第21話 娘の心、父の心

「お二人とも」


 私は、二人の心の音を注意深く聴きながら、声を掛けた。



「目を……閉じて下さい」


「何を……?」


「お願いします」


 突然の私の言葉に戸惑う辺境伯様。

 でも、今は押し通させてもらう。


 今までと違う私の雰囲気を感じ取ったんだろう。戸惑いながらも二人は目を閉じてくれた。


 私も目を閉じて、一度大きく息を吸う。

 ゆっくりと息を吐きながら、集中力を高めていく。


 ……もっと、もっと深く集中するんだ。

 

 世界の音が遠ざかっていく。


 風が木を撫でる音、鳥たちの囀り、すべてが静かになる。

 そして――心の音だけが、聴こえてくる。


 心の奥底に眠っている、押さえ込んでいる気持ちまで――全て。

 

 辺境伯様のヴィオラは、深い愛情と苦悩。

 セシリア様のコルネットは、夢への情熱と父親への想い。


 二つの音は、よく注意して聴けばとても似ていた。


 お互いを思いやる優しさ。

 お互いを愛する温かさ。


 素敵な二人の心の音は、やっぱり素敵だ。

 心の奥まで美しい二人の音を聴いて、嬉しくなる。


 さあ!

 頑張れ、私!

 



 私の心から、穏やかなハープの音が生まれる。


 それは、春の小川のせせらぎのように、二人の心へと届いていく。

 触れて、寄り添い、響き合っていく三つの音たち。

 不協和音が、少しずつ協和音へと変わっていく。


 こっちだよ。

 ハープの音色で手を引くように導けば、辺境伯様のヴィオラがついて来てくれる。


 大丈夫、怖くないから。

 そっと寄り添えば、セシリア様のコルネットが柔らかな音色に変わっていく。



 ……少し、頭が重くなってきた。でも、まだまだ大丈夫。

 もっと、もっと集中――。



 導き、寄り添い、お互いの音を聴かせてあげる。

 やがて、二つの音楽が重なり合う。

 それは、まるで父と娘がワルツを踊るように、朗らかで優しいデュエットを奏でていく。


 そして、

 

 天から降り注ぐような、淡く美しい金色の光。

 その光が、部屋全体を包み込むように広がっていく。



 そして――



 ヴィオラとコルネットの美しい二重奏デュオが、私の目に見えている。

 けど――その中に、もう一つの音楽が聴こえてきた。



 こめかみがズキンと痛む。

 ……大丈夫。まだいける。


 さっき聴こえた音は……誰の音?

 その音に耳を澄ませて、よく見えるように集中してみる。


 頭痛が、じわじわと強くなっていく。

 でも――もう少しだけ。

 集中を切らしちゃいけない……頑張れ、私!



 ……ああ、そうか。

 これは――アデル様の心の音。


 

 妻であり、母である女性ひと


 二人の記憶の中にあるアデル様が奏でているんだろう。

 二人を包み込むように、優しく広がるヴァイオリンの音色。


 光が、さらに強くなる。

 3つの音が重なり合い、美しい三重奏トリオが生まれる。


 そのトリオは部屋を抜け、城を抜けて、領地全体へ広がるように、高く強く響き渡る。

 閉じている私の目に映る音楽が、形を変えていく。



 ……これは?

 音楽が、何かの形になろうとしているみたい。


 私が困惑している中、その淡く美しい光は、一人の女性の姿を映し出した。



 これは――もしかしてアデル様?

 

 奇跡的な光景に、涙が溢れそうになる。



 その美しい女性は、辺境伯様とセシリア様に近づいていく。

 辺境伯様の胸に手を当てて、困ったような笑みを浮かべた後、やさしく抱擁した。


 次にセシリア様へと歩み寄って、聖母のような慈愛の笑みを浮かべながら、そっと抱きしめている。

 やがて、名残惜しそうにセシリア様の頬を撫でながら離れると、最後にこちらへと振り返る。

 


 その口が「ありがとう」と動くのが見えた――――。

 

 




 目を開ける。

 

 体が重い。

 頭が割れそうだ……。

 ぼやけた視界の中で、二人を探す。

 

