底辺回復職ですが、美少女たちの絶望エンドを回避していたら、いつの間にか【真の聖者】と呼ばれていました~救った美少女たちが実は大物揃いだったみたいです~

AteRa

第1話 銀髪美少女を救いました

「……はあ、今日も駄目か」


 俺、アルト・ハインズは冒険者ギルドの依頼掲示板の前で、誰にも聞こえないほどの小さなため息をついた。


 俺の職業は【ヒーラー】。いわゆる回復職だ。


 普通、回復職と言えばパーティーの生命線であり、引く手あまたのエリート職……と、思われるかもしれない。


 だが、現実は非情である。


 俺の使えるスキルは、初期スキルである【ヒール】のみ。


 それも、Fランク冒険者認定と同時に習得したきり、レベルアップの兆候すらない。


 この世界では、ヒーラーの上位職である【プリースト】や【セイント】が、範囲回復の【エリアヒール】だの、状態異常を治す【リカバー】だのを軽々と使いこなす。


 そんな中、擦り傷くらいしかまともに治せない、MP効率も最悪な【ヒール】しか使えない俺など、誰が好き好んでパーティーに入れるというのか。


「よぉ、。まだパーティー見つかんねぇのか?」


「いっそポーターに転職したらどうだ? お前じゃゴブリン一体も倒せねぇだろ!」


「ガハハッ! 間違いねぇ! それがいいだろ!」


 背後から飛んでくる、いつもの嘲笑。


 振り向けば、いかにもオレたち稼いでます、と言わんばかりのDランクパーティーが、ニヤニヤしながら俺を見下していた。


「……ご忠告、どうも」


 俺は適当に頭を下げ、逃げるようにギルドを後にする。


 悔しくないと言えば嘘になる。だが、言い返したところで、俺が【ヒール】しか使えない底辺ヒーラーである事実は変わらない。


 今月も、ギルド併設の安宿の宿泊費を払ったら手元に残るのは銅貨数枚。まともな依頼にありつけなければ、来月の宿代どころか、今日の晩飯すら怪しい。


「……何か、ソロでもできる採集クエでも受けるべきだったか」


 そんなことを呟きながら、日も暮れかけた中央広場を抜け、安宿が建ち並ぶ裏路地へと足を踏み入れた。


 そのときだった。


「……っ、ぅ……」


 か細い声。

 そして、鉄が錆びたような、嫌な匂い。


「……血?」


 まさか、こんな街中で?


 ゴロツキの喧嘩か? 厄介事はごめんだが、この匂いは……尋常じゃない。


 俺は匂いのする方へ、慎重に足音を忍ばせて近づく。


 薄暗い建物の影、ゴミ捨て場の脇。


 そこに、はあった。


「――――っ!?」


 息を呑んだ。


 人が倒れている。それも、まだ年若い少女だ。


 月明かりに照らされた銀色の髪は土と血で汚れ、ところどころ破れた上質な衣服の下には、およそFランク冒険者の俺ではお目にかかったこともないような、精巧な作りのミスリル製の軽鎧が覗いている。


 だが、そんなことよりも。


「ひどい……」


 少女の脇腹。


 そこには、ただの剣で斬られたのとは明らかに違う、禍々しいの痕跡があった。


 傷口を中心に、黒い痣のような文様が皮膚を侵食し、じわじわと広がっている。


「……っ、う……あ……」


 少女が、薄らと目を開けた。

 焦点の合わない青い瞳が、俺を捉える。


「……に、にげて……。もう、だめ……」


 何を言っているんだ。

 目の前で人が死にかけている。


 それが、呪いだろうが何だろうが、俺はヒーラーだ。


「喋るな! すぐに手当てする!」


 俺は叫ぶように言うと、ためらうことなく少女に駆け寄り、右手を傷口にかざす。


「頼む、効いてくれ……! 【ヒール】!」


 俺の持つ、たった一つのスキル。


 手のひらから放たれた温かい光が、少女の傷口を包み込む。


「……っ!? ぐ、ぁああああ!!」


 しかし。


 少女は、治癒の光に触れた瞬間、苦悶の声を上げた。


「なっ!?」


【ヒール】の光が、黒い呪いとぶつかり合い、激しく火花を散らしている。


 光が呪いを浄化するどころか、呪いが光を喰らおうとしている。


 なんて強力な呪いだ! 俺の【ヒール】じゃ、まるで歯が立たない……!


「……やめて。もう、いい……。むだ、だから……」


 少女が絶望に染まった目で俺を見る。


「教会の……高位プリーストですら、この呪いは……解呪、できなかった……。わたくしは、もう……」


 ああ、そうか。


 だから、こんなところに一人で。


 きっと、仲間たちに見捨てられたんだ。


 治る見込みのない厄介者として、この裏路地に。


 ――ふざけるな。


「……うるさい」


「……え?」


「うるさいって言ったんだ!」


 俺は叫んでいた。


「あんたが諦めてどうする! まだ生きているだろ!」


「でも、あなたの【ヒール】じゃ……」


「俺の【ヒール】がFランクの底辺スキルだって!? 知っているよ、そんなこと!」


 MPが急速に失われていくのが分かる。


 頭がクラクラする。視界が霞む。


 だが、手は止めない。


「俺に出来るのは、これだけなんだ! これしか、ないんだよ!」


 高位プリーストに出来なかった?


