第12話 辺境伯からの招待2
「待たせたな。さあ、そのエドワードとやらに、話を聞きに行こうか」
「へ、変な事聞いて怒らせたりしないでくださいよ!?」
挑発的な笑みを浮かべながら、何も言わずに歩き出すアレク。
……もう!こうなったら、何も言ってくれない。短い付き合いだけど、それくらいはわかる。
諦めてため息を吐いて、慌てて追いかける。
「本当に喧嘩を売ったりしないでくださいね!?頼みますよ?」
「失礼な。お前の前で喧嘩を売ったりしたことはないだろう?心配するな、任せておけ」
そんな話をしながら歩いていると、私の家が見えてきた。
「あれは確かにピアニッシモ辺境伯の紋章だ。お前が言っていた通りだな」
アレクが、目を細めて馬車を見ながら言った。
私には紋章の形まで見えないのに……アレクさん、目がいいんだな。
「俺が辺境伯の遣いと話をするから、お前は後ろで黙っていてくれ」
「黙っていてくれって……」
私は思わず反論する。
「呼ばれているのは私なんですよ?さすがにエドワードさんに失礼じゃないですか?」
でも、アレクは落ち着いた雰囲気で、もう一度言ってくる。
「いいから、俺に任せろ。悪いようにはしない。俺を信用してくれ」
私の目を、真っ直ぐ見ながら言う。
……そんな顔で言われたら、何も言い返せなくなる。
真剣な顔にドキッとして意識を持っていかれた。
それに気付いて思わず顔が熱くなる。
「わ、わかりました。アレクさんを信用します」
赤くなった顔を見られないように、顔を背けながら答えたけど、アレクはこちらの様子に気付いていないようだった。
そして、父と和やかに会話をしていたエドワードさんが、こちらに気付いて声を掛けてくれた。
「アリア様、もう用事はお済みですか?そちらの男性が、相談したいとおっしゃっていた方ですか?」
柔和な笑みで、こちらに確認を取ってくるエドワードさんに、アレクが一歩前に出て、話しかけた。
「はじめまして。私はアリアの護衛を務めている、アレクサンダー・フォン・ヴァレンシュタインと申します」
……え?アレクが、今まで見たことがないような丁寧な所作で、エドワードさんに挨拶をしてる。
こんな挨拶できるんだ。てっきり貴族育ちなのに丁寧な挨拶とかは苦手なのかと思ってたよ。
「ヴァレンシュタイン……。貴方は、ヴァレンシュタイン騎士爵家のご出身ですか。となると、王都で近衛騎士を務めていたアレクサンダー様でいらっしゃいますね?」
「よくご存知で。面目もなく近衛騎士の栄誉は辞しましたが、今はこの通りこの地で、警備隊として貢献させていただいておりますよ」
お互い丁寧な口調で会話を重ねているけど、なんというか和やかじゃない。
探り合っているような緊張感がある。
これがお貴族様とかの会話なのかな?ちょっと怖い。
「アリアから、ピアニッシモ辺境伯様よりご招待を受けたと聞き及びました。直接、手紙まで頂いたと。内容が難しくて、よくわからなかったと落ち込んでおりましたが、貴族式の文章で書かれたものでしょうか?」
アレクの言葉に、エドワードさんが一瞬反応する。
彼の心の音――ティンパニのリズムが早くなった。……ちょっと焦ってる?
「あなたは、ピアニッシモ辺境伯様の侍従ではありませんよね?もっと上の立場の方だ。違いますか?」
アレクがチェロの低音を響かせながら、追撃するように問いかける。
「……参りました。貴方のような方が居ることは、想定外です。いかにも、私はピアニッシモ辺境伯様の筆頭執事を務めさせて頂いております」
エドワードさんは観念したように、自分の身分を明かした。
今のやり取りと、身分を隠していた意味がわからないんだけど……。
「アリア様にも不誠実な事をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。ただ、今回のことはピアニッシモ辺境伯様のご意志ではなく、私が諫言しての事でございます。辺境伯様が不誠実を働こうとした訳ではない事を、ご承知いただきたい」
「え、ええと……エドワードさんとアレクさんのやり取りも、なんでエドワードさんが謝っているのかも、よくわからないんですが……」
正直に伝えると、アレクが呆れたようにため息を吐いた。
「お前、そんなんじゃ貴族や豪商達に搾取されるだけだぞ?今のはな、このエドワード執事長が仕組んだ事で、お前が怪しい人物じゃないかを確認していたんだよ」
「怪しい!?私が?」
「そうだ、ピアニッシモ辺境伯の立場で考えてみろ。自分の領地の中にいきなり現れて、住民達に近づいて、悩みを解決して回る人物。そう考えたら怪しくないか?」
「そ、そういう言い方をされたら、確かに怪しく感じるかも……」
アレクが、やれやれと肩をすくめて説明を続けた。
「辺境伯様の人柄は知っているが、非常に誠実でお優しい方だ。無闇に猜疑心に駆られる事はないだろう。しかし、臣下達はそうはいかない。主人に害が及ぶ事のないよう、下調べなどをするのは当然だ」
「なるほど。じゃあ、エドワードさんは、私が怪しい人物かを見に来たという事ですね」
