第7話


 リヴェルト侯爵家の庭園は水に因んだ装飾が多かった。


 噴水を始め、ビオトープがところどころにある。散水する仕組みがあるのか、草花には霧状の水が振り撒かれていた。


 その中を歩いていく二人。ウィリアムが「驚きました」という。


「代理で来られていたんですね。知ってればもっと早く行ってました」

「私もよ。侯爵家の次男だなんて。それじゃあ忙しいはずだわ。ミシュアのところに、博覧会に当主代理だなんて」

「そこまででもありませんよ」

「さっきも他の仕事が重なっていたのかと思ったのだけど」

「それもあるんですが……前回サルコベリア侯爵と言い争いになってしまって。彼、根に持つタイプじゃないですか」


 そう、困ったように笑う。オリビアもつられて笑った。


「そうね。早めに行けば愚痴を言われてたでしょうね」

「本当に。でも今日はだいぶ前向きな話が出来て良かった。あなたのおかげですよ、オリビア夫人」

「こちらこそ助かったわ。橋の強度の資料なんて聞いてなかったもの。どうして用意してあったの?」

「ああ、侯爵のことだから簡単な資料でも出してくると警戒してたんです。だから細かい数字の分を用意してたんだけど、それが功を奏したって…あ、すみません。つい砕けた話し方に」


 オリビアは緩く首を振って「気にしないで」と言う。


「そのままで構わないわ」

「では、お言葉に甘えて」


 ふわりと微笑うウィリアムに、オリビアもつられて微笑む。そしてゆっくりと、正面の夕日に目を向けた。


「そろそろ帰らないといけないわね」


 その言葉にウィリアムがジャケットのポケットから懐中時計を取り出す。一瞥して仕舞うと、短く返した。


「そうだね。送っていくよ」

「正門までで大丈夫よ。ありがとう」


 そう言って先に歩き出すオリビア。その揺れるシルバーの長い髪に、夕陽の橙が滲み始める。それはまるでウィリアムの髪色に似ていた。


 一歩後ろにいた彼はつい目を惹かれ、すぐに顔を逸らす。そして彼女の後を追った。


 隣に並ぶとオリビアが「そういえば」と呟く。


「私、前回の博覧会で花を貰ったのよね」

「花?」

「ええ。紙で作られた花。ほら、本物の花に種をくくりつけて川に流す時間があったじゃない?」

「あ……うん。そうだね。どこまでも花畑が広がるように祈りを込めて」

「そう。そのときに私の籠に紙の花が入っていたの。流すわけにいかないから、持ち帰ったのだけど」


 思い出すようにオリビアが瞳を細めた。ウィリアムは一瞬迷いながらも聞く。


「ちなみにその花……開いたりは?」

「うん? 開く? そのまま飾ってあるわ。とても細かく折ってあるんだもの」

「なるほど」


 ウィリアムが、何か納得した様子で返した。それを不思議そうにしながら、オリビアは正面の馬車に目を留めた。


「ここまでありがとう。今度は試作品を見にくるわね」

「出来たらすぐに連絡するよ」

「ええ、待ってるわ」


 そう言って彼女は歩き出す。しばらくして馬の嘶きが響いた。


 

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