食材と作戦を決めるのじゃ
こぎはどこから取り出したのか、流し台の前に踏み台を置き、上に乗って高さを確かめた。
「うむ! これで足元もバッチリなのじゃ」
「だね。まずは何をするの?」
「あるものの確認なのじゃ。卵とにんにくが山ほどあって、パスタもあって、黒コショウは……。うむ! あるのじゃ。ガリガリ
こぎが目をまん丸にして羽菜を見てくる。フフフ、見直したか。
「えへへ。なんかその方が“料理できますけど感”が出ると思って」
「冷蔵庫があんななのに?」
「うっ……」
羽菜がショックを受けているのを尻目に、こぎは楽しそうに確認を続ける。
「ともあれ、黒コショウがあればカルボナーラ感が出せるのじゃ。えーっと、油は、オリーブオイルがあるのじゃ。よしよし。あとは……、お肉が無いわけじゃから、代わりに何かうまみの出せる調味料があると良いかのう。羽菜どの、コンソメはあるかな?」
「あーっと、流しの引き出しの中にあったかな」
「どれどれ。あったのじゃ! 固形の奴じゃな。ん-、固形でもいいけど1粒使ってしまうと1人分にはちょっとパンチが効きすぎるかもしれんのじゃ」
「1人分なの? 私とこぎの2人分じゃないの?」
羽菜が尋ねると、こぎは軽く首を振った。
「2人分作るけど、1人分ずつ作ろうと思ってるのじゃ」
「そうなの? なんで?」
「羽菜どのが作るときは1人分じゃろ? その時に分かりやすいように、1人分の分量で作るのじゃ。そうすればあとで、まねっこできるじゃろ?」
こぎ、なんていい奴なんだ。羽菜は思わずこぎの頭をわしゃわしゃした。こぎは帽子が落ちお無いように押さえながら声をあげてくすぐったそうにしている。
「それめっちゃ助かるー。なんていいきつねなんだ」
「お稲荷様じゃ!」
「はいはい。助かりますー」
「うむうむ。で、うまみ用調味料じゃ。おしょう油でもよいのじゃが、そうじゃ! めんつゆがあった気が……。あったあった! ん? 白だし?」
こぎが羽菜を振り返る。
「なんかこう、めんつゆよりも料理わかってます感が出るかと思って……」
こぎは無言で頷く。やめて。せめて何かひとこと下さい。
「あとは塩じゃろうか。うむ。これは大丈夫じゃの」
「はい」
「よし! いったん整理するのじゃ!」
「じゃあ、私書き出すね」
2人は今日の食材を冷蔵庫に貼ってあるホワイトボードに書き出した。
■材料
卵:2個
にんにく:2かけ
パスタ(スパゲティ):1束
茹でる用の水:350~400cc
白だし:小さじ1
オリーブオイル:大さじ1とちょっと
塩:少々
黒こしょう:そこそこ多め(カルボっぽく)
「うむうむ。ざっくり言うと、パスタをにんにくと玉子で食べるだけなのじゃ」
「そう聞くとカルボナーラ方面から遠そうなんだけど」
「なんとかなるのじゃ。材料が決まったら、次は作戦じゃな」
こぎは顎に片手を添え、ブツブツと呟きながら考え始めた。それにしても、作戦とは。
「羽菜どの」
「なに?」
「一応聞いとくのじゃが洗い物は――」
「嫌いです」
「食い気味のお返事! まあいいのじゃ。そこで今日は、ワンパンパスタ方式で作る事にしてみるのじゃ」
「ワンパンパスタって? パンチ1発で倒せるくらい美味しいパスタってこと?」
「違うのじゃ。フライパン1つだけで作るから『
「え、じゃあパスタを別で茹でたりレンチンしたりしなくていいってこと?」
「そうなのじゃ。その分洗い物も減るのじゃ」
「うわー、それは嬉しい」
羽菜は両手をぱちんと合わせるみると、フライパンを取り出してコンロの上に置いた。
「じゃあ早速フライパンを火にかけるね」
「待つのじゃ待つのじゃ! まだ作戦が決まっていないのじゃ。落ち着くのじゃ」
「ねえ、作戦って何?」
「どんな感じで料理するかの方針なのじゃ。今日は、具材がにんにくと玉子だけじゃろ?」
「まあ、はい」
「じゃから、にんにくには香りづけだけじゃなて、具っぽい存在感も出るように頑張ってもらうのじゃ」
「すっごい入れるって事?」
「それもアリじゃが、そうなるとめっちゃ匂うしほどほどにしておくのじゃ。2かけくらいにしとくのじゃ」
「まあ、私は匂ってもいいけどね。誰とも会う予定ないし。てか基本1人だし」
「サラっとぼっちの告白! それはそれとして」
