第5話 優斗はマーちゃんに母親を見る

 優斗は、カバンを拾い上げると、間を置いてゆっくりと後ろから付いていった。それでも、背丈の伸びた優斗は、どうにかするとマーちゃんを追い抜かしそうになった。

「ここらへんかい」

 優斗は無言で大きく頷いた。

「昔、母さんと来たときも、ちょうどこんな感じの夕日だった気がする」

 陽が傾いていた。川面が鏡面のようになってオレンジ色の光を反射していた。

「優斗は、大学に入ったら、何するの」

「え、何って」

 優斗はまごついた。思ってもなかった質問だった。

「したいことってないの?」

「うーん、特にないかも」

 優斗は、言われてみて気づいたのだが、進学して何をするのか全く考えていなかった。マーちゃんは、ふーん、とつぶやいた。

「あんた、ここ出て、都会に行ったほうがいいんじゃない」

「えっ。さっき言ったことと違う」

 優斗は口をあんぐりと開けた。

「さっきは、さっきだよ。今は、今。高校の先生も、あんたには都会の方がいいって言ってくれたんだろう。私もそんな気がしてきた。あんたはそっちの方が成長できるんじゃないかな」

「親父はどうすんの」

「そりや、寂しいだろうよ。だけど、親父さんは親父さんで、自分のことは自分でしなきゃいけないんじゃないかね。子供の成長を願わない親はいないよ」

 優斗は口を真一文字に結んだ。眉間に深い皺が刻まれた。胸が苦しくなってきた。鼻から大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

「どうすりゃいいんだよ」

「あんたが決めるしかないよ」

 優斗はマーちゃんの顔をじっと見てから、視線を横に逸らした。

「佳子さんなら、さっさと家を出てけ、て言う気がするな」

「えっ」

 優斗は声を漏らした。佳子さん、というのは優斗の母親の名前だった。

「怒ったかい」

 優斗は、マーちゃんを見た。オレンジ色の光に包まれていた。どこか遠くにいる人のように思えた。マーちゃんと優斗の母親は全く違うタイプだったし、何より優斗の記憶の中にある母親とマーちゃんは年齢が全く違う。だが、不思議なことに、目の前のマーちゃんに母親の姿が重なって見えた。優斗は思わず息を呑んだ。

 優斗は視線を上げた。風の音が違う、と思った。昔、この辺りは雑草が多くて、丈も長くて、風が吹くと、わさわさと草が擦れる音が騒がしかった。今は、風が通り過ぎる、ひゅうひゅうという吹きっさらしの音がした。

「そろそろ帰ろっか」

 マーちゃんと優斗は、連れ立って帰り道を辿った。今度は、二人とも同じ歩調でゆっくりと歩いた。

 別れ際、母親のことを思い出した優斗は、最近少し痩せて見えるマーちゃんのことが心配になって口を開いた。

「もし、オレが大学合格して東京か大阪に行ったとしても、必ず、休みには戻ってくるから。だから、いつまでも元気で店をやっていてよ。きっと戻ってくるから。いろいろ話に来るよ。必ず、元気でいてよ。長生きしてよ」

 くどいくらいに繰り返した。

「わかったよ」

 マーちゃんは、その言葉を背中で受け止めると、ふり返りもせず、手だけを振って、家路についた。

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