナ。マジ?」

「本気よ」


 キャサリンは笑い転げている。


「いいわあ。それ、最っ高! その作戦、私も一枚噛むわ」


 ボスはしばらく検討していたが。


「いいだろう。表には出せないが、本件を許可する。ただし、しくじった場合、こちらでは何も保証しない。知らぬ存ぜぬを通すことになる。お前たちが独断でやったことになるが……」

「結構です。ボス」


 自信たっぷりに答え、会議は終了。


 莫大な改造を捻り出すサブリナの腹案とは、いかなるものなのか――。

 盛り上がる周りについていけないジルは恨みがましい目で二人を見ていた。

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