第20話 互いの想い

 エドワードさんに頼んで、辺境伯様に会う時間を取ってもらう事になった。


 セシリア様と私たちはゆっくりと歩きながら本館の応接間へと向かう。

 私とアレクとセシリア様の3人で、歩きながらお喋りを交わす。

 

 しばらくは何気ない雑談や、セシリア様の絵画のお話なんかをしていたのだが、アレクが私を守ると宣言した話になると、目を輝かせて喰いついてきた。



「という事は、アレクサンダー様はアリアに惚れ込んで、自ら騎士に名乗りをあげたんでしょう?」



 セシリア様がちょっとからかう調子でアレクに聞いてくる。



「アレクで結構ですよ、セシリア様」


 アレクは爽やかな調子で言った。


 

「そうですね……。アリアのそのチカラを目の当たりにして、自分が守るべき人だと思いましたよ」


「むぅ……サラッと返されたら、逆にこっちが恥ずかしくなるわ」


 アレクの答えに、ちょっと恥ずかしそうな様子のセシリア様。

 ぐるん!と私の方に顔を向けて、きらきらした目でこちらを見てくる。


 

「アリアはどう?アレク様のこと、どう思っているの?」



 アレクがセシリア様の質問を上手くあしらったせいで、こっちに飛び火してきた!?


