知らない天井と癒しの勇者
聖女の隣で眠れない夜を過ごし続けていたゼノス(ヴァルザーク)は、激しい疲労にもかかわらず、ある朝、飛び起きるように意識を覚醒させた。
しかし、目を開けたゼノスが見たのは、見慣れた一軒家の天井ではなかった。
(…知らない天井だ)
そして、すぐに違和感の原因が判明した。ゼノスの両手首と両足首が、冷たい金属製の拘束具でベッドのフレームにしっかりと固定されている。身動き一つ取れない。
さらに、彼の腹の上には、見知らぬ女性が馬乗りになって座っていた。
その女性は、ゼノスの覚醒に気づくと、パチパチと大きな瞳を瞬かせた。年齢は聖女と同じくらいに見えるが、纏う空気は全く異なる。彼女の顔には、屈託のない、しかしどこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
女性は、ゼノスの顔を覗き込み、極めてとんでもない言葉を口にした。
「あら、もう起きたのね。聖女の言うには、もう少し時間かかるって話だったのに。薬の効果、切れちゃったのかな?」
(薬?聖女? この女、一体何を言っている!?そして、私の警戒網をどうやって突破した!?)
ゼノスは瞬時に状況を理解しようとしたが、疲労困憊の魔王の頭でも、この事態は理解の範疇を超えていた。
「おい、貴様は何者だ。何を企んでいる。何のために俺は拘束されているんだ」
ゼノスは、抑え込んだ魔力をわずかに集中させ、拘束具を破壊するタイミングを探りながら、低い声で尋問した。
女性はゼノスの問いに対し、心底不思議そうな顔をした。
「え?まだ寝ぼけてるの?私は癒しの勇者、リリアだよ。君と同じ、勇者だよ」
リリアと名乗った女は、そう言うと、前髪をかき上げた。彼女の額には、他の勇者たちが持つ紋章とはまた異なる、魔法陣と小さな剣を組み合わせたようなマークが、微かに光を放っていた。
「ほら!これ!」
リリアは、自分のおでこの紋章をこれでもかとゼノスの目の前に突きつけてきた。
「勇者である君が、魔王の呪いで苦しんでいるって聖女から聞いてね。私、『癒しの勇者』なんだから、当然、解呪のために呼ばれたのよ」
リリアはにっこり笑った。その笑顔は、どこか無邪気で恐ろしい。
「聖女が言うには、貴方は『呪いのせいで薬を拒否する』から、寝ている間に拘束して、強引に解呪を始めるのが一番だって」
(聖女め!私の拒否の理由を『呪いのせい』にして、こんな危険な女と組んで、私を拉致しただと!?)
ゼノスの心の中で、怒り、驚愕、そして絶望が混ざり合った。彼の勇者としての苦難は、さらに深まることになった。
馬乗りになった「癒しの勇者」リリアは、拘束されたゼノス(ヴァルザーク)の戸惑いをよそに、手にした細身の剣を構えた。剣は銀色に輝き、微かに聖なる魔力を帯びている。
「じゃあ、さっそく治療しようか」
リリアは楽しそうに笑った。
「呪いってのは、大体その人の核の部分に根付くんだよね。呪いの核を直に、私の癒しの剣で刺せば、そこから聖なる力が浸透して、段々回復するはずだよね!」
(いきなり心臓だと!? この女、正気か!?)
ゼノスが拘束されたまま内心で叫ぶ中、リリアは躊躇なく、銀色の剣先をゼノスの胸、心臓の位置に突き立てた。
ブスッ!
剣はゼノスの皮膚を貫通し、体内に突き刺さった。
ゼノスは一瞬、激しい不快感に襲われた。致命傷ではない。魔王の体は核となる魔力器官が守られており、多少の物理攻撃で死ぬことはない。だが、この剣から流れ込む「癒しの力」が、魔族の肉体にとって最悪のバッドステータスだった。
(くそっ、この感覚!まるで、体内で聖水が沸騰しているかのようだ!だが、致死量ではない。これは、私にとっては単なる気分を悪くする毒でしかない!)
