第18話 北原祥吾

 柳沢吉行も北原祥吾も高校の三年間でクラス替えの度に同じクラスに編入され続け、その頃から何となく気が合うと謂うより、人見する北原の方がグループごとの行事には、よく見知った柳沢と組んでいた。三年間それで通したが絵とデザインでは考えが良く合ってもそれほど深い友情は育たなかった。お互いに不満やトラブルはなくて共通する趣味だけで繋がっていた。社会に出てからは趣味の延長で、柳沢はグラフィックデザイン関係の仕事で、一方の北原は素描き友禅の仕事だ。仕事は違っても高校時代の延長のような付き合いが今まで続いている。

 北原の会社形態としては有限会社の個人営業で、気軽に見学できそうだ。小野田美由紀もそれで一度北原の会社を訪問している。此処の経営者も五十代で還暦間近だが社長でなく先生と呼ばれている。絵心ひとつでここまで盛り上げたけに、社員も「先生この色はどうでっしゃろ、この柄は筆のタッチがええ気がしますが」とお伺いを立てるうちに社長より先生の方が指南が仰ぎやすかった。それでいつしか会社のトップにありながら得意先の取引先からも先生で定着している。実際に先生もこれはという絵画の展示があれば、社員に交代で鑑賞させていた。そこで小野田美由紀にも何回か出会っている。そう言う関係で奥平梨沙が此の二人に過剰に反応しても、柳沢が見る限り美由紀も祥吾もクールな付き合いだと見ている。

 山上にすれば北原とは二日ほど同じ家に居て顔を合わしていても、サッパリ見当が付かないほど実態が解らなかった。同じようにまだほとんど口の聞いてない岸部憲和は、だいたいの人間像は掴めても北原は掴めなかった。ぜひ今度は北原を交えてビリヤードに誘ってくれるように、今日の夕食の後に柳沢に頼んだ。

 丁度今日の夕食の準備と片付け当番は北原君だった。山上は柳沢くんと二人でみんなが引き上げた後、キッチンで美紗和さんと一緒に北原の食器洗いの終わるのをダイニングテーブルで待った。

「あら、まだ部屋に戻らないの」

 食器を洗い終わった美紗和さんが手を拭きながら戻って来た。後に続く北原を柳沢くんが呼び止めた。

「どうだ土曜の夜で明日は休みだろう。今から山上さんとビリヤードに行くんだけど来ないか?」

「エッ、なんで急に他の人と行くんだ」

 これはヤバい色を付けないと。

「北原君、どうだ君が勝ったらビールのロング缶がまだ六缶あるが、それをみんな君に上げるけど……」

「でも負けたら賭けるもんがないから……」

「じゃあ二対一でどうだ。君が負けても柳沢くんが勝てばビールは上げる。それなら心配ないだろう」

「アラー、いいわねえ。祥吾君、あなた名のビールはあの冷蔵庫にはないから、この際頑張ったら。吉行くんも付いたら負けっこないわよ。ビールロング缶六本ゲットできるわよ」

「でも勝っても柳沢と半ぶんっこだろう」

「俺は部屋にウイスキーがあるし、明日辺り先生から又お呼びが掛かれば、またビールが手に入るかも知れない」

「まあッ、吉行君って、まだ解らないのに取らぬ狸の皮算用ね」

 美紗和さんまで話に乗ってくれば、北原もビールに釣られたわけではないと言い訳できる。これで話はまとまった。三人は今朝行ったビリヤード店に向かった。

 やはり一緒に歩いても、最初のうちは余り山上の話に北原君は頷いても返す言葉はなかった。柳沢君と喋りながらリラックスさせると彼もボチボチ話し出した。そこで一気に彼が手掛ける着物の出来具合について訊ねた。

「原図と言うか草稿は先生が考えて見せてもらい、それを色数と配色をどうするか任されるときと大まかに指定される場合があるんです」

「何だ、俺の時はそんなに説明しなかったなあ」 

「柳沢は聞かないからだ。聞かなきゃあ俺も言う必要ないだろう」

 そう謂うもんじゃないだろうと、柳沢は諦めにも似たため息を吐いた。なるほど北原は一方的に自分から話すすべを持ち合わせていないと察しが付いた。それは彼本来の有るべき姿か今は判らない。がどうして冴木さんはこんな男を入居者に選んだのだろう。まさか面接の折に小野田さんが言ったのを実践しても、冴木さんが見抜けないはずもないだろう。幾ら陽気に話しても普段から伴わない者には直ぐにばれてしまう。

 ビリヤード店に着くまで、何とか着物の話を中心に柳沢君も入れて喋った。店に入ればビリヤードキューを選ぶ当たりから北原は生き生きしだした。

「今日は三人ならローテーションしかないなあ」

 ローテーションならダントツの柳沢くんと組めば、俄然と北原は率先して台上に球を三角形にセットした。彼はエイトボールの方が得意だが、あれは二人でしか出来ないゲームでは仕方がない。

「誰から打つ」

「トップは北原君で良いんじゃないか」

 柳沢の提案に山上が答えた。にんまりする北原の横顔を見ていると、この顔で冴木さんと面接し、更に小野田さんの口添えなら、いっときはパスしても案外おかしくないだろう。見事な音を立てて北原の最初の一打で綺麗にバラバラに球が四方に分散した。

「今日は冴えてるな」

 柳沢も言わずにおられないほどのキューさばきで、しかもすでに球をひとつビリヤード台上のポケットに入れていた。

「ほ〜ォ、最初の一打で、もう一個入れてしまうとは、柳沢くんの話とちゃうやないか」

 面目が潰れたのか柳沢君は頭を掻いた。ひょっとすると北原は環境の変化で気分を変えられるタイプの人間かも知れない。ならば冴木さんが彼を入居者に決めても不思議ではないのだろう。此の辺りの冴木の心理を紐解くポイントになれば仕事がはかどる。がまだ未知なだけに要らぬ深入れは誤った結果を導き、今は肝に銘じるべきだ。


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