第19話 活路発見! 地下下水道

「あの女がここに来たのか?」


俺がアイにスキンの事を話すと、彼女は凄く嫌そうな顔をした。


「ああ、アイとティガが図書室に行ったすぐ後だな。タンも一緒に居たよ」


「何の話をしていたんだ?」


アイが警戒するような目で俺を見た。


「とりあえずは俺を見に来ただけだ。『噂になっているから』ってな」


「それだけか?」


「最後に『一度、自分の所に来い』って言われたよ」


「まさか、行く気じゃないだろうな?」


アイは詰問するように俺を睨んでいる。

ティガも不満そうに俺を見た。


「……一度、行って話してみようかと思っている」


「おまえ、まさか!」


「イヤー、あのサキュバスに誑かされたのか?」


アイとティガがほぼ同時に、俺に詰め寄って来た。

二人とも食いつきそうな怖い目だ。


「違うって、勘違いするな。彼女は俺たちと同じ異界人なんだろ? だったら協力し合えるかもしれないじゃないか!」


アイがふいっと横を向いた。


「あの淫乱女が俺たちに協力なんてする訳ないだろ。あの女はここが好きなんだよ。いくらでも男が居る、この刑務所が」


ティガもそれに同意する。


「アイの言う通りだ。スキンは名が通った男は、必ず籠絡しようとするんだよ。自分の男にして操ろうとするんだ」


「ティガは何かを知っているのか?」


そう尋ねると、ティガが悔しそうな顔をした。


「タイガもあの女に呼び出されたんだ。そして帰って来ないと思ったら、そのまま特殊房行きになったんだ……」


(この刑務所で最強と呼ばれるタイガでさえ、スキンの罠に堕ちたと言うのか?)


彼女は俺と同じ異界人、現代日本からの転移者だ。

それなのに、なぜそんな不思議な力を持っているのか?

ただ俺は、タンが言っていた事が気になって仕方がないのだ。


「アイ、タンがスキンに『オマエの巣である地下に戻れ』と言っていた。『女子房に』ではなく『地下に』だ。アレはどういう意味だったんだ?」


するとアイは難しそうな顔をした。


「詳しくは知らないが……スキンは看守たちに地下の管理を任されているんだ。それが彼女の刑務作業なんだが、他の誰もその仕事は請け負う事ができない」


「どうしてなんだ? 地下には何があるんだ?」


「地下はこの刑務所の設備と、魔女たちの移動通路があるんだが……そこには大量の魔物がいるんだ」


「大量の魔物? それはなぜ?」


「逃亡防止のためだ。それに元々、ここには地下迷宮があったんだ。それを封印するために砦が築かれたのが、この刑務所の始まりだ」


(地下迷宮か……)


