スリング

 革のブーツはフリーサイズだった。

 なんで男女で同じサイズのブーツ履けるの?

 足のサイズ違わない?


 謎の答えはブーツの内側に使われている『トレント樹脂』だとか。

 なんか魔法的に伸縮して誰の足にも合わせることができて、絶妙なフィット感を実現しているらしい。

 地味に異世界を感じるような、単なる中敷のような。

 とりあえず履き心地は悪くなかった。


 さて、スリング買いに行くか。





「スリングの使い方教えて下さい」

「なんで私に言うのよ」


 カウンターの向こうにソニアさんの仏頂面が見える。


「だって冒険者ギルドの『お買い得リサイクル品コーナー』で購入したし。買ってみたらなんか思ってたより難しいし」


 シンプルな構造の道具だから、簡単に使えると思ったのに、意外と難しくて、なかなか狙った的に当たらない。

 ちなみにスリングとは、ぶっちゃけ『紐がくっついた革製の帯』である。

 帯部分の面積は大したことないので、実質ほぼ紐と言ってもいい。

 どこぞの狙撃の王が使っているようなY字型の本体にゴムが付いたシューティンググッズではない。


「そうやってスリングを買ったはいいけど使いこなせない冒険者が諦めて買い取りに出すから、中古品セールにあるのよ。スリング舐めんじゃないわよ。作りが単純だからこそ使い手の技量が求められるのよ」


 うーん、分かるような分からないような。

 ベイブレード回すのは簡単だけど、昔ながらのコマに紐を巻いて回すのは難しいとか、そういった事だろうか?

 それはともかく。


「せっかく買ったんだから使いこなしたいんです。教えて下さいよー」

「だからなんで私に言うのよ。あの辺で暇してる連中に頼めばいいじゃないの」


 あの辺で暇してる連中。


 酒場の方を見ると、いつものメンバーが楽しげにこっちを見ている。

 ところで、なんでそんなに皆さん楽しそうなんですか。

 もしかして新人が困ってるところを眺めるのは最高の娯楽だったりしますか。

 グレアムさん、あなたの善良そうな顔は上辺だけだと知ってます。

 エバちゃん、あなたの面白がってる顔は……面白がってるだけだな、あれは見たまんまだ。


「そう言われてもグレアムさんとエバちゃんは物理攻撃苦手だし」

「ダニエル……は、いないわね」


 ダニエルさんは未踏破エリアの攻略に忙しいらしく、最近顔を見せない。

 まあ、いてもあの人には頼みたくないけどね!


「バートラムさんだとお金が足らないし」


 バートラムさんはチュートリアル料金100ストーン/日の人なので。


「じゃあセシルに頼めばいいじゃない。セシルー、新入りがスリング教えてほしいってー!」


 うわ、そんな、凡人が話しかけてはいけない美人に1対1で武器の使い方教わるなんて!

 そんな、そんな、とワタワタしてると。


「いいわよ」


 セシルさん、あっさり返事してしまった。

 うわ、どうしよう。


「ソニアさん、俺どうしたらいいですか!」

「どうするも何も、図々しく頼めばいいでしょ。私にしたみたいに」

「ソニアさんはソニアさんだからいいけど!」

「どういう意味よ」

「親しみやすさが違うというか! よく知らない人には緊張しちゃうんです、シャイだから!」

「図太いくせに何言ってんだか。無料貸し出しの棒を平然と使い潰して代わりを要求するあんたがシャイなわけないわ。いいから行きなさい、50ストーン持って」


 あるけど、50ストーン払えるけど!

 でもでも、凡人だから、本当はシャイだから!

 逃走したいんだけど、どこか裏口とかないかな?

 逃げ場を探す俺の肩に細い手が軽く触れた。


「近くの森に行って練習しようか、新人さん」


 あ、これ、逃げられないパターン……。


 アーウィンはエルフに捕まった!




「ドナドナド〜ナ〜ド〜ナ〜」

「どうしたの急に」

「ふと歌いたくなっただけです。気にしないで下さい」


 俺はセシルさんに連れられて近くの森に来ている。

 スリングの練習が目的なので、薬草には目もくれず、的にするスライムを探している。


「そう言えばこっちに来て一ヶ月くらいね。日本が懐かしくなる頃かしら」


 言われてみれば、ホームシックになってもおかしくない。

 なってないけど。

 俺、図太い?

 まさかね。

 驚きがいっぱいでホームシックになってる暇がないだけだよね。


「いたわ」


 セシルさんが桜の木の上にスライムを発見した。

 あれをスリングで倒すのが本日の課題だ。

 攻撃開始!



 ……当たらない。

 何度投げもかすりもしない。

 時には明後日の方角に飛んでいく。


「石が悪いんでしょうか。それともフォームの問題とか?」

「まず紐を短くすべきだと思うわ」


 短く?

 買った時の長さのままの紐を見る。

 二つ折り状態で1メートルとちょっとの長さ。

 これを短く?

 長い方が威力が増すんじゃないの?


「長い方がスピードが上がって威力が出やすいけど、紐の先端は腕の振りに遅れてついてくるから、長さが長いほどタイミングがズレやすくなるのよ。タイミングがズレると狙いもそれるわ」


 うん、わからん。

 タイミングって何のタイミング?


「紐から手を離すタイミングのことよ。どのタイミングで手を離すかで、石の飛んでいく方向が決まるの」

「そうだったんですか」


 知らんかった。

 何も考えずに適当な感覚で投げてた。


「回転の向きも重要よ。頭の上で水平に回転させてるわよね?」


 そう言われれば、そうだったかも。


「多少斜めになることはあっても、紐が長いと垂直方向の回転にはならないはずなの。垂直に回転させようとすると地面に当たるから」

「あ、なるほど。体の横で縦に回すと、紐の長さによっては地面削っちゃいますね」

「紐が短ければ縦回転でも全然問題ないけれね。ある程度長い紐だと、頭上で水平に回転させるのが一番スペースが広くて回しやすいのよ」

「なるほど!」


 何か少しわかった気がする!


「で、頭の上で水平に回すでしょ? スピードが乗ったら手を離せば石が飛ぶのだけど、回転中って頭の後ろから前に向かって弧を描くように動いているでしょ? これを正面への直線移動に変えるには」


 セシルさんは手だけで野球のピッチングみたいな動作をしてみせた。


「紐は腕より遅れた動きをするのだから、手が前に来た時離したら遅すぎる。右手で投げてたら左の方へそれていくわ。逆に早すぎたら右へそれていく。手が真横にある時に離すの。それが石発射のタイミング」

「おお! なんか掴めた感じがします!」


 要は真横で離す、これがコツなんだね!


「そのタイミングを計るのが大事なの。自分なりのリズムを体で覚えるのよ。そのためにはまず」


 セシルさんは背負袋からハサミを取り出した。

 シャキーン。


「扱いやすい短さにしちゃいましょう」


 え。


 切るの?

 買ったばかりのスリング、切るの?

 リサイクル品だけど、でも使い始めたばかりで、まだ汚れてもいないのを?

 本当に?

 本当に切るの?


「切ります」


 シャキーン。








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