第6話 リベンジ

「本当なら噂が回る前に手を打つべきだったんだが、今となっては……グループに入って誰かの庇護を得るか、後は噂を訂正するかだが……」


アイがそこまで話した時、俺は少し離れたテーブルで得意げに笑っている男を見つけた。


昨日、俺から食券を奪った痩せた男・ザインだ。

その向かいには大男のボブもいる。


「なるほど、つまりは噂を訂正すればいいんだな?」


「ああ、だがそれも難しいから、早いところ人間グループの誰かに……って、おい、どこに行く気だ?」


立ち上がった俺を見て、アイがそう声をかけた。

俺はそれを無視して満席の食堂の中を大股で歩いていった。

ザインとボブのテーブルに着く。

ザインが俺を見た。


「なんだ、おまえか、新入り。何の用だ?」


そう言ってニヤニヤ笑いを浮かべる。


「昨日、俺から奪った食券を返してもらおうか?」


「おいボブ、聞いたかよ。この新入り、『食券を返してくれ』だとよ」


ザインは「ヒャッヒャッ」と耳障りな笑い声を立てた。

ボブの方は俺をじっと睨んでいる。


「オマエの食券なんざどこにもねぇよ。また十日経って新しい食券を貰ったら、会いに行ってやるからよ」


そう言って犬を追っ払うように左手を振る。

俺はザインのトレイを見た。

まだ手のついていないサンドイッチがある。

俺はそのサンドイッチを手に取ると、そのまま自分の口にくわえた。

ザインが目を丸くして俺を見る。


「テメェ、何しやがるんだ!」


そう言ってザインが立ち上がりかけた時。

俺は奴の顔面に右の正拳を叩き込んだ。

グシャリと鼻の骨が潰れる感触がある。

ザインは椅子ごと後ろにひっくり返る。

立ち上がった所をカウンター気味に拳が入ったので当然だ。


それを呆然と見ている大男のボブのトレイからは、俺はハンバーガーとジュースらしいカップを手にした。

容赦なくハンバーガーも頂く。

ヤツの血相が変わった。

ボブは立ち上がると、咆哮を上げながら両手を広げて襲い掛かって来る。

俺はカップの中のジュースを、ボブの顔面に目掛けて引っかける。

目つぶしを喰らったボブのみぞおちに、鋭く右つま先蹴りを突き出した。

気持ちいいくらいに靴先がボブのみぞおちにめり込む。

大男は口から大量の吐瀉物を吹き出し、前のめりになる。

そんなボブのこめかみに、俺は強烈な左回し蹴りを放った。

ボブの頭がカクッと傾くと、音を立てて床に倒れる。


「この野郎……殺してやる!」


振り向くとザインがいつの間に取り出したのか、右手にギザギザしたナイフを持っていた。

何かの金属片を自分で加工したような手作りっぽい品だ。

だが俺は不敵に笑った。

こういうナイフを持った相手との格闘術も、祖父から習っている。

それに今日は所長のファイヤーボムを喰らってないしな。


「来いよ。言っとくけど、今日の俺は昨日とは違うぜ」


ザインは挑発されたと感じたのだろう。

いきり立ったようにナイフを突き出してくる。

俺はその右手の甲をはたくように押え、もう一方の手で上腕部を押し上げる。

そのままザインの右腕を背中側に捩じり上げた。


「イテェ、イテェ、イテェ! は、離しやがれ!」


そう叫んだザインはナイフを取り落とす。


「俺の食券を返す気になったか?」


「だ、だれがテメェみたいな新入りの言う事を……イテテテテ!」


最後の叫びは、俺がヤツの言葉の途中でさらに腕を捩じり上げたからだ。


「食券を返せ」


「テ、テメェ、こんな事をしてただで済むと思うのか? 俺たちはHGだぞ!」


俺は今度こそ本気で力を込めた。

ゴキンという不自然な音がして、ザインの腕が肩から変な方向に捩じり曲がる。

肩を外したのだ。


「ひゃああああああーーーー!」


ザインが悲鳴を上げた。

そんな彼に俺は静かに言った。


「このまま両腕ともへし折ってから、食券を取り上げてもいいんだがな?」


ザインが苦痛と屈辱に顔を歪める。


「わ、わかった。アンタの食券は返す……だから、これ以上は……」


「さっさと出せ」


ザインは痛みに耐えながら苦労して左手で自分のポケットから食券を取り出した。

渡された食券を見て、俺はザインを睨みつけた。


「十枚しかないぞ」


「ま、待ってくれ。あとはボブが持っているから」


脅えた顔でザインは意識の無いボブに近づき、仰向けにするとそのポケットからやはり食券を取り出した。

恐る恐る俺に差し出す。


「おい、これでも二十枚しかないじゃないか。俺から奪った食券は三十枚だったはずだ」


俺が睨みつけるとザインは「ひっ」と脅えた声を上げる。


「あ、あと十枚は……売っちまったんだ。だから、今はないんだ」


「それなら売った金を出せ。俺がそれで買い戻す」


「か、金はクスリに変えちまったから……」


「クスリだと?」


つまりそれは麻薬と言う事なのか?

この世界にも麻薬があるのか?

どちらにしろ、麻薬なんて貰ってもどうしようもない。


その時だ。

誰かが俺の肩を掴んだ。

振り返ると俺より少し背が高い、赤茶色の髪をオールバックにして、僅かに顎髭を生やした男がいた。

かなり目つきが悪い。

渋谷のチーマーか、川崎のヤンキーにいそうなタイプだ。


「悪いがそこまでにしてやってくれないか。ソイツは俺のチームの配下なんだ」


俺はそのヤンキーを睨みつけた。


「そうはいかない。コッチは大事な食券を取られているんだからな。三十枚はキッチリ耳を揃えて返して貰う」


赤茶髪のヤンキーは頷いた。


「わかってる。だからその分のオトシマエは後で必ずつける。だが俺も目の前で仲間がこれ以上痛めつけられるのを、黙って見ている訳にはいかねぇんだ」


「……」


「ここは俺に免じて引いてくれ。足りない食券は俺が責任もって何とかする」


男はガラは悪そうだが、人をたばかるタイプには思えなかった。

俺も祖父の道場で色んな人間を見ているから、ある程度はわかるつもりだ。


「わかった。アンタを信用しよう。残りはいつ返してくれるんだ?」


「助かる。明日の朝には残りの食券も全部返すよ。アンタの名前は?」


普通に本名を言いそうになるが、すぐに思い直す。


「ここではイヤーって名前になっている」


するとヤンキーは笑った。


「そうか。俺はタンだ」


赤茶髪のヤンキー・タンは、ザインとボブに「おら、起きろ」と声をかけていた。

そんな彼らに俺は「肩は外れただけだ。医務室に行って入れて貰えばすぐ治る」と教えてやる。


俺は元のテーブルに戻った。

アイが辟易したような目で俺を見ている。


「どうしたんだ? ちゃんと食券は取り返したぞ」


アイが両手を広げて首を左右に振る。


「それは良かったけどな……別の問題を作っちまった」


「ザインとボブの恨みを買ったって事か?」


「それもあるが……オマエは違う意味で注目されちまったんだよ」


「違う意味?」


「オマエの腕っぷしの強さを見せちまったからな。これから各グループがどう動くのか……」


「どう動くんだ?」


「わからねぇ。仲間にしようとするヤツもいるだろうし、早めに潰そうとするヤツもいるかもしれない。人間グループだって一枚岩じゃないからな」


沈黙している俺に、アイはさらに付け加えた。


「どっちにしろ、オマエはもうグループとは無関係ではいられないって事だ」

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