「え?あ、えぇっと……た、頼りになる人だと思ってます。はい」


「何よそれ、そんな事を聞きたいんじゃないの。アレク様の事を、殿方としてどう見てるのかを聞いているの」


 私の下手なごまかしに、頬を膨らませて怒った振りをするセシリア様。



「え、いやっ、その……。素敵な男性だと思って……ます……よ?」


 しどろもどろで応えるが、自分でも顔が赤くなっているのがわかる。



「なんで疑問形なのよ。もー、アリアはこの手の話はてんで駄目ねぇ。もっとドキドキするような素敵な恋の話を聞きたいのに」


「うぅ……。村には同じ年頃の女の子が居なかったから、こういう話にはあまり慣れていないんですよぅ……」



 セシリア様がブーブーと文句を言うが、恥ずかしくてうまく応えられないのだ。


 でも、こうして恋バナ的な話を出来る相手がいるのは、凄く嬉しい。

 セシリア様も同じように思っているようで、さっきから心の音が弾んで、楽し気に響いている。


 そんな話をしていると、どうやら応接間に着いたようだ。

 扉の前を守っている騎士の人に、エドワードさんが話しかけている。

 エドワードさんが一度頷き、こちらに向き直った。



「旦那様は中でお待ちです。セシリア様、よろしいですか?」


 エドワードさんがセシリア様に問いかける。多くは語らず、強い視線で覚悟を問いかけているようだった。

 セシリア様はその視線を正面から受け止め、力強く頷いて返す。



「心の準備は出来ています。エドワード、扉を開けてちょうだい」


 セシリア様の覚悟を受け取ったエドワードさんは、一瞬だけ優しい顔になったが、すぐに表情を引き締めて話しかけてくる。



「かしこまりました。……アリア様方も準備はよろしいでしょうか?」


 私とアレクにも、覚悟を問うかのような視線を向けてくる。

 強い視線に怯みそうになるが、ここで怯んでいる場合ではない。自分に気合を入れて、背筋を伸ばして頷き返す。



「はい。私も大丈夫です」


 返事を返したタイミングで、アレクも了承の合図を送っていた。


 私達の準備が整っている事を確認したエドワードさんは、くるりと扉へ向き直り、コンコンとノックをする。



「旦那様、セシリア様とアレクサンダー様、アリア様がいらっしゃいました」


 扉の向こうに居るであろう、辺境伯様へと確認を取っているようだ。



「入れ」


 辺境伯様の威厳のある声が、短く響いた。

 エドワードさんが恭しく扉を開け、セシリア様が中へと入る。私もそれに続いて執務室の中へと足を踏み入れた。




 中に入ると辺境伯様が窓際に立っているのが見えた。


 彼のヴィオラが、深い悲しみの哀歌を紡いでいるのが聴こえてくる。


 昨日、セシリア様が座っていた庭園を、少し寂し気な眼差しで見下ろしていたが、軽く息を吐いた後、こちらに振り返った。



「よく来てくれた、アレクサンダー殿、アリア嬢。セシリアとも仲良くしてくれているようだね」


 セシリア様を気にしながらも、まずは私達へ優し気な笑顔で挨拶をしてくれる。



「こちらこそ、セシリア様とは楽しくお話させていただきました」


 私も笑顔で挨拶を返してみた。

 私の横にいるセシリア様も、その通りだというように頷いた後、こちらに柔らかい笑みを向けてくれる。



「それは良かった。アリア嬢さえよければ、またセシリアの話し相手になってあげて欲しい。アレクサンダー殿も、今後とも良い関係を築けていけたら嬉しい」


「もちろんです。私もセシリア様とお話させていただきましたが、大変良い経験となりました。これからも、アリアと一緒に良い関係を築いていきたいと考えております」


 アレクが恭しく頭を下げて辺境伯様に応える。

 アトリエからこの執務室へ来るまでの短い間ではあったが、アレクもセシリア様に良い印象を持っている様子だった。


 それからも軽い世間話で会話を続けていたが、辺境伯様の心の音がゆらゆらと揺れており、会話に集中していないことがよくわかる。


 セシリア様と私が、どんな話をしたのか聞きたいのだろう。

 私が上手く彼女に伝えてくれたのか、気になって仕方がないのだ。


 どうやって話を伝えようかと考えていると、辺境伯様がやや大げさに話し出した。



「私としたことが、レディ達を立ちっ放しにさせてしまうとは。立ち話もいいが、一度座ってゆっくりと話をしようではないか」


 そう言って私達をソファへと誘導してくれる。

 私の隣にアレクが座り、辺境伯様の隣にセシリア様が座った。


 メイドの方達がタイミング良くお茶を運んできてくれて、昨日と同じ、とても香りのよい紅茶が私達の前に置かれる。

 一度紅茶を口に含んで喉を潤し、気持ちを落ち着けて仕切り直す。



「辺境伯様。先程、セシリア様とお話させていただきました。セシリア様の絵に対する情熱の他にも、亡くなられたお母様のことも……」


 私が本題を切り出すと、僅かに身体を固くした辺境伯様が、こちらに視線を向けてくる。



「アデルの事を聞いたか……。そう、妻は芸術をこよなく愛する人だった。アトリエに行ったなら見ただろう?あそこに飾られている絵は、ほとんど彼女が描いたものだ」


 彼の複雑な心情を表すように、心の音もまた複雑な響きを奏でている。

 悲嘆や哀惜のヴィオラが響く中で、それを包むように奏でる思慕と感謝の音色。



 ……ああ、この方は、今でも奥様を愛しているんだ。



「はい、見せていただきました。私は芸術についてはよくわかりませんが、風景画も肖像画も、とても温かな印象を受けました。きっと、描いた方が温かくて、素敵な人なんだろうなって思っていました」


 素直な感想を伝えると、辺境伯様は嬉しそうに目を細めた。



「妻の絵を褒めてくれてありがとう。そう、彼女は芸術の才能があって、絵や音楽が大好きだった。きっと、彼女が生きていたら、アリア嬢が聴いている人の心の音にも、とても興味を示しただろうな」


 懐かしむように語る言葉にも、いろいろな感情が含まれている。

 顎に手を当てて、頷くような仕草をしながら話してくれる。



「それに、亡き妻は放蕩家ではなく、領地経営ではしっかりと私の補佐を勤めてくれて、社交場でも一目置かれる存在だった。家庭ではセシリアに愛情を注いでくれていた……」


 遥か遠い彼方へと想いを届けるように、遠くを見つめながら辺境伯様は、心の内を少しづつ吐き出していく。



「そう、彼女は素晴らしい女性だった。きっと、今のセシリアの事も理解して、こんな拗れた関係になることも無かっただろう……」


 頭痛を抑えるように右手を額に当てて、俯いている。少しずつ弱音を吐き出す彼に、肯定の肯首を返してみる。



「私も、5年前に母を流行り病で亡くしました。父は私を愛してくれていますが、やはり心の何処かで『母だったらわかってくれたのに』と、思う事もあります」


 軽く肩をすくめて「父には申し訳ないですけど」と少しおどけた調子で話してみる。



「そうか……君も、母親をあの時の疫病で亡くしていたか」


 痛ましいものを見るように、眉間に皺を寄せながら呟く辺境伯様。



「あの疫病で愛する人を喪った領民は、数多くいる。未だ傷が癒えない者も多いだろう。あの時は私も領主として病の鎮静化に尽力したが、救えなかった命は数多くいる。アリア嬢の母親もその内の一人だ……すまなかった、私を恨んでくれていい」