 辺境伯様とセシリア様は、涙を流してお互いを見ていた。



「お父様……」


 セシリア様が、震える声で絞り出すように呟いた。



「私、わかったわ。お父様が、どれだけ私を愛してくれているのか……お父様の言葉の一つ一つに、どれだけの愛情を込めてくれていたのか。それなのに私は……」



 今までの自分の振る舞いを恥じるように、セシリア様は俯いてしまう。



「セシリア……」


 そんなセシリア様に、ゆっくりと辺境伯様が歩み寄る。



「私こそ……お前の夢を、情熱を……きちんと見ようとしていなかった。お前のその才能は、母親のアデルから受け継いだ、大切なものだ。それは、素晴らしいものだ」



 辺境伯様が声を震わせながら、セシリア様に想いを伝えている。



「アデルなら……お前の母親ならば、お前の夢を全力で応援しただろう」


「お父様……!」



 セシリア様が、父親の胸に飛び込んでいく。

 辺境伯様が、優しく娘を抱きしめた。

 

 ……ああ、良かった……。

 

 激しい頭痛で視界がかすんでいるけど、父娘が抱き合う姿を見て、ホッとする。

 無事に、お二人の心をつなげられた。


 そう思って安心したら――急に足元がふらついた。

 ああ、体から力が抜けていく。

 立っていられず、膝ががくんと折れそうになる。


 でも――もう少し――

 もう少しだけ、見届けたい……!

 


「大丈夫か?」


 アレクの低い声が、耳元で聞こえる。

 彼の腕が、しっかりと私を支えてくれている。



「……はい。大丈夫……です」


 自分の声がかすれているのを、どこか他人事のように感じる。

 頭が、ぼんやりとして重い。



 「無理をするな」


 彼の温かなチェロの音色が、疲れた私を包み込んでくれる。



「すまなかった、セシリア。私の偏見でお前を縛り付けようとして……」


「私もごめんなさい、お父様。こんなにも私のことを想ってくれていたのに……」


 二人の声が、遠くに聞こえる。

 アレクに寄りかかりながら、私はその光景をぼんやりと見つめていた。


 

「いいんだ……お前が幸せになってくれるなら、それだけでいいんだ……」


 二人は、しばらく抱き合って泣いていた。

 周りを見渡すと――ハンカチを目に当ててボロボロと泣いているエドワードさんと、同じく泣き顔のメイドさんたち。


 私の視線に気づいたエドワードさんは、サッと涙を拭って、私に向かって深々と頭を下げてきた。

 メイドさんたちにも揃って頭を下げられる。


 頭痛は、まだ少し残っているけど、聴こえてくる感謝の音色に、嬉しくて思わず頬が緩んでしまった。



「もう大丈夫か?」


 アレクが、心配そうに聞いてくる。



「はい……ちょっと頑張りすぎちゃいましたけど、もう大丈夫です」


「そうか、よく頑張ったな」


「ふふ……ありがとうございます」

 

 

 室内に響き渡る暖かな旋律が、どこまでも優しく私を包み込んでくれる。

 城全体が、この温かな心の音で満たされているようだった。

 

 





 その夜、領城ではささやかな宴が開かれた。

 

 大きなテーブルの上には、美味しそうな料理が所狭しと並んでいる。

 丸鶏の香草焼きは、香ばしい匂いが食欲をそそる。

 大きな魚のムニエルには、香辛料がふんだんに使われていて美味しそう。


 他にも、肉がたっぷり入ったシチューに、蒸した野菜に炙ったチーズがかけられたサラダ。

 あ、あれは私の好きなモル茸のグリル!

 あっちのパリパリに焼いたガレットも美味しそう!


 どれもこれも、今まで見たことも無いような手の込んだ料理が並んでいる。

 今か今かと食事の始まりを待っていたら、アレクが呆れたように苦笑いするのが見えた。


 仕方ないじゃない。

 こんなご馳走なんて、食べた事ないんだから!



 配膳が終わったようで、それぞれのグラスに飲み物が注がれる。



「では、アレクサンダー殿と、アリア嬢に感謝を」


 辺境伯様が杯を掲げた。

 私たちもそれに倣ってグラスを掲げる。



「アリア嬢。あなたのおかげで娘とわかり合えることが出来た。受けた恩に比べたら、あまりにもささやかだが、我が城の料理人たちが腕を奮った自慢の料理だ。ぜひ、遠慮なく食べて欲しい」


