土曜日の図書館、サファイアの午後 番外編 短編集

橘 瑞樹

番外編:ジュリアの午後

 わたしは、図書館の猫。

 名前はジュリア。

 白い毛並みと、少し青みがかった瞳。

 この場所に来て、もう何年になるだろう。

 図書館は静かで、やさしい。

 紙の匂いと、風の音。

 人の声は小さく、けれど心に届く。

 —

 ある日、シャーロットが来た。

 彼女は、風のような人だった。

 静かで、でもどこか遠くを見ている瞳。

 わたしは、彼女の足元に寄り添った。

 理由なんて、わからない。

 でも、彼女の心が、少しだけ震えていたから。

 彼女は、詩を読んだ。

 兄のことを話した。

 その声は、わたしの耳に心地よく響いた。

 —

 そして、式部紫郎。

 彼は、静かな人。

 わたしの座布団を整えてくれる。

 紅茶の香りがするとき、彼は少しだけ微笑む。

 彼と彼女が並んで座るとき、

 わたしはその間に丸くなる。

 その空気が好きだから。

 言葉がなくても、心が通っているのがわかるから。

 —

 朗読会の日、彼女は少し震えていた。

 でも、彼の視線がそっと支えていた。

 わたしは、彼女の膝に乗った。

「ここにいるよ」と伝えたかった。

 風がページをめくる音。

 人々の静かな拍手。

 そのすべてが、わたしの胸にやさしく残った。

 —

 春が来た。

 裏庭にホトケノザが咲いた。

 彼女は、ここに残ることを決めた。

 彼は、彼女の手を取った。

 わたしは、座布団の上で目を細めた。

「よかったね」と、喉を鳴らした。

 —

 図書館は、今日も静か。

 でも、心の中には、たくさんの音がある。

 詩の声、紅茶の香り、風の記憶。

 わたしは、ここにいる。

 この場所が好きだから。

 そして、二人の物語が、これからも続いていくのを見守りたいから。

 —

(了)

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