第15話 柳沢と呑む

 もうあたしは用済み後はお二人でごゆっくりと、美紗和さんは引き上げてしまった。彼女がいなくなれば、どうして引き留めるか考える間もなく柳沢から話しかけられて、美紗和さんのさっきのひと言が効いてくる。

「幾らぼくが気にして、それが美紗和さんのためと思っても、肝心の美紗和さんが納得すれば手の出しようもないのに、山上さんの口添えで動いてくれた。やはり此処ではあなたの存在が大きいと判りました」

 別に山上は柳沢ほど強く主張していない。これを美紗和さんが山上のお陰だと仕向けてくれた。これで冴木や柳沢と物事を穏便に運べる。先ずは手始めに冴木さんの連れ出す用事を聞き出した。

「今までどんな所へ行ったんです」

「ぼくは休日で暇ですから二、三時間はざらです。だいたいは半日潰れますね」

「エッ、それじゃあ他府県ですか」

「北に行かない限りそうなります。奈良、滋賀、大阪、神戸、結構歴史上の有名なところに行かされる。季節によって桜と紅葉の見どころとか。お陰でこっちも色んな所を知りました」

 それでもまだまだ冴木は物足りず、これからもお呼びは掛かるそうだ。

「此のシェアハウスは何で知ったんです」

「祥吾君ですよ」

「北原祥吾くんか」

「彼は同じ絵心のある小野田さんと知り合ってここに紹介してもらって……」

「その北原君に条件の良い此処を紹介してもらったのか。しかし柳沢君は別にしてあの人見する北原君を冴木さんが良く入居を認めたなあ」

「出来るだけ陽気に振る舞え、と小野田さんがアドバイスしたんですよ」

「なるほど、それを実行して居心地が良くて君を誘い、君の場合は地で行ってなんもなく入居出来たと美紗和さんから聞いたよ」

「あの人そんな風に言ってましたか」

 酒の所為せいもあるが、これにはかなりご機嫌なようだ。美紗和さんの残したロング缶を空けて二本目をコップに注いでいた。酒豪か? 休日に運転を頼まれれば毎週ロング缶一ダースだが、冷蔵庫には柳沢吉行と書いたビールのロング缶はなかった。

「今日はロング缶一ダース、美紗和さんによるとタクシー代だそうだ。柳沢くんもそれに代わるものはもらってるのか?」

「三時間以内ならビールかウイスキーをもらいますが、それ以上の場合は結構値の張るレストランで昼食をご馳走になり、それが美紗和さんの言うタクシー代なんでしょう」

 それなら柳沢吉行名の缶ビールが冷蔵庫にない訳も判明した。ビールのロング缶二本目ならそろそろ北原祥吾君のことを聞いても良いだろう。

「梨沙ちゃんに聞いたが君と北原君も同じ高校の同級生だったそうだが……」

「そうですが、就職先は別々でもたまに会ってる」

「高校の時の彼はどうなんだ」

「目だない存在だったなあ。でも彼奴も酒は良く呑むんです。もちろん高校出てからです。それと北原との共通点はビリヤードですね、それでも月に一回かなあ。学生でなくお互い仕事がありますからね。それでビリヤードでその日の飲み代を掛けるんですよ。まあ安い居酒屋に二人、三千円で押さえてましたが、それを超えた分を割り勘にする決まりなんですよ。だから仕送りのある学生に比べると此のシェアハウスは有り難いです」

 かなりシビアに生活しているのか。

「祥吾君だが梨沙ちゃんは美由紀ちゃんと友達と言ってたけど」

「エッ、梨沙の奴そんなこと言ったんですか。そりゃあ美由紀も祥吾も絵という共通点がありますが、それだけですよ。だってあの二人が交わすのは好きな画家の話だけで色恋はこれっぽっちもありませんよ」

 学生たちは気まぐれ過ぎて、直接本人から自分の目と耳で確かめないと良くない。あれは友情以下で単なる絵と言う共通点のみに会話が成立している。と柳沢吉行に言われてみれば、北原は女にもてそうもなさそうだ。

「北原君はまだ若い。恋に若さは立派な武器になるのに、浮いた話はひとつもないのか」

「高校生の時から彼奴とは付き合ってるが一向にない、まあ他の連中も似たり寄ったりで、その点は祥吾独りをとやかく言ってもしゃあないですよ」

「そうか、北原君には恋の話はないのか」

「信用ないのなら美由紀に聞けばいいが、頭から否定して笑われますよ」

 マジに聞けばそうだが、要は遠回しに聞けばいいだろう。とにかくシェアハウス同士の横の繋がりが判れば芋づる式に、冴木の心の中に入っていけるだろう。

「来たばかりで此処では、相手によっては不快を与えずに円満に生活するには、こうして柳沢君からそれぞれの特徴や繋がり方を聞いた方がいいだろう」

「そうですね、ぼくもやっと休日は運転から解放されますからねえ」

 どうやら彼とは共通の利害が一致した。北原祥吾君もそう難しくないようだ。あとは岸部憲和君には気難しい顔をされた。が柳沢君に言わすと彼に関わらず芸大の生徒は似たり寄ったりで真面に受け止めてない。

「演奏は多少のアレンジがあっても譜面に沿ってやるが、絵画は忠実な具象画から我々には意味不明な抽象画まで幅広いですからね。彫刻も似たり寄ったりです」

「どっちも意味不明か」

「ああ、ご心配なく。冴木先生が入居者に決めた人たちですから、真面といえば仲間にはどう捉えられるか判りませんが、絵も彫刻も演奏もみんな真剣にやってますよ」

「なるほど、それで岸部憲和君の彫刻は見ましたか?」

「見ました。でも粗い木彫りですね。未完かと思ってもまさかそんな物は展示しないでしょうけど、美紗和さんの話ではもっと滑らかにヤスリ掛けしたのかと思わせる彫刻作品を見たことがあるそうですから、彼は気分屋かもしれませんよ」

 美紗和さんも一緒に呑んで、もらった缶ビール六缶で、これだけ訊ければ安いもんだ。しかもほろ酔い気分になればなおさら結構な話だ。



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