アレクの説明で、なんとなくではあるが、経緯を理解した。
お貴族様の下で働くのも大変だ。
「今回はそれだけじゃないだろう。ただの下調べに執事長が出張ってくるなんて事は、ほぼ無い。調べるだけなら下っ端でも出来るしな。おおかた、ピアニッシモ辺境伯自身が、直接アリアに会いたいと望んでいるんだろう。それも、出来るだけ早く。だから、執事長自らアリアの調査と交渉に乗り出したんだろう」
そう言って、エドワードさんをちらりと見るアレク。
エドワードさんは言葉を挟む事もなく、静かに佇んでいる。
「手紙が貴族式の書き方だったのも、アリアの反応を見るためだろう。普通の平民は読めないが、貴族と付き合いがある場合には、読めたりするだろうからな。その反応で、裏に他の貴族の影がないかを見たのさ」
「はぁぁ……そんな事まで考えて動いているんですね。ちょっと頭が痛くなりそうです」
アレクが、私の頭にポンと手を置いて、エドワードさんに向き直る。
「どうですか?当たらずとも遠からず、といったところだと思いますが」
静かに佇んでいたエドワードさんだったが、アレクの言葉を受けて深々と腰を折った。
「素晴らしい慧眼、恐れ入りました。アレクサンダー様は武勇だけではなく、知恵者でもあったとは」
エドワードさんは、アレクの言った事を認めた。私の調査と観察をしていたんだ。
「アリア様にも改めて謝罪を申し上げます。実のところ、ここに来るまでに寄った村で調査は済んでまして、最後の確認として手紙を使わせていただいたのです。それも、アレクサンダー様に看破されましたが」
「あ、頭を上げてください!全然気にしていませんから!」
私にも頭を下げられて焦ってしまう。正直、アレクの説明もあったおかげで、エドワードさんに嫌な感情は抱いていない。
「ありがとうございます。それでは、辺境伯様の領城まで、お越しいただけるという事でよろしいでしょうか」
「はい。お邪魔させていただきます。アレクさん、お父さん、いいよね?」
私がはっきりと返事をすると、エドワードさんのホルンが愉し気に響き渡った。
「仕方ない。エドワード殿、領都までの旅費は、そちらで用意して頂けるのでしょうか?」
良かった。アレクがお金のことを聞いてくれた。
大事なことだけど、私から聞きにくかったから、代わりに言ってくれて正直助かる。
「もちろんです。こちらに旅費と、予備の予算をご用意してあります。どうぞお納めください」
エドワードさんが懐から袋を取り出すと、じゃらりと硬貨がこすれる音が響く。
見るからに、ずっしりと重そうな袋。
「あ、あの……アレクさん、受け取ってもらえますか?出来れば、管理もお願いしたいんですけど……」
私は重そうな袋に尻込みしてしまって、アレクに丸投げしようとしたら「お前な……」と呆れながらも請け負ってくれた。
エドワードさんとアレクが、具体的な日取りを相談して、領城に伺う日取りが決まってしまう。
「それでは、お城の管理も任せっきりにしていますので、すぐに帰らなければなりません。慌ただしくて申し訳ありませんが、次は領城でお会いしましょう」
そう言って、エドワードさんは本当にすぐ帰って行ってしまった。
ピアニッシモ辺境伯様。
この地を治める領主様。
家に入ってから、改めてご領主様の元に行かなければならないんだって考えて、怖くなってしまった。
どうしよう。失礼な事をしたら、罰せられたりするのかな。
アレクさんは優しい人だって言ってたけど、怒らせたら大変だ。
家に入っても落ち着かなくて、ウロウロ歩いてしまう。
「アリア、大丈夫か?」
「お父さん……何か失礼な事をしちゃったら、牢屋に閉じ込められたり、罰せられたりするのかな……?」
不安になって父に聞くと、横からアレクが呆れたように茶々を入れてくる。
「何を馬鹿な心配してるんだ。大昔ならまだしも、今どきそんな事になるわけないだろう」
「む……馬鹿って言わないでくださいよ。ご領主様なんて、お会いしたこともないんですから、心配になったっていいでしょう?」
私はむくれてアレクに言い返す。
「貴族といってもただの人間だ。お前のチカラの前では、身分なんて意味がないさ」
元気づけるように私の肩に手を置いて、そう言ってくれるアレク。
「ピアニッシモ辺境伯様はお優しく、聡明な方だと有名だ。多少の無礼くらいなら、笑って許してくれるさ。大丈夫だアリア」
父も元気づけるように、頭を優しく撫でてくれる。
「……わかった。まずは領都までの旅の準備をしなきゃね。アレクさんも行ってくれるんでしょう?」
「もちろん。俺は、お前の護衛であり、騎士だからな」
アレクが自信たっぷりに言い放つ。
その姿を見て、ようやく肩の力が少し抜けた気がした。
「あ……そういえば」
ふと思い出す。
「アレクさんって、実は頭が良かったんですね。エドワードさんとの会話を聞いて、びっくりしました」
「お前な……俺を何だと思ってる?」
アレクが、呆れたようにため息を吐いた。
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