第29話 確認

 あれから数日後、仕事が終わってビルから出たら、沙織が待ち伏せていた。


「お疲れ様」


 何事もなかったかのような笑顔。

 また来ると思っていた。


「もう話す事はないから」


 通り過ぎようとした時、腕を掴まれた。


「あの時はごめん」


 沙織はさっきと打って変わって真剣な表情だった。


「あの時、あの人に凄い迫られてて、哲治との事もバレてて。だから──」


 その時、視線を感じた。


 振り返ったら、瑠美が立っていた。

 明らかに困惑している。


 もう覚悟を決めた。

 瑠美をこの場に連れてきた。


「俺はもう過去は捨てた。この子と一緒になろうとしてる」


 ごめん。利用してる感じになって。

 あとでちゃんと謝らないと。


 俺の顔を見て瑠美はあたふたしていた。


 沙織は瑠美を見た。


「そうか……。そういう子を選んだんだね」


 そう言って背を向けた。


「その子なら、あんな事しないね」


 沙織はその場を去ろうとしたが、突然振り返った。


「私、哲治の事本気で好きだったよ。それだけ言いたかった」


 その顔に後悔が滲んでいた。

 そしてまた、歩いて人混みに消えていった。


 ──これで完全に終わった。


 やっと少し、前を向ける気がする。


「羽山さん……私たちのこと、なんで言っちゃったんですか?」


 慌てふためく瑠美の顔。


「ごめん。何かあったらちゃんと責任取るから」


 隠そうとしたけど、いつか他の奴にもわかるだろう。

 それでも、離したくない。


「お詫びに、これから美味い飯食べさせてやるから」


 瑠美は表情が一変して喜びだした。

 単純な奴。


 でもその単純さが、好きなんだ。


 ◇ ◇ ◇


 羽山さんが私達のことを元カノさんに言ってしまった。

 しかも、「この子と一緒になろうとしてる」って。


 一緒になるって、つまり──


「私達、結婚するんですか!?」

「声が大きい……」


 羽山さんが呆れている。


 私達はイタリアンレストランにいた。

 羽山さんの『お詫び』として。

 運良く個室に入れたからセーフなはず。


「この年齢で付き合ってるんだから、考えてるよ」


 羽山さんの恥ずかしそうな顔を見て、また悶え苦しむ。


「とりあえず食べて、早く帰ろう」


 え……せっかく会えたのに!

 私は反抗してノロノロ食べていた。


 お店を出た後、私が駅の方に向かおうとしたら、羽山さんに引っ張られた。


「帰るのはこっち」


 そっちは羽山さんの家の方向。

 嬉しくて嬉しくて、腕を組んだら離されて、流石に丸わかりな行動に反省した。

 でも、羽山さんの家に着いたら、いっぱい羽山さんに甘やかされて、満足した。


 そういえば、最近二人であまりゲームをしていない。


 いつの間にか私達は、リアルで一緒にいる生活に変わっていた。


 ◇ ◇ ◇


 数日後、休憩スペースで鈴木さんと会った。


「あ、天川さん。羽山とどう?最近」


 また言っている。


「だからそういう関係じゃないんですってば!」

「もういいから誤魔化さなくて。ちょっと屋上で話そうよ」


 私と鈴木さんはビルの屋上に向かった。


「何でここに連れてきたんですか?」


 鈴木さんがニヤッとした。


「ねぇ、俺との事考えてくれた?」


 ……確か前、付き合おうとか言われていた気がする。

 完全に忘れていた。


「私、彼氏いるんで、無理です」

「羽山でしょ?顔に出てるよ、天川さん」


 そんなに顔に出ているの私!?

 鈴木さんに返す答えを探していたけど、なかなか見つからなかった。


 その時、鈴木さんは後ろを振り返った。


「あ、来た」


 ──え?


 私も振り返ると、羽山さんが立っていた。

 なぜここに!?

 羽山さんは不機嫌な様子でこちらを見ている。


「ほらやっぱり付き合ってるんじゃん」


 羽山さんは何も言わない。

 言わないと認めてしまうことになる!!


「天川をからかうな」


 鈴木さんはニヤニヤしてる。


「羽山をからかってるんだよ」


 鈴木さんは屋上の出口の方に向かって歩いた。


「お幸せに〜」


 そう言って行ってしまった。


「バレてたんですね……」

「そうみたいだな」


 私達はそれ以上何も言わず、ただ空を眺めていた。

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