①時間が逆行する瞬間②鍵のかかった手紙 120min

「体調不良で今日も休みます———っと」

 バスケ部の連絡先へ慣れた定型文を送り、SNSを開く。ベッドに寝転がってポテチとジュースを貪りながら、お気に入りの芸人を眺めていると……着信。

「もしもし」

「直人か。……小学校以来だな。立て込んでるから手短に話すぞ」

 久々の再会。ぎこちない距離感で挨拶やら建前を済ませると、すかさず本題に移る。

「タイムカプセルの開封日程が決まった。場所と時間は———」

 胸がざわつく。目を背けていた心の棘が、芯を穿つ気がした。


「よう、久しぶり。電話じゃ乗り気じゃなさそうだったから、てっきり来ないと思ったぜ」

「そういうわけにもいかないだろ。こういうのは自分の手で処分しておきたいんだよ」

 角刈りの差し出した拳に応じる。電話を受けたときは驚いてばかりだったが、こいつのこういう底抜けな明るさには当時からみんな一目置いていたっけな。

「あいつは残念だったな。確か高校のときバイク事故に遭って……。お前、家が近くてずっと仲良しだったろ」

「涼のことか。……もういいだろ、そういう暗い話」

 すまん、と角刈りが頭を掻く。

 別に責めるつもりじゃない。ただ、涼とは中学で絶交して以来一切口を聞いていないし、葬式や墓参りにすら行ったことはない。

 そんな非情な人間が今更なにを友人ぶれるのだろうか。

「第三十七期生のみなさん! 開封の儀を執り行うのでこちらに集合してください!」

 呼びかけに仲裁されるような形で会話が途切れる。「んじゃ行こうか」と角刈りに誘われるまま、石碑の場所へと向かって行った。


「はい、直人さん。あら———大きくなったね」

 六年次の元担任から手紙と小包を受け取り、周囲の人だかりを躱すように遠くの木陰へ腰掛ける。

 不意に、いっそ破いてしまおうか、と悪魔の囁きがする。

 振り払うように頭を振って、手紙を天に透かしてみた。

 ———淡く光る、涼の文字。

「……久しぶりだな、涼」

 封を破り、手紙を取り出す。

 そこには汚い字でありながら……懸命に旧友への想いを綴る、無垢な少年の温かい記憶があった。

『一年生。入学して、涼と友だちになれてうれしかった。二年生になって、クラスがはなれてさびしかった。三年生になって、バスケ部に入った。涼といっしょになれてうれしい。四年生で、涼がほけつになった。あいつの分までがんばる。五年生で、涼がレギュラーになった。おれの分までがんばるって言ってた。六年生で、二人でゆうしょうした。県は負けたけど、最高の思い出だった。』

 涼、涼って……ガキみたいにバカじゃねぇの。

「どうして……もっと自分のことを書こうとしないのかな、俺は……」

 人ごみに背を向け、日差しで眩んだ目を押さえる。

「あの……もしかして直人君?」

 振り返ると、どこか見覚えのあるおばさんが居た。

 俺を見るなり「ごめんね」と気まずそうに一言。

「私、涼のお母さん。覚えてるかな? よくうちに遊びに来てくれたよね」

「はい。お久しぶりです」

「わ~! 大きくなったね。今も大学でバスケやっているの?」

 胸が痛む。控えに落ちてやさぐれています、などと言えるはずもない。

「えぇ、まあぼちぼち……」

「やっぱりそうなんだ! 直人君、小学校からバスケ上手で涼とよくレギュラー争いしてたもんね」

 もう、全部乾いた笑いで済ませよう。そうすればこの辛い時間もすぐに去るはずだ。

「それでね……」

 涼の母がポケットからキーホルダーを取り出す。バスケットボールと籠があしらわれた、薄い鉄板のデザイン。

「……ぁ」

「涼がこれを直人君にって。手紙に書いてあったんだ、二十歳になったらこれを交換しようって。お互い……プロになるまでこれをお守りにして……。プロになったらまた返しに来てね……って」

 脇に置いていた小包を開く。

 ———同じデザインのキーホルダー。

「俺……俺も……持ってます。涼にあげるって。また二人で会おうねって。一緒に……買いに行って……」

 もう、ぐちゃぐちゃだった。お互い声にならない嗚咽で激励や感謝を交わし、抱擁する。

 涙でしわくちゃになった手紙を懐に収める頃には……すっかり陽が沈みかけていた。

 

 そして月日が流れた。

「なあ、先生のキーホルダーってダサくない?」

「だよな。しかもいつも脇でじっと見てるだけだし。怒るとうるさいし。ダサいのはキーホルダーだけじゃない!」

「コラ! そこ、お喋りするんじゃない!」

 はぁい、と小学生が渋々ボール籠を運ぶ。

 そんなに不服なら見せてやる、と先生はボールを要求し中央のセンターラインに立った。

 そして目を閉じ一呼吸し———ボールを放つ。

 綺麗な放物線を描いたボールはリングに弾かれ、弄ぶように二回転したのち……ネットに収まった。

 途端、歓声が沸く。

「こう見えて大学日本一なんでな」

 誇らしげに指示を飛ばす先生を照らすように、鞄のキーホルダーが覗かせていた。

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