第6話 『りょう』と『快』
「りょう」と「快」
アパートの前に立って腕時計を確認した。
朝の10時。
寝ていたとしても起こして話さなければ。立ち退きまでもう時間が無い。
チャイムを鳴らしたら、すぐ返事が返ってきた……が、中で動く気配が無い。
ドアノブに手を掛け回してみたら鍵が掛かってなかったらしく扉が開いた。
「快君、居ますかー?お邪魔しまーす」
玄関に入ると、松葉杖姿の快がバツの悪そうな顔で立っている。
「何?どうしたの?怪我ですか?仕事で?骨折?え?大丈夫?」
一気に質問攻めされた。
1人で不安だった心が少し暖かくなった気がした。
「亮介さん、俺、亮介さんの優しさに応えていいでしょうか?」
悔しそうな拗ねたような口調で快は俺を見つめた。
「もちろんだよ」
亮介は安心させるように、快の両肩を軽く叩いて返事した。
――今日と明日、会社に有給届けを前もって出していた。
快の荷物は本当に少なく、家財道具は売れるものは全て売り、手配した軽トラック1台で運搬は十分事足りてしまった。
快の部屋は、すでに用意しておいた。
元々全て揃っていた家なので1人増えたところで何の不便もない。
コツコツと松葉杖をつきながら
「へぇー、本当に広い家だー」
珍しそうにキョロキョロと部屋を見回している。
「暫くは快の家でもあるんだよ。怪我が治るまでは快の生活も手伝ってあげるよ」
「は?快?」
快は自分の名前を呟いた。
「僕、一応年上だし、もう立ち退きの間柄では無いからね。今日より快って呼びます。俺の事は、りょうって呼んでも構わないよー。」
台所で米を研ぎなら、快を見た。ちょっと意地悪だったかな?でも(りょう)と小さく呟いた快を見た時、とても愛おしく目が離せなかった。
視線に気づいた快は
「亮介……俺も亮介と呼び捨てます!」
と、訳の分からない事を言ったので、2人で笑った。
――
引越し祝いと称して、夕食はカレーにした。アボカドサラダとヨーグルトとりんごもある。怪我の回復を早めるためには栄養を沢山取ってもらわないと。
「こんな飯、久しぶり」
「カップ麺しか食べてなかったみたいだね。」
待ちきれないのか、りんごをシャクシャクとおほばって、うまい!と目を輝かせた。
果物を食べるのは半年ぶりだと言う。
「栄養は取らないと怪我も治らないよ」
「いっただっきまぁーす!」
モリモリとカレーを口に運ぶ、そして、うんま!と言いながらまたモリモリ食べる。
食べ盛りなんだなー。と、そんな快を見ていたら親心が芽生えそうになった。母か?父か?などと心で考えて苦笑した。
「快って本当可愛いねー。最初から今みたいに素直だったら良かったのに」
「は?いきなり出て行けっつー奴に、何で愛想振りまかないとなんねーんだよ!」
顔をフリフリしながら語尾を強めて言った
「まぁ、そうだねー」
「いいから亮介も食え!」
「後で、包帯外して、お風呂に入りなさい。」
「お、おう」
「ほら!素直!」
あははと声を出して笑った。
「うっせ!!」
快の包帯を丁寧に取ってやった。どす黒いアザが広がっていた。アザの無い足首を優しく掴んで
「これは酷い。痛かったね」
と足首をさすった。
「だ、大丈夫だし!これぐらい、すぐ治るから」
気まずいのか、上を見ながら答えた。
お風呂まで一緒行き、1人で大丈夫ー?と、からかった。
お風呂から上がった快の髪を拭いてやった。ドライヤーで乾かした。ボサボサで長い髪だが、ちゃんと洗えばとても綺麗だった。
前からしていたかのように、当たり前に大人しく応じる快を後ろから見て、「あ、僕、快を好きなんだ」と確信してしまった。考えて手が止まった僕に
「ん?」
と振り向く快。視線がぶつかり見つめ合う。気まずいのか、先に動いたのは快だった。
「早く働けるようになって、なるべく早く部屋見つけるから」
「そんな、いいんだよ。いつまでも居てよ」
「そーゆーわけに、いかないの」
新しい包帯を巻いてやり、お互いの部屋へ戻った。
ヤバいな、これ。耐えられそうにない自分がいた。
快はきっと自分がゲイと言う事を俺に隠している。そして、俺もそうだとは思ってもいない。
だからと言って、快が自分を好きになるとは限らない。
このままでいいんだ。
そう、このまま。
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