 上等だ。


 俺の【ヒール】は【リカバー】じゃない。呪いをする力なんてない。


 だったら――


「呪いがアンタの命を喰らうようり早く! 俺がアンタの命をすりゃいいんだろ!!」


 俺の【ヒール】は、ただ、命を癒やす光。


 純粋な、生命力そのもの。


 質が駄目なら、量だ!


「【ヒール】! 【ヒール】! 【ヒール】!」


 俺は、意識が飛びそうになるのを奥歯で噛みしめて堪え、なけなしのMPを、魂ごと絞り出すように連発した。


 効率度外視。MP枯渇上等。


「が……っ! ぁ……!」


 少女の体から、黒い瘴気が黒い煙のように噴き出し始めた。


 俺の【ヒール】が、呪いの侵食速度を、わずかに上回り始めたのだ!


「いっけぇ……っ! いけぇえええええ!!」


 あと、もう一押し。


 ここでMPが尽きたら、俺もこいつもおしまいだ。


「う、ぉおおおおおおおお……っ! 【ヒーーーーーール】!!!」


 俺の持てる全てを注ぎ込んだ、最後の一撃。


 眩いほどの純白の光が、少女の体を完全に包み込んだ。


 バチンッ!!


 何かが弾けるような音がして、少女の体を覆っていた黒い文様がガラスのように砕け散り、霧散していく。


「…………は」


 嵐が、過ぎ去った。


 少女の脇腹にあったはずの醜い傷口は、跡形もなく消え去り、生まれたてのような滑らかな肌に戻っている。


「あ……」


 少女が驚愕に見開かれた青い瞳で、自分の体と俺の顔を、交互に見た。


 その瞳から、絶望の色は消えていた。


「はぁ……。よかっ、た……」


 安心した瞬間、全身から力が抜ける。


 完全なMP枯渇。立っているのが、やっとだ。


「あ、なた……は……?」


「俺は、アルト……。ただの、ヒーラー……だ……」


 少女にそう告げたのを最後に、俺の意識はぷつりと途絶えた。



   ***



 翌朝。


 安宿の固いベッドで目を覚ました俺は、猛烈な空腹感と倦怠感に襲われていた。


「……いてて。体中がギシギシする」


 MPの使い過ぎだ。丸一日くらいは動けそうにない。


「……ん? あの子、どうなったかな。それに俺はどうやって家まで帰ったんだ……?」


 昨夜の少女だ。


 俺が倒れた後、どうなったんだろう。


 まさか、また別のゴロツキに……いや、あれだけ動けるなら、自分で帰ったか。


 俺もおそらく、勝手に一人で帰ったんだろう。記憶はないが、泥酔したときも勝手に家に帰っていることだって、たまにあるわけだし。


「まぁ、何でもいいか。助かったみたいだし」


 それより、今日の飯だ。


「さて……ギルドに行って、何か日銭でも稼がないと……」


 ふらつく足取りでギルドに向かうと、なぜか入り口が妙に騒がしかった。


 屈強な衛兵たちが何人も立ち、一般の冒険者たちが遠巻きにしている。


「なんだ……? 貴族の視察か?」


 俺が首を傾げながら中に入ろうとすると、ギルドの受付嬢が血相を変えて駆け寄ってきた。


「ア、アルトさん! 来てたんですか!」


「え? あ、はい。おはようございます」


「おはようございます、じゃないですよ! 大変なんです! あなた、昨日は何を……」


「――いたぞ! あの男だ!」


 受付嬢の言葉を遮り、甲高い金属音が響いた。


 見れば、ギルドの入り口に整列していた衛兵……いや、待てよ。

 あれは確か王都の近衛騎士団が纏う、白銀の甲冑だ。


 彼らが一斉に俺に注目し、道を開ける。


 その奥から、昨日とは打って変わって、清廉な白いドレスに身を包んだ、あの銀髪の少女が、凜とした足取りで現れた。


 彼女は俺の目の前で立ち止まると、その場にいる全員に聞こえるような、鈴の鳴る声で言った。


「見つけました、わたくしの恩人」


 そして、周囲の誰もが息を呑む中、彼女はまるで伝説の勇者を見つけたかのように、俺の手を取りこう宣言した。


「わたくしは、剣聖ラナ家が次期当主、アリア・フォン・ラナ! あなた様こそ、神殿がいくら探しても見つからなかったという、失われた聖蹟せいせきを行使する【真の聖者】様に違いありません!」


 ……は?


 俺は、自分の耳を疑った。


 え?


【真の聖者】?


 誰が?

 俺が?


 え!? なんで俺が【真の聖者】ってことになってんの!?


 こうして、底辺回復職の俺が、なぜか勘違いされて聖者扱いされるという、奇妙な日常が幕を開けたのだった。

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