第6話 鳳条さんと”本物”~前編~

「——私と、になってくれませんか?」


 不敵にして妖艶な笑みを浮かべる紫峰さん。しかし——。


「——そういうって、どういう?」


 俺も恋愛に詳しいわけではない。というか鳳条さんとが初めてだ。


「ああ、そうですね。そういうテイでなければいけませんよね」


「……」


 あえて沈黙。なんか下手に喋ると墓穴を掘る気がする。


「ですが私の前では気にしなくて構いません。口は固いので」


「……」


「私はただ、”あの鳳条さん”を堕とした手練手管を味わってみたいだけなのです」


 ……。えー。

 どういったものか。俺は特別な事をしていないし、なんか勝手に好かれてしまって、という流れなので、そんな口説きの切り札的なものはない。


「実践——してもいいんですよ?」


「……(つまり何もしないってことか?)」


「ああ、でも。今は私が不利になってしまいますわ。最初はハミガキをしておいた方が好印象でしょうし……」


 沈黙を貫く。でもハミガキって、あれか、飯食ったらするやつ。

 ——待て。ハミガキ。ハ。


 その瞬間、俺の中で何かが繋がった感じがした!


(ハミガキをして、って、つまり——キス、なのか!? だから”そういうこと”なのか!?)


 そして弾ける脳内シナプス。

 キスをする。口を合わせる。それはもしかしたら柔らかいだけではなく、歯という固い物質がぶつかるってことでもあるんじゃぁないのか!?

 知らなかった……。キスは、やわらかくて、甘酸っぱいものだと……。


 ……。歯が当たると、休学するのか……?


「ですので——」


「いや、悪いがそれは出来ない」


「——あら」


 そうだ。よくないだろう、不純異性交遊など。それに、俺は……。


「あら、あら、あら」


 彼女の顔は残念そうな表情は浮かぶ。しかしすぐに不敵な笑みを浮かべる。


「では、そうですねぇ……」


「……(身構えておく。蛇に睨まれたようで怖い)」


「では、お友達から……というのはいかがですか?」


「……まぁ、それなら」


「それは良かった!」


 顔の前で両手を合わせ、にっこり微笑む紫峰さん。その笑みに毒気はない。


「では——」


 その特別な気配を察知するには俺は経験値が少なすぎた。

 体温が下がるような悪寒とは違う。魂的なものがスッっと引き抜かれる感覚。

 ——引き返せない一歩を踏み出してしまった様な——。


「?」


 紫峰さんはさらに一歩踏み込んでくる。息がかかるほどに近い。


「紫峰さん?」


「そういうお友達なら、ねぇ?」


 膝の上にあった俺の手を——蛇のように——冷えた手が這う。

 そのまま手を握られ、誘われるままに。


 彼女の胸に触れた。


「!? ちょっと!」


 当然手を引いた。何をしているんだこの人!


「まあ、気にしなくていいのに。少しくらいの味見は――お好きでしょう?」


「な、なにを言ってるんだ! よくないだろ、こういうのは……!」


「んん~……。男性でしたらこのくらい……。まして”あの鳳条さん”が相手なら……」


 なにやらぶつくさ言っているが……。とにかく、こういうのは良くない。……そう、よくないんだ……!


「それか……」


 彼女は一歩引いた。少し息を整える――隙も無く――。


「——こちらのほうが、お好みで?」


「!!」


 それは……、……!


 右手を口に近づけ、親指と人差し指で輪っかを作り……。

 蛇のように。チロチロと舌を動かす。


 それは――。


 かつて、コンビニのエッチコーナーの雑誌の表紙にあったやつ!!


(そうか――、俺は、勘違いをした――)


 彼女が年下。清楚そうな見た目。礼儀正しさ。


 違う。——違う、違う、違う! 


 彼女は――”本当に経験豊富な”方なんだ……!


 ——コツ。


「!」


「おや」


 足音がした。ここは人気無い空き教室こんなところに人が通るなんて……。

 ガラス越しに影が見える。——あの影は。


「失礼しますね」


「え、ちょ……!」


 紫峰さんは俺のいる机の下へもぐりこんだ。


「——バレたら、まずいのでは?」


「っ……」


 俺の股の下で意味深に微笑む紫峰さん。

 そして――教室の戸が開く。開けたのは――。


「……ハル?」


「鳳条さん……!」


 何も知らない、鳳条かれんだった。


―――――――――――――――――

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