河童の恋流れ

仮言絶句

第1章出会い編

第1話 水面に映る彼女の名


 車からみる景色が変わっていくのを感じた。

 初めはビルがそびえ立ち尽くし、段々と家との空間が離れていき、やがて家々が少なく一軒あれば次にまた現れるのは数十分後。


 私は花束を握りしめ、しわくちゃになった花を嗅ぐ。


 〜転校してもともだちだよ!〜


 一枚のメッセージカードが花束から転げ落ちる。窓の外は暗いトンネルの中。


「パパ、まだ着かないの?」


 運転しているパパの背中はただ大きく、されど席にすっぽりおさまっていた。


「このトンネルを抜けた先だよ」


 そう父は後ろの席で横たわる娘に言い、窓の外は明るく光が差し込んできた。私は起き上がり、ふと窓の外へ覗き込む。木で作られた看板にはかすれた文字で"鏡水村きょうすいむら"と書いてあるのを目撃した。その瞬間は目の前は、だだっ広い田んぼが辺りを支配した。


 ◻︎


 私を乗せた車は辺り一面田んぼで一際目立つ大きなお屋敷の前に停まった。表札には"相楽"と書いていた。父は車から降り、家主の名を叫ぶ。インターフォンなんてそこにはなかった。 


 そして、そのお屋敷から現れた風格の凄まじく立派な髭をたくわえたおじいさん。


「ごめんくださーい、本日引っ越してまいりました。」


「ほう、今日じゃったか。ほれ、ちょい待ちな」


 そう答えると、そのおじいさんは中へ戻っていた。その途中、おじいさんは私と等身大くらいの少年とぶつかりそうになる。その少年は紙飛行機を手に持ち、遊んでいた。


「これ、国康!!あぶないじゃろ!そんなことしてたら、河童さんが国康の金玉を抉り取るぞ」


 そう怒鳴っているのが聞こえた。なかなかの言い草で、ふと父と窓越しで目を合わせ、くすりと笑った。やがて何事もなかったように、父のもとへ戻り、鍵を渡した。


「さきほど、河童って聞こえたのですが……」


 父は笑顔で、そう尋ねた。


「もしかして、先ほど怒鳴ってたのが…」


 父は軽くうなづく。


「これは失敬。全く世話のかかる孫でのう、かの昔この地で人をむさぶり食い尽くしたり良いとこのお嬢さんが河童に攫われたり、そういった河童に関する昔話が多くあるんじゃ。」


「へえ〜そうだったんですねえ…あ、すみません、鍵、ありがとうございました」


「構わんよ、これからご近所さんになるんじゃから」


 父は再び車に乗り、一時別れを告げる。


 ◻︎


 またも走り20分後、父は先程のおじいさんの話をえんえんと繰り返し、私に話しかける。オカルトが大好きな父は、私の母と出会う前からずっと各地のオカルトについて調べていたほどだ。しかし、この地にやってきたのは初めてで、私がいるから最近オカルト趣味は講じてなかった父にとって嬉しい体験であっただろう。


 林の間を通る道の先、趣ある木製建物があった。父はその庭に車を止めて、


「着いたぞ」


 と一言、私に告げる。


 私の新たな物語はこんな如何にも崩れそうな趣たっぷりの家から始まるのであった。


 ◻︎


 ミシミシと廊下を歩けば鳴り響き、所々畳は土埃が被り、汚れに汚れた廃墟だった。父は、少しばかりは辛抱と何度も私に投げかけ、家の修復活動に取り組む。時折、業者の方や近所(10分離れた)の方々からの応援もありつつ、徐々に生まれ変わるのであるが、今はまだそんなこと想像できない。


 私は家の周りをぐるっと一周して、ふと木々できた小さなトンネルを発見した。興味本位で、その中へズケズケと入り込む。腰を折り曲げないと入れないトンネル。


 そしてトンネルを抜けた先、空気が一気に変わった。生い茂る草木、どこか遠くで鳴き響く小鳥の囀り、湿った土の匂い。そこにぽつんとある清らかな小池があった。


 私はその池を覗きこむ。小さな魚たちが数匹、意気揚々と泳いでいる。


 その時、後ろから…




 ぺたり、ぺたり……………




 水で滴ったような足音が聞こえた。私はさっと振り返ると、翠色の身体に水かきを持つ手足、頭には白い皿を乗せ、木々の間から差し込む光で輝いていた。


「これ!あぶないやろ!さっさとどきな!そこはわいの家や!」


 私はソレの通る道をばっと、離れる。


 ぺたり、ぺたり…………ぽちゃん


 ソレがその池に入ると、


「嬢ちゃんの名は?」


城守結菜きもりゆいなです……あなたは?」


 ソレはクスリと笑う。


「城守、結菜か………わいはコタローや!とりま、結菜、今すぐにここから離れな!


「え?なんで?」


「夜になれば、キミを食べる悪い妖怪がわんさか湧くからな」


 結菜はソレを後にして、元来た道を戻る。結菜の足が勝手に動くように感じ、トンネルは徐々に閉じていってるような感覚に苛まれた。


 ◻︎


 閉じた自然のトンネルをどこか遠くのように眺めるコタロー。


「また来よったんか、とんだ厄介娘やなあ」


 コタローの目には懐かしさを嘆くような涙を一筋流したように。


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