おこげとトロみを堪能するのじゃ

お皿の上にはトロリとした子ぎつね色のスープ、そこから、とろみを纏って輝いている豆腐が顔を出している。


スープには、香ばしく焦げ目のついたひき肉が浮かんでいる。少しキャラメル色なのは、たぶんひきわり納豆だろう。そしてアクセントの緑色のネギがちりばめられている。さらに、お皿の脇にはちょこん、と星形の八角が添えられていた。かわいい。


そそて湯気と共に鼻をくすぐるのは、ごま油の香りと少しだけ甘い八角の香り。風邪ひきの羽菜でも食欲をそそられるような、おいしい香りだ。


「これなら全然食べられそう」

「うむうむ! 上出来じゃの」


2人はスプーンを手にすると、ぱちんと両手を合わせた。


「「いただきまーす」」


口に運ぶと、ぶわっと広がるのは香ばしさ。なにこれ。いつもの麻婆豆腐のひき肉の味とは少し違う。ナッツを炒ったような香ばしさが混ざっている。そうか、これはひきわり納豆の豆から来る香ばしさだ。


羽菜の苦手なニュルニュルな食感は全くない。これならひきわり納豆でも全然大丈夫だ。というか、ひきわり納豆が入っていると知っていなかったら、納豆が入っていること自体に気づかないかもしれない。


片栗粉でとろみのついたスープをつるりと飲む。すると、フっ、と口の中全体が熱くなるような、広がるような不思議な感覚がした。なにこれ。と言うのとは少し違うもうちょっとフィジカルな感覚。


羽菜が戸惑っていると、隣のこぎがほっぺたに手を当てて目を細めた。


「く~! キタのじゃ! この口の中がフっ、っとくる。たまらんのじゃ」

「これがシビれってやつなんだ」

「うむ。中華料理の醍醐味、『マー』と『ラー』のうち、『マー』の方なのじゃ。『カラシビ』の『シビ』の方じゃの。花椒ホアジャオを食べると、このシビれが来るのじゃ。どうじゃ? 温まるじゃろ」

「うん。なんか不思議。フッって来て、ぽんっ! って抜けるね」

「うむうむ。八角もそうじゃが、この花椒もスパイスであると同時に、体を温める漢方でもある食材なのじゃ」

「へえ」


口の中に入れるたび、フっと口全体が暖かくなる。そして、香ばしいひき肉と豆のうま味。それを包むとろりとした優しい味付けのスープ。さらにそのスープを含んだ豆腐がおいしい。麻婆豆腐なのに全然辛くなくて、そう、やさしい。


「おいしい。でもこぎ、そう言えば豆板醤使ってなくない? 入れ忘れた?」

「今回はあえて外したのじゃ。豆板醤の『ラー』、つまりは辛みは喉に来るでな。風邪ひきさんには厳しそうと思って入れなかったのじゃ。味的にパンチが無くなって、色的にも赤さが無くなったけど、それでいいのじゃ」

「なるほど。でもレシピには豆板醤がポイントって書いてあったよ」

「その通りなのじゃ。麻婆豆腐といえば豆板醤の辛みと赤さじゃからの。じゃが――」


そこでこぎは一度言葉を切った。


「レシピ通りじゃなくていいのじゃ」

「え」

「ごはんなんてものは、食べる人や作る人の都合でどんどん変えてしまって良いのじゃ。足りない材料があれば、別に使わなくてよいし、足りていても苦手そうな材料であれば、外してしまっても良いのじゃ。その時の気分や体調や手持ちの食材に合わせて、好きに作ってしまうのじゃ。

ごはんは、レシピ通りに作るのが目的ではないのじゃ。単純に、食べるために作るものなのじゃ」

「食べるために……」


そうなんだ。確かにレシピ通りに作ればおいしさは保証されている。でも、ちょっと大変な時もあるし、オーブンなどの調理器具が無い場合だってある。今まではできるだけレシピ側に合わせようとして頑張ってきたが、そうでなくてもいいんだ。


お腹の底からじんわり熱が広がって、体がほぐれれてくる。たしかにこぎのごはんはレシピ通りではないけれど、今の私にはこれがだ。


もっとの都合で、変えてしまっていいんだ。こっちのために、こっちができる範囲で作ってしまっていいのか。


「うむ。欲しいものが全部そろっている時は、それを使ってごはんを作れば良いし、そろってなければ、あるもんだけで済ませてしまっていいのじゃ。確かに、味はちょっと物足りたくなったりするのじゃが、まあ、それくらいでいいのじゃ。おうちのごはんは」


2人は黙々とスプーンを動かし、すっかり麻婆豆腐を平らげた。風邪で食欲的にどうかと思っていたけれど、花椒のふしぎな感覚と、優しいとろみのついたスープとお豆腐のおかげで、すんなりと完食できてしまった。


「「ごちそうさまでした!」」


2人はぱちんと手を合わせた。


「それにしても、ひきわり納豆って麻婆豆腐に入れるのアリなんだね」

「うむ。しっかり炒めれば納豆感は薄れるし、大きさ的にも色的にもひき肉と似ておるゆえ、相性が良いのじゃ。そもそも、麻婆豆腐に使う豆板醤や甜麺醤テンメンジャン(甘いお味噌)や豆鼓トウチも原料は豆じゃからの。さらにアリアリのアリなのじゃ」

「そう言われるとそっか。豆板醤なんて名前に『豆』入ってるもんね」

「うむうむ。そしてもう一つ大事なことがあるのじゃ」


こぎは人差し指を立てて胸をそらした。


「なになに」

「『焦げ』じゃ! おこげはうま味の元なのじゃ。じゃから、調理に慣れてきたら、『ちょい焦げ』を狙っていくのじゃ」

「わざと焦がすって事?」

「そんなイメージじゃ。『焦げ』と聞くと、真っ黒でフライパンにこびり付くアレを思い浮かべて敬遠すると思うのじゃが、あれはもう『焦げ』を通り越して『焦』まで行ってる状態なのじゃ」

「こ…こご?」

「うむ! 普通の状態が『こ』とすると、ちょっと焼けが『こ』、火が通ったくらいが『こ』、そしておいしいお焦げ状態が『焦』なのじゃ。焦げ付いて真っ黒になったら、それは『こご』じゃ」

「あー、『が行』の話」

「なにも焦げは悪いことでは無いのじゃ。ちょうどいい加減じゃと、むしろうま味とコクの元になるのじゃ。ただ、やりすぎると苦くてどうしようもなくなってしまうだけなのじゃ。加減次第なのじゃ」


こぎはぶんぶん手を振って力説している。焦げ、焦げかあ。確かに今までは「出来るだけ焦げないように」という意識だったけど、今度は「ちょい焦げ」を意識してみようかしらん。


「ところで羽菜どの」

「ん?」

「今日のごはんの名前は何にするのじゃ?」

「ええ、名前? ……ああそうか。ええとじゃあ、


『アル・モンデ特製、辛さ控えめ。赤色ナシのきつね色マーボ』


でどう?」


「赤色ナシのきつね色マーボ! うむ。その通りなのじゃ! 豆板醤を使っていない料理を麻婆豆腐と呼んでいいのかはちょっとアレじゃが、見た目と香りはそれっぽくてちょうどいいのじゃ」


また儂のごはんに名前が付いたのじゃ、とはしゃぐこぎを見ながら羽菜はぼんやりと「焦げ」の話を思い返していた。


加減次第でありがたいけど、やりすぎると迷惑になってもう全然嫌になってしまうこと。そういう事って、いろいろあるなあ。


ちょうどいいくらいに、やっていけたらいいな、と。

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