第11話 辺境伯からの招待1

 村々を巡る旅から戻って、三日が経った。

 アンダンテ月の終わり。


 初夏から本格的な夏へ、季節が移り変わろうとしている。

 ……いつの間にか、こんなに時間が経っていたんだ。いくつもの村を巡って、たくさんの人の心の音を聴いて、気づけば季節まで変わっていた。

 

 私は、薪を割る父の横で手伝いをしていた。

 父が斧を振り下ろす。

 ガツン、という音とともに薪が割れて、私はそれを拾って積んでいく。


 強く照りつける日差しの下で動いていると、額に汗が滲む。でも――心地よい疲労感だ。

 旅から戻ってからの、穏やかな日常だ。

 


「アリア、この暑さだ。具合が悪くなる前に水を飲んでおけ」


 父が優しく声をかけてくれた。

 彼のコントラバスが、深く重厚な低音を響かせる。その揺るがない音色に、私は安心感を覚える。



「うん、わかった。お父さんの分も汲んでくるね」


 薪割りをしている裏庭から移動して、桶を取ってくる。

 井戸の水を汲んで、タオルで汗を拭きながら喉を潤していると、村の入り口の方から、馬の蹄の音が聞こえてきた。


 また依頼人かな?

 村の入り口が見える位置へ移動し、確認してみると、視界に入った光景は私の予想外のものだった。

 

 村の入り口に見えたのは、2頭立ての立派な馬車。

 濃紺に塗られた外装には、金色の縁取りがされていて、一目で豪華な馬車だとわかる。

 そして、扉に描かれた紋章。


 あれは……お貴族様の馬車?

 この村に、お貴族様が来るなんて珍しい。いや、珍しいどころか――ほとんど無いこと。


 村の入り口で見張り役とやり取りしていた馬車が進み出す。

 ゆっくりと進む馬車が、グスタフさんの家を通り過ぎる。

 小川を渡って――だんだんと、我が家に近づいてくる。


 ……え。もしかして、私に?


 いやいや、そんなわけない。

 お貴族様が、私なんかに用事があるはずないでしょ。

 でも――なんか嫌な予感がする。


 気になって馬車を目で追っていると、どんどんこちらに向かってくる。

 心臓がドキドキし始めた。ああ、こっちに来る……。

 やがて嫌な予感がした通りに馬車が我が家の前で止まり、中から一人の男性が降りてきた。

 

 五十代くらいの男性で、私たちが着ている服とは全然違う、見るからに仕立ての良い服装。

 背筋がピンと伸びていて、顔には柔和な笑みが浮かんでいる。どこかのお貴族様に仕える、侍従か執事かな?

 彼の心から、静かなホルンの音が聴こえてきて、その奥にリズミカルなティンパニの音もある。

 複雑な感情だけど、職務に忠実な人なんだろう。


 その男性は、私の方へ歩み寄ってきた。

 


「こちらに、アリア・カンタービレ様はおられますか?」


 丁寧な口調で問いかけられて、私は慌てて駆け寄った。



「は、はい!私です!」


「左様でしたか。初めまして、私はピアニッシモ辺境伯様の従者を務めております、エドワードと申します」


 エドワードと名乗った男性が、深々と一礼した。


 ピアニッシモ……辺境伯!?



「こちらを」


 丁寧な動作で、私に向かって美しい封筒を差し出してきた。

 上質な紙には金色の縁取りがほどこされ、蝋で封がされている。

 印章の図形は、確かにこの地を治める領主であるピアニッシモ辺境伯家の紋章だった。

 

 私は震える手で、それを受け取った。

 ……この場で開けていいのかな?それとも、家に入ってから?レターオープナーってどこにしまってあったっけ?

 初めての経験で動揺してしまう。正解がわからない。

 どうしよう……。

 そんな私の混乱を察したのか、エドワードさんが優しく促してくれる。

 


「どうぞ、この場で封を開けて中身をご確認くださって結構ですよ」


 エドワードさんに促され封を開けると、中には丁寧な文字で書かれた手紙が入っていた。

 手紙の内容は、季節の挨拶から始まって――

 ……えっと。なんて書いてあるんだろう?