俺は脱獄計画に一筋の光が見えたような気がした。



次の日の夜、俺は夜九時にいつものように浴室の清掃作業に入った。

脱衣所で清掃用具の準備をしていると、アイがやって来た。

アイが女の子だと分かって以来、彼女は俺が清掃している時にシャワーを浴びる事にしていた。

他のヤツと鉢合わせになる事はないし、一応、俺は信頼されているのだろう。


「よ、今日も見張り頼むわ」


「了解。あ、そう言えば六番シャワー室のシャンプーがもうなかった。これ足しといてくれると助かるんだけど」


「オッケー」


そう言ったアイに詰め替え用のシャンプーを渡そうとした時、俺のポケットから「チリン」という可愛い音が響いた。


「ん、何の音だ?」


「ああ、これだよ」


そう言って俺はポケットから、ガラスの鈴を取り出した。

そのガラスの鈴は無職透明なのに、見る角度によって七色に光って見える。

さらに鈴の中にある球も、七色に光るオパールの玉だ。


「へぇ~、キレイだな。どうしたんだ、これ?」


「昼間に金が無くて何か奢って欲しいっていう人間のオッサンが来てさ。食券を二十枚あげたら、代わりにこの鈴をくれたんだ」


「なんだよ、またそんな変な親切をしたのかよ。キリがないぞ」


「でもこの鈴はオッサンにとってお守りらしくてさ。それを渡すからって言われたら、断れないじゃん」


「まぁ確かにキレイな鈴だもんな」


アイは興味深そうにガラスの鈴を見ていた。


「良かったらやるよ」


「え、いいのか?」


思いがけずアイが嬉しそうな顔をする。

その笑顔を見て「やっぱりアイも女の子なんだな」と感じた。


「ああ、俺が持っていても仕方がないしな」


「サンキュー、有難く貰っとくよ」


俺はガラスの鈴をアイに渡すと「じゃあ俺、アッチ向いてるから」と言ってアイに背を向けて清掃に入る。

彼女は脱衣所で服を脱ぐと、身体にバスタオルを巻いてシャワー室に入った。

シャワー室とは言っても完全密閉型ではなく、扉は身体の部分を隠す程度だ。

俺はアイに背を向けたまま話しかけた。


「なあ、アイ。ここから抜け出すとして、どんな方法があると思う?」


シャワーを浴びているアイが、とりあえず答える。


「う~ん、やっぱり看守の目を誤魔化すしかないだろうな」


「俺とアイの能力で、看守を誤魔化す事は出来るだろうけど……でもどうやって俺たちの監房だけドアを開かせるか」


「それは難しいだろうな。それに俺たちの監房だけドアが開いたら、即座に俺たちを追跡するだろうしな。それだと逃げ切れない」


「となると、全ての房のドアが開いている昼間に脱走するしかないのか?」


「それはそれで難しそうだが……あっ」


アイが小さく声を上げたのと「チリン、チリン」という鈴の音が聞こえたのはほぼ同時だった。


「あ、クソ」


その声と共に、バタンとシャワー室の扉が開く音がした。

俺が振り向くと、アイがシャワー室の前にある排水溝の所でしゃがみこんでいた。


「ああ……」


「どうしたんだよ?」


俺も思わず駆け寄った。


「タオルで頭を拭こうとして、せっかく貰ったさっきの鈴を排水溝に落としちまった……」


アイが残念そうに言う。


「なんだ、そんな事か」


俺は思わず安堵した。


「でもキレイな鈴だったのに」


「この排水溝ってどこに繋がっているんだ?」


「地下に繋がっていて、他の場所の排水と一緒になる下水道があるはずなんだ」


「地下の下水道?」


俺はその言葉にピンとくるものがあった。

俺は排水溝近くに耳を近づけた。全神経を耳に集中する。


 チリン、チリン、チリン、チリン……


鈴が転がりながら、地下に落ちていく様子が聞こえる。

最後に「ポチャン」と言う音がした。

音の反響から、かなり広い場所だと分かる。


「下水道なんだから、最後は外に繋がっているはずだよな?」


俺が考えながらそう口にすると、アイも「まあそうだろうな」と相槌を打つ。


「それなら、地下下水道まで行けば、外へ出る事も可能なんじゃないか?」


アイが「えっ」という顔をして俺を見る。


「さっきの鈴が落ちる音を聞いてみた。最後はかなり広い空間に落ちた事が分かった。それが地下下水道なら人間が十分に歩ける広さだ」


アイが目を見開いた。


「本当か、それ?」


「間違いない。俺の耳がそう捕らえたんだ」


アイが思いついたように口にする。


「俺たちの監房の洗面トイレユニットの裏は、下水道まで続いているんだ。後ろの壁は裏側が作業できるようにメンテナンス通路になっている」


今度は俺が目を見張り、さっきのアイと同じセリフを口にする。


「本当か、それ?」


「ああ、俺の目はある程度までは透視が出来る。壁の裏側は狭い通路がある」


「つまり洗面ユニットの裏の壁に穴を開ければ……」


「地下まで続く道があるかもしれない!」


「ヤッタ! それなら行けるかも!」


興奮したアイが立ち上がった。

思わず俺の手を握る。

俺も喜びのあまり立ち上がろうとして……そして初めて目に入った。

アイは素っ裸だった。

さっきまではしゃがんでいたので見えなかったが、今はアイの形の良い乳房が丸見えだ。


「お、おい、アイ」


「ん、なんだ?」


アイもこの発見に興奮して自分が全裸である事を忘れているのだろう。


「いや、あの、その……オマエ、まだシャワーの途中で……」


そう言われて、アイもハッとなった。


「きゃあ!」


可愛い悲鳴と共に、アイは両手で身体の前を隠してしゃがみ込んだ。

アイは真っ赤な顔に涙目で俺を睨んだ。


「み、見た……よな?」


そんなアイに俺は思わずドキッとしてしまった。

なにせ素顔のアイはかなりの美少女なのだ。


「ま、まぁ、一瞬だけど」


「全部?」


「いや、胸しか見てない」


アイは左手を振るって俺の足を叩いた。


「ボサっと突っ立ってないで、早くバスタオルを持ってこい! そこのシャワー室にあるから!」


「わ、わかった」


俺はアイが入っていたシャワー室からバスタオルを取ると、アイに手渡して背中を向けた。

アイがバスタオルを巻いて、シャワー室に入る物音がする。

再び話し始めたのはアイからだった。


「でも地下まで行けたとしても、その後がどうなっているか分からないんだよな」


だがそれにも俺は一つの考えがあった。


「ああ、だからスキンに会いに行こうと思う」


そう答えつつも、俺の心臓はまだドキドキと早い鼓動を鳴らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る