インスタントなスープを作るのじゃ

「では始めるとするかの」


こぎはいつものように材料を切り分けて並べ……ない。いきなりおみそ汁用のお椀の中にポイポイ材料を入れていく。


「ふむ。餃子2個。ブロッコリーは2個くらいでいいかの。それで、トマト半分……はちょっと無理かの」


トマトを串切りにし、2かけのみをお椀に入れ、残りの2かけのトマトを手にもってじっと見ている。


「羽菜どの」

「何?」

「あーんなのじゃ」

「へ? あーん」


言われるままに口を開けると、トマトをポイっと入れられた。抗議したいが口が塞がっていてできない。こぎも笑いながらトマトをもぐもぐ食べている。羽菜は急いでトマトを片付けた。


「ちょっと、こぎ!」

「お椀に入りきらなかったゆえにの。もう、そのまま食べちゃうのじゃ」


食べちゃうのじゃ、じゃないでしょ。それならそうとひと声かけてよ。でもまあ、トマトは普通においしいから良しとします。


すると、こぎはお椀に入れた材料を、トレーの上に取り出した。


「出しちゃうんだ」

「うむ。量を量っていただけなのじゃ。残り物を全部入れてしまえればそれがベストじゃが、お椀一杯に収まらない事もあるでの。あさから頑張って何杯もおみそ汁を食べるのは、めんどくさいのじゃ。それゆえ、あらかじめ実際に入れてみて、入る量だけ使う作戦で行くのじゃ」

「なるほどー」


そして今度は、お椀に水を入れた。何をするのだろうと眺めていると、その水をコンロの上に置いたフライパンへとざばっと全部入れた。


「これも量ってるの?」

「うむ。今度はお椀1杯分の水を量ったのじゃ。3/4カップとか、きっちり計量しても良いのじゃが、こっちのが簡単なのじゃ。入れる具が多ければ、ちょっと少な目に調整するのも楽ちんなのじゃ」


確かに。実際にお椀に入れた分量の水を使えば、自然とお椀にピッタリな量の水になる。数字で覚えるよりも簡単で、そして、間違いがない。


「ふむ。餃子は一緒に温めてしまっても良いかの」


そう言うとこぎは、フライパンの中に残り物の餃子をポイっと入れた。


「餃子を煮るんだ」

「煮るというか、お湯を沸かすついでに温めるというか。そんな感じなのじゃ」


そう言ってトマトとブロッコリーをお椀へと戻すと、冷蔵庫から味噌のパックを取り出した。


「羽菜どのはだし入りみそではなく、普通のお味噌を使っておるのじゃな」

「あ、うん。だしが入ってるかどうかでそれを選んだってわけじゃなくて、実家で使ってるのがそれだったから、それにしただけ」

「ふむふむ。では母君は出汁を別途引いておったのかのう」

「だしを引くって、作るってこと?」

「うむ」


なんだか古めかしい言い回しだ。さすが自称880歳。


「出汁を引くという言葉じゃがの、羽菜どの」

「うん」

「『引く』ってところがカッコイイのじゃ」

「わかる」


出汁を「取る」ではなく「引く」。なんだかプロっぽい。たぶん「うまみを引き出す」という意味合いなんだろうけど、ちょっとこう、いい。


そう言えば、母はよく出汁を引いていた。小ぶりのお鍋でかつお節と昆布をコトコト煮て、それをして出汁のつゆを取る。そこにお味噌を溶いて、みそ汁を作っていた。朝から凄く手間をかけるんだなあ、と、あの姿を見て感心したものだ。


だからだろうか。みそ汁を作るというのは、ちょっと大変な作業と言うイメージが強い。


ぼんやりそんな事を考えていると、フライパンからふつふつと音が聞こえてきた。


「こぎ、沸いたみたいよ」

「うむ。なのじゃ」


こぎはフライパンの中身を、そのままお椀の中にざざーっと注いだ。小咲の店で買った深型のフライパンには注ぎ口が付いているいる。こういう時に便利だ。


お椀の中には、お湯と、そこに浸かった冷蔵庫の残り物たち。こぎはパックからスプーン一杯の味噌を取り出すと、その中に漬けた。そして、箸でゆっくりと味噌を溶く。透明だったお湯が、だんだんと味噌の色に染まっていく。


「おお、なんだかみそ汁っぽい」

「うむ。まごう事無きみそ汁なのじゃ」


こぎはそこに、短冊切りに切ったお揚げを乗せた。油抜きも何もしていない、ただのお揚げだ。


「完成なのじゃ!」

「え、これだけでいいの!?」

「うむ。これだけなのじゃ。1人で食べるみそ汁なぞ、味噌をお湯で溶くだけでなのじゃ。そこに具があるなんて、いう事なしなのじゃ」


お椀の中には、餃子とトマトとブロッコリー、そしてお揚げ。いつもみそ汁とは違って、餃子やお揚げから出たであろう油が浮いている。


「なんかこう、簡単すぎない?」

「簡単なのじゃ」

「ほぼお湯を沸かして注ぐだけじゃん。インスタントみたい」

「もともと味噌は、そういう物なのじゃ」


確かに、味噌は昔は保存食として作られたものだと聞いた事がある。それにしても、本当にこれだけでいいのだろうか。


「お出汁は?」

「別にいらないのじゃ。もちろんあったらおいしくなるのじゃが、無くても構わないのじゃ。特に今回は、餃子やお揚げから油が出るゆえに、それが出汁の代わりにボリュームを出してくれるのじゃ」

「そういうものなんだ」

「うむ。物足りないようであれば、食べる直前に、ごま油やオリーブオイルをひと垂らしすれば、香りやコクが出るのじゃ。それだけでずいぶんと『ごちそうスープ』になるのじゃ」


ごちそうスープ。朝からそんなものが飲めるんだ。たいそうな名前を付けているけれど、余り物を煮て味噌を溶いただけだ。


「それに、羽菜どのの冷蔵庫であれば、まだ白出汁が残っておるのじゃ」

「それはそう」

「物足りなかったら、それを入れてしまえばいいのじゃ」

「それでいいんだ……」


羽菜はちょっと、キツネにつままれたような気分だった。具は残り物でいい。出汁を引かなくていい。それだけでなく、出汁は別に入れなくてもいい。みそ汁って、そんなにカジュアルでいいお料理だったんだ。


こぎは得意げに付け加える。


「さあ、それではこのごはんを仕上げていくとするのじゃ」

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