 字は読めるのに、言い回しが難しくて何を言ってるのかわからない……

 内容が、頭に入ってこない……困った。


 

「あ、あの……申し訳ありません。難しくて内容がよくわからないんですが……」


 私は恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら、エドワードさんに尋ねる。



「ああ、貴族式の手紙は初めてですか?少々わかりにくい言い回しが使われていますから、読みにくいかもしれません。アリア様、気づかず申し訳ありませんでした」


 エドワードさんが、私に向かって軽く頭を下げてくる。

 間違いなく私なんかよりずっと偉い立場にいる人に頭を下げられて、軽くパニックになってしまう。

 


「あ、頭を上げて下さい!手紙も読めない私が悪いんです」


「いいえ、貴族式の文章は、読み方を知らなければ理解が難しいものです。アリア様が悪い訳ではありません。もしよろしければ、手紙を拝見させていただけますか?私が内容をかいつまんでご説明させていただきます」


 エドワードさんは、あくまでも丁寧に私に接してくれる。

 でも――何故こんなに丁寧なんだろう。

 私より遥かに偉い立場にいるはずなのに。


 私は、恐縮しながらも自分では理解出来ない手紙を手渡す。

 エドワードさんは「では、失礼して」と言いながら、手紙を読んでいく。

 


「アリア様。手紙の内容を確認しましたが、このままお伝えしてもよろしいですか?」


「は、はい。お願いします」


「ピアニッシモ辺境伯様は、貴女が領地内の街や村で起きていた諍いの解決に尽力されたことに、非常に関心を持たれています。ぜひ一度、領都まで来ていただいて、お話を聞かせてもらいたい。と、書かれております。また、アリア様のご都合が良ければ、すぐにでもお願いしたいそうです」


 手紙を読み終えたエドワードさんは、静かに私の返答を待っている。


 領都に来て欲しい?

 誰に……私に!?



「ピ、ピアニッシモ様って……あの……辺境伯様で、ここの領主様で間違いないですよね?」


「はい。左様でございます」


 何かの間違いであって欲しいと、縋る思いで聞いてみたけど、あっさりと頷かれてしまう。

 改めて、とんでもない事になったと認識して、急速に体が冷えていく。

 指先が冷えて、足が震えてくる。

 


「アリア、どうした?なかなか戻ってこないから心配したんだが……ん?どちら様ですかな?」


 父が裏庭からやって来て、私に声を掛けたけど、馬車とエドワードさんに気づいて眉を顰めた。



「私は、ピアニッシモ辺境伯様の遣いで、エドワードと申します。そちらはアリア様のご尊父様ですかな?」


「ピ、ピアニッシモ辺境伯様!?ご、ご領主の遣いの方が家に何の用で!?」



 父は見るからに慌てた様子で挙動不審になる。

 ちょっと情けない父の姿を見て、逆に冷静になれた。

 よし、まずすべき事を頭で整理して、エドワードさんに返答しないと。


 

「お父さん、ピアニッシモ辺境伯様が私の話を聞きたいから、お城まで来て欲しいそうなの。これは、断れないお願いだろうし、行って来てもいいかな?」


 まだアタフタしている父に向かって、簡潔にピアニッシモ辺境伯家に呼ばれている事を伝える。



「ご領主様に呼ばれた!?アリア、お前がか?周りの村で問題解決に走り回ったから、ご興味を持たれたのか?」


「多分、そうだと思う。アレクさんにも一緒に行ってもらうようにお願いしないと」


 父にとって、ご領主様の存在はとても大きいんだろう。

 いつも寡黙で冷静な父の、見たこともない慌てぶりに、ちょっと可笑しくなってしまう。

 


「エドワードさん。ちょっとここで待っていてもらえますか?もう一人、相談したい相手がいるんです」


「かしこまりました。ここで待たせていただきますので、ごゆっくりと相談されてきて下さい」


 エドワードさんが、優しく微笑んでくれる。



「ありがとうございます。では、ちょっと行ってきますね」


 そう言って、私は軽く駆け出した。

 アレクさんに、相談しなきゃ。この時間だと、アレクは愛馬の手入れをしているはずだから、宿に向かえばいいかな?