リリアは、剣から大量の聖なる力を流し込み続けるが、ゼノスはただ目を見開いたまま、痛みに耐える演技と、時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。
数秒が経過した。
聖なる力が、ゼノスの心臓の奥深くにある魔王の核(ダークコア)に到達しようとする。しかし、その強大な闇の力は、外部からの聖なる侵入者を本能的に拒絶した。
聖なる力と闇の力が、体内で激しく衝突する。
キィィィィン…!
突如、リリアが握る剣から、甲高い音が鳴り響いた。聖なる魔力は、呪い(魔王の力)を解くどころか、その圧倒的な存在感に押し返され、剣の根元から表面へと負荷がかかっていった。
パキッ!
リリアの持つ癒しの剣の刃に、明確なヒビが入った。そして、ヒビは瞬く間に広がり、剣の先端部分が欠け落ちた。
「……嘘でしょ!?」
リリアは驚愕に目を見開いた。
「ありえない!呪いは、聖なる力で普通は解除されるはずなのに、私の癒しの剣にヒビが入るなんて!? 剣が負けた!?一体どんな呪いを受けたら、こんなことになるのよ!?」
リリアは顔面蒼白になり、急いで剣をゼノスの胸から引き抜いた。ゼノスの傷は、既に魔王の治癒能力で塞がりかけていた。
リリアは、パニック状態で拘束を解くことも忘れ、大声で隣の部屋にいた聖女を呼んだ。
「聖女!聖女!来て!すぐに!やっぱり無理だったわ!」
聖女は、慌てるリリアとは対照的に、静かな足取りで部屋に入ってきた。拘束され、胸から血を流しているゼノスの姿を見ても、彼女の表情は変わらない。
「リリア様。結果はどうでしたか?」
「どうもこうもないわよ!見て!私の剣が折れたのよ!?彼の呪いは、私の力を全部弾き返して、聖なる武器そのものを壊したの!こんなの初めてよ!」
リリアは肩を落として告げた。
「…私の力では、ゼノス様の呪いを解くことはできませんでした。ごめんなさい」
聖女は、リリアの謝罪を聞き、静かに頷いた。
「そうですか。ありがとうございます、リリア様」
(な…なんだ、この反応は!?)
聖女のその落ち着き払った態度に、拘束されたままのゼノスは強い違和感を覚えた。まるで、聖女はリリアの失敗を最初から知っていたかのように振る舞っている。
(聖女は、私の呪いが並大抵の力では解けないことを、このリリアという厄介な女に証明させたかったのか?それとも、私をこれ以上、他の勇者に触れさせないための布石か…?)
ゼノスは、聖女の真意を測りかね、警戒レベルをさらに引き上げるのだった。
癒しの勇者リリアによる唐突な治療が失敗に終わり、ゼノス(ヴァルザーク)は解放された。しかし、リリアは聖女に「治療失敗」を報告した後、すぐにどこかへ行ってしまい、ゼノスは聖女の新たな「呪い対策」に巻き込まれることになった。
聖女は、ゼノスに清潔な布で包んだ水筒を差し出しながら、新たな目的地を告げた。
「ゼノス様。リリア様の力をもってしても解呪が叶いませんでした。やはり、これは単なる魔族の呪いではないのかもしれません」
彼女の表情は真剣だった。
「ですが、諦めるわけにはいきません。私には、呪いをもっと根本から治療できる場所の心当たりがあります」
聖女は、地図を広げ、ヤサイの街から北東に位置する広大な森を指差した。
「賢者の森に行きましょう」
その言葉を聞いた瞬間、ゼノスの心臓が凍り付いた。
(賢者の森だと!? それはまずい!最も避けなければならない場所だ!)
賢者の森は、太古の昔から精霊たちが集う地であり、彼らと共存するエルフたちが住まう聖域だ。精霊は、魔族の魔力に対して非常に敏感であり、微細な闇の魔力の揺らぎさえも察知する。
ゼノスは、勇者ゼノスの姿ではあるが、体内に魔王ヴァルザークの強大な魔力を封じ込めている。ヤサイのような人間の街では、他の勇者や冒険者がいるため、多少魔力を漏らしても「強い勇者の力」で誤魔化せた。しかし、賢者の森ではそうはいかない。
(もし、私が精霊やエルフの傍で、うっかり魔力を微量でも漏れ出したら…すぐに魔族の正体を見抜かれてしまう!そうなれば、勇者としての計画どころか、私自身が即座に討伐対象になる!)
