第6話


「では、そろそろ始めましょうか」


 その声にゴクリと喉を鳴らす。オリビアは緊張していた。


 リヴェルト侯爵家に集められた他家の当主や当主代理たち、その中に一人だけ夫人がいる。先日機嫌を損ねたローガンの代わりに、仕方なくオリビアが参加したが異例の事態に周囲からの視線は冷ややかだ。


 それでもしっかりと資料を読み込み、席に着いている。彼女は静かに深く呼吸をして、話を進めるハーヴェスト公爵へ顔を向けた。


 白髪混じりの短い髪に、肌艶は少し衰えている。だが眼鏡の奥の瞳には暖かみがあるようだ。彼は参加者たちに視線を流し、ふと一人足りないことに気づいた。


「おや、リヴェルト侯爵の」

「すみません! 遅れました!」


 応接室の扉を使用人が閉める寸前、飛び込んでくる人の姿があった。反射的に目を向けたオリビアは、その目を大きくした。


 同時に相手も驚いたように翡翠色の瞳を瞬かせた。


「オリビア夫人?」


 足を止めたウィリアムにハーヴェスト公爵が「早く座りなさい」と促す。彼はすぐさまオリビアの方を目指し、そのまま隣に腰をおろした。


 ハーヴェスト公爵の挨拶が始まり、小声でウィリアムが聞く。


「何故ここに? 侯爵は?」

「事情があるのよ。実は…」


 続きは公爵の声にかき消される。


「サルコベリア侯爵夫人、前回の内容を説明いただけるかな?」

「あ、はい」


 唐突に指名され、咄嗟に立ち上がる。事前に夫から引き継いだ内容を伝えていった。


 おおよそ話し終えて、また腰を下ろそうとしたがハーヴェスト公爵が「おや」と言う。


「橋の強度についての話はどうなったかな」

「橋の強度……」

「次回調査し持ってくると言ってたんだが、聞いてなかったかい?」


 慌てて資料を見直すが、そんなものは入っていない。それどころか、今回必要な調査課題があったなど聞いていなかった。


 ローガンのことだ、うっかりしていたわけじゃないだろう。あえて伝えてこなかった。恥をかかせるために。


 今回集まっているのは各家の当主や、それに準ずる相手。簡単に集められる人たちじゃない。だからこそ準備を入念にしてきたのに、とオリビアは唇を噛みしめ、口を開きかける。


 次回に持ち越して欲しい、と伝えるために。


 だが、そこをウィリアムが立ち上がり遮った。


「強度をまとめたものなら、すでにここに」


 夫人、失礼しますね。と続ける彼は、それぞれの参加者に紙を配り始める。その様子を見ていたオリビアだったが、最後にオリビアに用紙を渡して座るようウィリアムが促した。


 そこからは彼が進めていく。


 前回の問題点、改善する方法、時折オリビアに話題を振り、彼女も調べた中から的確に返していく。


 会議が終わる頃には、だいぶ進んだ話に周りも満足げだった。


 ハーヴェスト公爵の解散宣言を受け、バラバラと皆が立ち上がる。オリビアがウィリアムに声をかけようとすると、後ろから他家の一人が「良かったよ」と言った。


「代理と聞いて不安だったが、回答は納得いくものだった。これで来季までに修理も終わりそうだ」

「ああ。こちらとしても、悪戯に時期を延ばしたいわけではなかったからね」


 二人にオリビアも「引き続きよろしくお願いしますね」と返した。


 人がはけたタイミングで、ウィリアムが声をかける。


「オリビア夫人、少し話しませんか?」

「ええ、私もそう思ってたの。馬車の方がいいかしら?」

「いえ。我が家の庭園を案内させてください」


 その提案にオリビアが頷いた。

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