第19話 恋心と完璧超人

 孔雀くじゃくさんの家に行った以降、孔雀さんとはほとんど会話はしていない。あるとしても挨拶とかそのくらい。

 

元からそんなに孔雀さんとは、会話するほうでもなかったので、皆に変に怪しまれないのは、幸いだったかもしれない。


 孔雀さんはいつもの無口で、おしとやかな孔雀さんに戻っていて、まるで昨日起きたことが、わたしの夢や幻覚なのではないかという思うくらい。

 なんで、孔雀さんは何事もなかったみたいに、そんな涼しい顔して過ごせるのだろうか。

 

 ていうか本当にキスしたんだよね孔雀さんと

 ……しかもお互いにファーストキス。


 ファーストキスが人に与える影響は千差万別せんさばんべつだ。


 思ってたよりあっけないものだったと思う人もいれば、そのキス一つで人生が百八十度変わる人もいると思うし、人によって感じ方それぞれだと思う。


 かくいうわたしは百八十度どころか

 角度では計り知れないくらい、変わってしまった。

 

今まではなんとも思っていなかったのに、孔雀さんを見ると、自然と唇のほうに目が行ってしまう。キスされた時の衝撃や、唇の粘膜に残る感触を思い出して胸がいっぱいになる。


 ただ、この気持ちが恋というものなのかどうなのか、わたしにはよくわからない。

 だって恋愛とか今までしたこともないし、するとも思ってなかったから。


 恋愛って、なんというかすごくキラキラした人達がやるイメージがあったから、わたしのような何の変哲もないモブみたいな人間には縁のないことだと思ってたし。


 だからって恋愛に興味がないわけじゃないよ。

 それこそラブレターもらった時は飛び跳ねそうなほど嬉しかったし、わたしもついにそっち側に行くのか、なんて楽観的に考えてた。

 けど、いざ恋愛をするとなると、恋愛の好きがどうゆうものかよくわからんのですよ。

 

 孔雀さんのことは好きだよ、でもこれが恋愛の好きか、友達の好きなのか、いまのわたしには全然判別できないでいる。


 そんなことを考えて一向に答えはでないまま、時間だけが過ぎていった。


 そして気づけばデート前日の放課後になっていた。


「はぁ、こんなんで明日ちゃんと返事できるのかなあ?」


 恋愛って案外難しいんだなあ。正直もっと簡単なものだと思ってたよ。


 ラブコメのヒロインみたいに『キュン、わたしこの人のことが好き』みたいになると思ってた。


 このままじゃ、もやもやしたままデートに臨むことになる。

 

 なんかそれは嫌だなあ。

 せっかくのデートで、初めて孔雀さんと二人でお出かけだ、どうせなら楽しみたい気持ちもある。


「どうしたものかね、これは」


 ため息をつきながら、下駄箱から靴を取り出した。


 そのまま靴を履き校舎を出ようとしたところ、後ろから生徒たちの黄色い声が湧いた。


「ん?何事?」


 思わず後ろを振り向く。


 そこには、白金はくぎんの髪を可憐に揺らしながら歩く一人の女子生徒。

 て、あれ美月みつきじゃん。


 美月は女の人の理想を丸めて固めたみたいな存在で、容姿、スタイル、性格ともに人間のありとあらゆるパラメーターがカンストを超えている超人だ。


 そんな三月が校内で目立たないわけもなく、ああやってギャラリーができることもある。


「やあ陽花はな、今から帰りかい?」


 わたしに気づいた美月が,柔和にゅうわな笑顔で近づいてくる。


「う、うん、皆先帰っちゃったし、これから帰るところ」


「そうか、なら途中まで一緒に帰らないかい?今日は迎えも無いしね」


 三月の発言に周りの人の視線がこちらに向けられる。ヒェ怖い。


 きっと周りの人からはこう思われてることでしょう。『なんであんな三下みたいな人が、美月さんから帰りのお誘いをされているの?』って。


 そりゃそうだ、当然の反応だ。

 本来であれば、わたしのような人間は、美月に近づくことさえ許されない立場だし。

 

 けど、もし断ろうもんなら『あの人美月さんからのお誘いを断りましたよ。最低の人ですね、信じられない』なんて言われることだろう。


 つまり、私に逃げ場はないわけだ。ならばここは友達として堂々としていよう。


「いいよ、一緒に帰ろ」


「そうか、ありがとう。それじゃ皆さようなら、また来週」


 三月がギャラリーの人たちに手を振ると、まるで有名な女優さんを見た時みたいに歓声が湧いた。


 先ほどまでわたしに向けられた視線も今は美月にだけ注がれている。


 ただ手を振っただけなのになんだこの光景は、王族かなんかかよ。

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