ゼノスは必死に別の選択肢を探った。
「待て。賢者の森は遠いし、危険も多い。呪いの治療なら、この街の司祭に任せるか、もっと別の場所を探す方がいい」
しかし、聖女はゼノスの抵抗を「呪いが治療を拒否している」と解釈し、一切聞き入れなかった。
「いいえ、ゼノス様。司祭では無理です。呪いの治療には、自然の叡智を持つエルフの知識が最も効果的であるはずです。古代の呪いや病に対し、エルフの薬草学と精霊術は並ぶものがありません」
聖女は、ゼノスを真正面から見据えた。
「ゼノス様、私を信頼してください。貴方のその苦しみを、もうこれ以上見過ごすわけにはいきません。行きましょう」
(この女…!なぜこうも、私にとって最悪な選択肢しか選ばないんだ!)
ゼノスは、全身の魔力を意識下に集中させ、微量も漏らさないよう、鋼鉄のような意志で封じ込めた。彼の顔は、またもや「呪いに苦しむ勇者」の表情を装うことになった。
「…分かった。そこまで言うのなら、行くぞ」
ゼノスは、重い足取りで賢者の森へと続く道に向かい始めた。
(賢者の森か…一瞬たりとも気を抜けない。まるで、全身に針を刺されているような緊張感だ。だが、この聖女が傍にいる限り、拒否権はない…)
こうして魔王は、己の正体が暴かれるという最大の危険を孕んだまま、聖女と共に、聖なる精霊の森へと足を踏み入れるのだった。
ゼノス(ヴァルザーク)と聖女は、賢者の森の奥深くへと進んだ。ゼノスは、全身の魔力制御を極限まで保ち、精霊たちに感知されないよう、息を潜めて歩いた。周囲を飛び交う精霊たちが、彼に近づくことなく遠巻きに避けているのは、彼の完璧な魔力制御の賜物だった。
聖女は、森の最深部に住まうエルフの長老イグニスの家へと、ゼノスを案内した。長老は、樹木の一部のように静かに座り、千年以上の時を生きた叡智に満ちた瞳で二人を迎えた。
「おお、久しぶりじゃな、聖女よ。そなたの清らかな力は、相変わらずこの森を喜ばせておる」
聖女が恭しく挨拶を交わした後、本題に入った。
「長老様。本日は、この六人目の勇者ゼノス様の呪いの治療について、ご相談に参りました」
長老イグニスは、聖女の隣に立つゼノスを、その瞳を細めてじっくりと観察した。ゼノスは、微塵も魔力を漏らさないよう、顔には「呪いに苦しむ勇者」の表情を貼り付けていた。
しかし、長老の瞳は、その偽装の奥底を見抜いたかのように光った。
「ふむ……」
長老は深く頷いた後、聖女の言葉を無視して、ゼノスに直接問いかけた。
「御主、本当に勇者か? 勇者とは、聖なる力に祝福され、光を宿す存在のはず。じゃが、御主からは、その内側に、あまりにも凶々(まがまが)しい力を感じるのう」
(バレた!?)
ゼノスの内心は警鐘を鳴らしたが、長老はあくまで疑問形で問いかけている。まだ、魔王だと断定されてはいない。
聖女は慌てて長老に説明した。
「長老様!それは、魔王が仕掛けた強大すぎる呪いのせいです!その呪いのせいで、聖なる力を拒み、闇の力が溢れ出しているように見えているのです!」
聖女の必死な説明を聞いた長老は、顎髭を撫でながら、さらに深い洞察を口にした。
「呪いか……。確かに、ただの勇者の力では、これほどの闇は纏えぬ。…しかし、その闇はあまりに純粋で、そして強大すぎる」
そして、長老は、ゼノスの心臓をえぐるような、最悪の推測を口にした。
「ふむ。もしかするとじゃが、御主は……前の魔王の生まれ変わりなのかもしれんのう」
長老の言葉に、聖女は絶句した。
(そう来るかー!)