 そう言うと、辺境伯様は俯けていた顔を上げ、私を正面から見据えて黙礼をしてくれた。



「……へ、辺境伯様のせいではないです!確かに母を喪ったのは悲しいですけど、誰かを恨んだりはしてません」


 私は慌てて両手を前に出して、やめて下さいとお願いする。



「ありがとう。あの疫病は、領主として責任を感じていてね、そう言ってくれると少し気持ちが楽になる」


 あの疫病は、辺境伯様がどうにか出来たものではない事は、みんな知っている。

 それでも、喪った者の為に心を痛められるこの方は、人として素晴らしいと思う。


 尚更、セシリア様とのすれ違いを無くしてあげたいと、強く思った。



「辺境伯様、セシリア様とお話しさせてもらった時に、お互いのすれ違いを強く感じました。辺境伯様もセシリア様も、上手く伝えられていないだけなんです」


 私の言葉を聞いて、辺境伯様はハッと気がついたようにこちらを見た。


「すれ違い」と言った私の言葉を、正しく受け取ってくれたんだろう。

 表情が、希望を見つけたように明るいものへと変わっていく。



「すれ違い……なのか?娘は……セシリアは、私の事を嫌いになっていないのか?」


 外見は威厳を保ったまま、声も少しだけ震えている。少し弱音を吐いてくれてるけど、その姿は威厳たっぷりだ。領主としての風格があって、堂々とされている。


 でも、心の中は全く違う。メロディア村のエミールのように、細く高く、不安気にフルートのような音色が聴こえてくる。


 ……こんな立派な方でも、子供みたいに不安になるんだなぁ。ちょっと可愛いと思ったのは、流石に不敬だよね。



「お父様を嫌いになんてなっていないですよね、セシリア様?」


 ここまで一言も喋らず、静かに会話を聞いていたセシリア様。澄ましたお顔をしているけど、心の音は大混乱でいらっしゃる。

 多分、父親である辺境伯様が弱音を吐く姿なんて、見たことがないんだろうね。うちの父もそうだけど、父親って生き物は、娘には弱い姿を見せたくないみたいだし。


 セシリア様は父親に見限られていて、見捨てられるんじゃないかと不安になっていた。

 一方、父親の方は娘に嫌われていると思い込んで、不安になっている。これじゃ、どっちもどっちだ。



「わ……私はお父様を嫌いになんてなっていません。むしろ、お父様が私の事を見限っているんじゃないかと思っていました……」


 セシリア様は動揺しながらも、自分の気持ちを素直に言葉で言えたと喜んでいるのが、なんとも可愛い。


 そんな娘を見つめる辺境伯様。こちらから見える横顔が、驚きで固まっている。

 

 今ならお互い素直に話せるんじゃないかな?と思って、邪魔しないようにそっと見守る事にする。


 辺境伯様が、娘を見た。



「セシリア……」

 その声は、震えていた。

 

「お父様……」

 セシリア様も、父親を見つめる。

 

 二人の間に沈黙が落ちる。でも、その沈黙は、お互いへの想いで満ちていた。

 私は、二人の心の音に耳を澄ませる。


 ———どちらも、愛に満ちた音だった。


 辺境伯様の心地良いヴィオラが、ずっとセシリア様への愛情を紡いでいる。

 でも、どんな言葉で伝えたらいいのかわからないんだ……。

 きっと、亡くなった奥様ならどうしただろう?ってずっと考えているんだろうな。

 

 セシリア様の柔らかなコルネットが、父親への愛情で揺れている。

 母親への想いと、「お母様なら、わかってくれたのに」というような寂しさも感じられる。

 

 二人の音はバラバラだ。お互いの音がぶつかり合って、不協和音になっている。

 だけど、その根底には、同じテンポの音があるんだ。

 家族として、お互いを愛している。お互いを大切に想っている。


 二人は、言葉を見つけられずにいる。

 ――なら。



「お二人とも」


 私は立ち上がって告げる。



「目を閉じてください」


 二人の顔を見ながら、想いを伝えるように。



「そして、私を信じてください」


 辺境伯様とセシリア様が、驚いた表情で私を見る。



「私が――お二人の心を、繋げます」



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