 考えながら走っていると、何事かと馬車の方を見る村人達とすれ違う。

 


「アリア、ありゃご領主様のとこの馬車じゃねぇか。何かあったのか?」


 グスタフさんが家の前に立っており、こちらに心配そうな顔で聞いてくる。



「なんか、ご領主様が話を聞きたいそうで、お城に来て欲しいんだって」


「そうかい!お前の評判を聞いて呼ばれたんだな。そりゃ名誉な事だ、良かったじゃねえか!粗相の無いように気をつけるんだぞ!」


 グスタフさんが明るく励ましてくれる。



「ありがとう。それで、アレクさんに相談したいんだけど、見かけなかったかな?」


「いや、まだ村から出ていねぇと思うぜ。宿で馬の世話をしてるんじゃねぇか?」


「わかった。ありがとう!」


 私はグスタフさんにお礼を言い、また駆け出した。

 名誉な事と言われて、少し嬉しくなる。

 

 やがて、アレクが泊まっている宿に着き、厩舎がある裏手へと回る。

 予想通り、アレクが愛馬のお世話をしていた。


 

「あ、いたいた。アレクさん、おはようございます!」


 丁寧に馬にブラッシングをしていたアレクが、こっちに気付いて顔を向ける。



「アリアじゃないか。こんな時間から慌ててどうした?親父さんに怒られて逃げて来たのか?」


「違いますよ!そんなマネした事ないじゃないですか!」


「冗談だ、そんなに怒るな」


 アレクは朝の光を浴びながら、爽やかに笑った。

 その笑顔にちょっとドキッとしてしまう。

 でも――そんな事をしている場合じゃない!私は頭を振って気持ちを切り替える。

 


「それより、アレクさんに相談があるんです!ここのご領主様から話を聞きたいと、お城に呼ばれたんですよ」


「領主というと、ピアニッシモ辺境伯様か?」


 アレクの顔が真剣なものに変わり、鋭い目付きで聞いてくる。



「そうです。ピアニッシモ辺境伯様のご家来の方が家の前に来ていて、ご領主様からの手紙を代わりに読んでくれたんです」


「そうか……ん?手紙を代わりに読んでくれた?アリア、お前文字は読めたよな?」


 私がエドワードさんに手紙を読んで貰ったことを言うと、アレクが訝しむように聞いてくる。

 もちろん、私は文字を読めるんだけど……あの手紙は書き方が難しかったんだ。


 

「文字は読めるけど……頂いた手紙は言い回しが難しくて、ちょっと意味がわからなかったんです。お貴族様の手紙って、全部あんな感じなんですかね?」


「いや、貴族同士で手紙をやり取りする時なんかは、貴族式の文章を使うが、平民に宛てる手紙や家臣への指示書なんかは普通の文章で書くぞ」


 アレクは貴族生まれだから、こういった事には詳しいようだ。私が貴族式の手紙を受け取ったのが、おかしいと感じているらしい。



「……なるほど、そのエドワードとやらか、ピアニッシモ辺境伯のどちらかだな。手の込んだことだ」


 よくわからない事を言って、一人で納得している。

 でも、こちらはさっぱりわからない。何かあるなら教えて欲しいんだけど……。


 

「その手紙って、何かおかしいんですか?もう、アレクさん一人で納得してないで教えてくださいよ」


 ちょっとむくれて言うと、アレクは少し考えてから答えた。



「いや、確証がないから迂闊には言えないな。これからそのエドワードに直接話を聞いてみる必要がある」


「えぇ……。変なことじゃないですよね?大丈夫ですよね?」


 アレクは大丈夫だとでも言うかのように頷くと、「待っていろ」と言い残して宿の中に入って行ってしまう。


 不安な気持ちのまま待っていると、着替えを済ませたアレクが宿から出てきた。

 その顔には――挑発的な笑み。……何か、企んでる顔だ。



「待たせたな」


 アレクが、いつもとは違う雰囲気で言う。



「さあ、そのエドワードとやらに話を聞きに行こうか」



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