ゼノスは、頭を抱えるポーズを必死に我慢し、心の中で天を仰いだ。
(呪いではない!魔王本人だ!だというのに、人間どもは私の正体を、『最強の勇者』→『呪われた勇者』→『呪いを解くために刺される勇者』→そして今度は『前の魔王の生まれ変わり』だと!?)
ゼノスは、目の前の長老の「予言」が、ある意味で真実の半分を突いていることに、もはや笑うに笑えない状況だった。このままでは、彼の偽勇者としての肩書きは、「呪いを受けた、前の魔王の生まれ変わりの勇者」という、複雑怪奇なものになってしまう。
「長老様…それは、あまりにも…!」
聖女が動揺する中、長老は微笑んだ。
「じゃが、聖女よ。安心せい。生まれ変わりであろうとなかろうと、御主のそばにおる限り、この者が再び闇の王となることはあるまい。なぜなら、そなたの力は、その呪いを、そしてその魂の根源を、常に押さえつけておるからのう」
(だからそれが、私の寿命を縮めているんだ!やめてくれ!!)
ゼノスは、エルフの長老の叡智と、聖女の純粋な善意に板挟みになり、絶望の淵に立たされるのだった。
賢者の森で迎えた夜。ゼノス(ヴァルザーク)は、聖女が隣の布団で眠り、その全身から微かに放たれる聖なるオーラに焼かれながら、一睡もできずにいた。
昼間、長老イグニスから「前の魔王の生まれ変わり」だと断定されたことが、彼の心に重くのしかかっていた。この森は危険すぎる。
ゼノスは、全身の魔力防御を極限まで精密にし、僅かな揺らぎさえも許さない。その努力の甲斐あってか、部屋の空気は静寂に包まれていた。
ゴトン。
突如、部屋の隅から微かな物音がした。ゼノスが反射的に視線を向けると、音もなく長老イグニスが立っていた。彼は、部屋の入り口に結界を張っていた精霊の魔力を、巧みに掻い潜ってきたのだ。
長老は、眠っている聖女を一瞥した後、ゼノスの布団の脇に静かに座り込んだ。
「静かじゃのう。聖女殿は、深い眠りについておる。安心せい、この結界は、そなたの隣の聖女には届かぬ」
長老の言葉は、ゼノスが最大の警戒対象である聖女の魔力を遮断していないことを示唆していた。つまり、この場での戦闘は、聖女を起こすことを意味する。
長老は、昼間とは違う、鋭い眼差しでゼノスを見つめた。
「御主の魔力……。呪いで無理に封じ込めておるな。その窮屈な有様では、まともな休息も取れまい。聖女殿のオーラに耐えるために、常に魔力を消費し続けている。不憫なことじゃ」
ゼノスは、内心の動揺を一切顔に出さなかった。この長老は、他の人間とは桁違いに次元が違う。
「私はただの勇者だ。呪いに苦しんでいる。それ以上、詮索は無用だ」
ゼノスは低い声で威嚇したが、長老は動じなかった。
「ふむ。生まれ変わり、か。昼間はそう言うたがのう」
長老は、深く、そして諦めを含んだようなため息をついた。
「わしはな、この森で千年以上生きておる。前の魔王も、その前の魔王も知っておる。生まれ変わりならば、魂に呪いが残ろうとも、肉体の力は一から積み上げねばならぬ」
長老は静かに首を振った。
「じゃが、御主から感じる魔力は、一から積み上げられたものではない。それは、天を衝き、全てを支配する、現世(うつしよ)の、完成された魔王の力そのものじゃ」
長老は、ゼノスに向けて、隠しようのない真実を突きつけた。
「一体魔王が、このような片田舎で、勇者の真似事とは何事じゃ?」
その瞬間、ゼノスの全身の魔力防御が一瞬だけ揺らいだ。彼は、この数週間で、勇者たちや王に何度「偽物」だと疑われようとも、常に「呪い」や「生まれ変わり」といった曖昧な設定で逃げ切ってきた。
だが、この長老は、その全てを飛び越え、核となる真実を静かに、そして完全に断定してきたのだ。
(終わった!終わった終わった終わった! なぜこの爺さんはこんなにも勘が良いんだ!?呪いでも生まれ変わりでもない、ドストレートに魔王と断定された!?)