「そうよ、アリア。私たちは本当に感謝しているの。それに、あんな奇跡みたいな体験が出来て……とても嬉しいわ」


 辺境伯様もセシリア様も、とても穏やかで晴れやかな顔をしている。

 心の音を聴かなくても幸せを感じられるくらいだ。


 二人ともニコニコと、私が料理にかぶりついているところを見ている……そんなに見られると、ちょっと恥ずかしいです……。


 後ろで控えているエドワードさんも、給仕をしてくれた侍従の人たちや、様子を見に来たんだろう料理人の人たち、侍女やメイドの人たちも、みんなが嬉しそうに明るいワルツを奏でて、調和した音楽が室内に響き渡っている。


 この城に勤めている人達も、この素敵な親子の事を心配していたんだ。

 こうして仲直り出来たことを喜んでくれているんだろう。


 料理を美味しくいただきながら談笑していたら、セシリア様が改まった感じで感謝を伝えてくれる。



「ありがとう、アリア。本当にあなたのおかげよ」


「いえ、お二人が互いを大切に想っていたからですよ。私は、それをお伝えしただけで、大したことはしていません」


 思わず謙遜するが、本当にそうなのだ。

 セシリア様も辺境伯様も、どちらも家族としてお互いを愛していたんだから、それに気付かせればよかっただけ。


 傷つくのも、傷つけるのも怖がっていたその背中を、ちょっと押しただけ。

 本当にそれだけなんだ。



「そんな謙遜をして……でも、それがアリアらしいわ」


 セシリア様が、嬉しそうに微笑む。



「それでね、あの後お父様と話し合ったのだけど、これからは絵も描きながら、少しずつ貴族の責務も学んでいくことにしたの」


 セシリア様は、嬉しそうに微笑んだ。



「お母様のように、両立できるようにどちらも頑張るわ。もう、私には出来ないなんて泣き言は言わないの。お母様から受け継いだ、私という存在を大事にしようと思う」


 そう言って私に真摯な目を向けてくれるセシリア様は、とても美しかった。

 内面から溢れ出る覚悟が、彼女をいっそう美しく見せてくれているんだろうな。



「ゆっくりでいい。お前のペースでいいんだ」


 辺境伯様も優しく微笑んでいる。

 父と娘の心の音が、完全に調和していた。

 温かなヴィオラと、柔らかなコルネットの美しい二重奏。


 隣に座るアレクが、私の肩に手を置いた。



「よくやった」


 短い言葉。

 でも、彼の温かなチェロの音色が、私を包み込むように広がっていく。

 心からの賞賛と、少し誇らしい気持ちが溢れている。

 言葉は少ないけど、心の底から褒めてくれているから、嬉しくなっちゃうな。

 ……少し不器用だなぁとは思うけどね。



「はい。お二人が幸せそうで、私も嬉しいです」


 私も、心から微笑んだ。

 このチカラは、人を幸せにすることができる。

 そのことが、何よりも嬉しい。


 

 今まで話せなかった分を取り戻すように、幸せそうに話し合う親子を見ながら、そう思った。


 ふと――父娘の二重奏に重なり合う、もうひとつの音が聴こえてくる。

 二人を包み込むような、愛に満ちたヴァイオリンの調べ。


 父娘の二重奏デュオが、家族の三重奏トリオへ……。



「どうかしたか?」


 私の様子を不思議がったアレクが聞いてくる。

 けど、これは内緒にしよう。



「ふふ、なんでもないです」


 上機嫌でそう返す私を不思議に思っても、それ以上は聞いてこなかった。



「本当に、良かった……」

 

 思わず溢れた呟きは、賑やかな室内に溶けて消える。

 もう少し、この温かな音楽を聴いていたいと、目を閉じて耳を澄ませた。


 ――ありがとう。

 

 また、微かに聴こえた感謝の音。



「どういたしまして」


 小さく呟いて、幸せな気持ちに身を任せた。





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 これにて、第1章「調律師の目覚め」は終了です。

 突然目覚めたチカラに、戸惑いつつも前向きに生きていくアリアの様子を描いた章でしたが、いかがだったでしょうか?


 次は第2章「王都への旅」がスタートします。


 アリアのチカラの秘密を知るために、王都へ向かう事に。その道中で出逢う、ちょっと変わった人達。

 辺境から王都までの長旅で、アリアにどんな物語が待っているのか…。


 第2章も少しずつ書き溜めているので、折を見て投稿を始めます。


 応援やコメントを頂けると、とても励みになります。

 拙作ではありますが、アリアと仲間達の物語を、これからも追いかけてもらえると嬉しいです。

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