それとするんだ。いいけど。
「残るは卵じゃ。カルボナーラに寄せるんじゃったら黄身メインで絡めるとして、白身をどうするかじゃ。うむむ、そうじゃ! 閃いたのじゃ!」
こぎは手をポンと打った。と、同時にきつね耳がピコンと飛び出す。
「こぎ、見えてるよ」
「む。油断したのじゃ。で、思いついたのじゃ! 羽菜どの、今日は白身を主役に抜擢する作戦とするのじゃ」
「白身を?」
白身が主役。だいたい卵を使った料理であれば、主役は黄身だ。レシピによっては卵黄だけを使って、卵白は別の料理に使って下さい、なんてことも珍しくない。白身はいわば、脇役だ。その白身を主役にするとはどういうことなのだろう。
首を傾げている羽菜を尻目に、こぎはいそいそと包丁を取り出した。
「作戦が決まったら下準備じゃ。まずはにんにくじゃな」
こぎは芽がニョキっと伸びたにんにくのおしりを切り落とすと、器用に皮を剥いた。
「今回のは芽が伸び伸びじゃから」
「すみません」
「半分に割って芽の部分を取り除くのじゃ。ここ、これだけ伸びてるとあんま美味しくならないのじゃ」
にんにくを背中からパカっと切ると、緑の部分を取り除く。さらにトントンと3つくらいに切り分けた。結構大ぶりだ。それを見て羽菜はクスッと笑う。
ちゃんとしているようで、やっぱりまだ子供だ。ぶきっちょなので、薄くスライスできないのだろう。羽菜はうんうん頷いてこぎを見る。
と、その視線に気が付いたこぎが、小皿に2かけ分のにんにくを移して羽菜に見せる。
「作戦通り、にんにくも具の1つとして感じられるようにこれくらいのサイズにしておくのじゃ」
「な……なるほど」
スライスできないわけじゃなかったのか。こぎさん、すみませんでした。
「次に卵2つじゃが、これを白身と黄身に分けて、別々のお椀に入れるのじゃ」
シンクの角にコンコンと卵を軽くぶつけて割る。と、その殻を使って器用に白身と黄身を別々のお椀へと振り分けた。
「おー、うまいうまい」
「そ、それほどでも無いのじゃ」
当たり前ですよ? という空気を出そうとしているようだが、コックスーツの裾からしっぽがぴょこんと飛び出している。本人も嬉しいようでなによりだ。
「それで、白身の方にひとつまみ塩を入れておくのじゃ。あと、白だしもちょこっと」
「味付け? 黄身の方はいいの?」
「うむ。白身の方だけじゃ。今日の主役は白身じゃからな。白身の方が目立つように味付けしておくのじゃ」
こぎは白身をくるくるとかき混ぜる。じゃあ私は黄身の方を混ぜておきますか、と羽菜がお椀を手に取ると、こぎが慌ててストップをかけて来た。
「羽菜どの! 黄身はそのまま。そのまま。まん丸のままでいいのじゃ」
「溶いておかなくていいの」
「いいのじゃいいのじゃ。溶いてしまうと……」
「しまうと?」
「後で洗うのが大変になるのじゃ」
「じゃあ溶かない。絶対に」
こぎはこくこく頷いて下準備を続ける。にんにくの小皿、白身のお椀、黄身のお椀、パスタ1束、オリーブオイル、そして黒コショウのミルに白だしをとんとんとんと調理台の上に並べた。
「こぎって、いつも材料並べるよね。料理番組の材料紹介のまねっこ?」
「まねっこというよりも、後で自分が楽をするための準備なのじゃ。使うものを小分けにして置いておけば、焼いたり煮たりするときに慌てなくて済むのじゃ」
確かに、調理中に調味料を探したり、切っていない材料を思い出して切ったりすると、だいたい出来栄えがよろしくない。羽菜のいつものパターンだ。こぎのやり方は一見めんどくさそうだけど、実はこっちの方が楽なのかもしれない。
「これで全部なの?」
「あとはパスタを茹でるお湯じゃの。羽菜どの、電気ケトルで水を、そうじゃな。350~400ccくらい沸かしてくれぬか。割とアバウトでいいのじゃ」
「350ccくらいね。目盛りあるよね。あったあった」
羽菜が電気ケトルをセットすると、こぎはようやくフライパンをコンロの上に置いた。
「よし、準備万端。作戦名『今日の主役は白身です』。スタートなのじゃ!」
「おー」
こぎは嬉しそうにフライパンをコンロに置いた。
さあ、いよいよ調理開始だ。
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