ゼノスは、内心の叫びを必死に押し殺し、長老から目を離さなかった。長老は、ゼノスが抵抗も否定もしないことを確認すると、再び静かに言葉を続けた。
「そなたが、この森で暴れる気ならば、わしとて命を懸けねばならぬ。…のう、魔王よ。何が目的か、静かに話を聞かせてはくれぬか?」
ゼノスは、隣で眠る聖女、外の精霊たち、そして目の前の古の賢者に追い詰められ、ついに最大の窮地に立たされるのだった。
長老イグニスに真実を突きつけられ、ゼノス(ヴァルザーク)は観念した。ここで下手に抵抗すれば、長老はすぐに聖女を起こし、この森で討伐戦が始まってしまう。
「……何を、話せというのだ」
ゼノスは、威厳を保ったまま、しかし諦めたように尋ねた。
「ふむ。話せ、魔王よ。勇者の真似事をするために、わざわざ人間界の核(コア)に潜り込むなど、そなたの性格からして、よほどの理由があるはずじゃ」
ゼノスは、これまでの経緯を、簡潔に長老に伝えた。
• 当初は勇者一人と高を括っていたこと。
• 勇者が五人に増えたため、裏から手を回すために潜入したこと。
• しかし、勇者と誤解され、潜入するどころか六人目の勇者に祭り上げられたこと。
• そして、最悪なことに、自分の命を狙う存在である聖女に付きっきりで監視され、呪い対策と称して常に命の危機に晒されていること。
• 単なる勇者の武力偵察が、今や聖女の隣で寿命を縮める苦行と化していること。
報告を聞き終えた長老は、静かに笑い出した。
「ほっほっほっ!なるほど、なるほど!それは傑作じゃな!強大な魔王が、人間どもの小芝居に巻き込まれ、『勇者』という名の檻に閉じ込められておるのか!」
長老は、笑いを収めると、鋭い目をゼノスに向けた。
「わかった。その話、この老いぼれが墓場まで持って行ってやろう。その方が、はるかに面白そうじゃしな」
ゼノスの目つきが変わった。
「何が目的だ。貴様も、他の人間と同じく、私を捕らえようというのではないのか?」
「いやいや。捕らえてどうする?今のそなたは、勇者の皮を被った最高の安全装置じゃ」
長老は穏やかに、しかし恐ろしい目的を告げた。
「魔王よ。そなたが、この人間界をかき乱すのは時間の問題じゃった。じゃが、今、そなたは聖女の隣におる。故に、わしは動かぬ。何かあったら、わしを頼るが良い。わしは、魔王に魔界に帰られるよりも、聖女の隣に置いた方が、よほど安全じゃと判断したまでじゃよ」
長老の言葉に、ゼノスは怒りよりも、真実を突きつけられたことへの戦慄を感じた。
「どういう意味だ、安全装置とは!」
「簡単なことじゃろうが」
長老は、ゼノスの目を見つめ、核心を突いた。
「もしバレても、隣におる聖女が、即死級の光の術式でそなたを消滅させて終わりじゃろう。なにより、御主、聖女の喉元を掻っ切ろうとしても、聖女の聖なる力の前では、どうやら手も足も出ないじゃろうしな」
長老は、さらに畳みかけた。
「そなたは、聖女に不快感を覚えている。故に、魔力防御を常に張っている。その防御は、聖女の聖なる力を拒んでいるが、同時に、そなた自身の攻撃を防ぐバリアにもなっておる。今まで、そなたが聖女をどうにかしようとしなかったのは、その聖なる力の抑止力を、本能的に理解していたからじゃろうが」
長老の指摘は、まさにその通りだった。聖女の聖なる力は、魔王のあらゆる攻撃を無効化する、最強の防御膜として機能している。下手に手を出せば、魔族としての本能が弾き返され、魔王自身の命に関わるのだ。
ゼノスは、言葉を失った。エルフの長老は、魔王の行動原理の全てを見通していた。
「聖女の隣で、永遠に呪い対策と称して飼い慣らされるか。それとも、わしを頼り、命懸けでここから脱出するか。…さあ、魔王よ。どうする?」
長老はそう言って、再び面白そうに笑った。ゼノスは、隣で眠る聖女と、目の前の長老、そして魔王としての誇りと、生存本能に挟まれ、苦悩するのだった。
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