第3話 AI案・人間案・消したくなる案

夜。

自宅のローテーブルの上に、ノートPCとノートとコンビニのサラダ。


川柳の下書き用ノートはもう何冊目か分からないけど、今日はいつもと違う武器を出す。


ブラウザを開いて、例のページを表示した。



〈短詩生成サービス(β)〉

お題を入れると、五七五や短歌を自動で出してくれるやつ



大河内のツールとは別物だけど、中身は似たようなモデルらしい。


グループチャット《チーム相良》に打つ。


悠:

今からAIと一緒に叩き台つくってみる

テーマ「AIそのもの」で


数秒で既読が3つ付く。


文香:

見てるだけ参加したい

(書くのは明日からにさせて)


真帆:

スクショいっぱい送って

ついでに黒歴史もお待ちしてます


沙耶:

生成ログ全部残しとくので

変なやつもちゃんと提出してください


「ちゃんと提出してください」のところだけ太字なのが、地味に怖い。



入力欄に打つ。


お題:AI

トーン:皮肉まじり

形式:五七五


Enter。


数秒後、候補がずらりと並ぶ。


1つ目。


人間を 追い越すつもり 相棒よ

(※五・七・五)


「うわ、ちゃんとしてる」と俺。

「五七五は守ってるね」と真帆。


文香が首をかしげる。


「でも、“追い越すつもり”って、ちょっと怖くないですか。“追い越される側”としては」


「まあ、素直ではある」と俺。


2つ目。


便利だが どこかさみしい 黒い箱


真帆が言う。


「“だけど”じゃなくて“だが”にしてくるあたり、律儀だね」

「“だが”って言い方、ちょっと古風で好き」と文香。


沙耶は腕を組んだ。


「なんか、“きれいにまとめました”って感じで全部それっぽいのがムカつくんだよな〜……」


3つ目。


心など なくても今日も 歌を詠む



一瞬、黙る。


「……これ、刺さる人多そう」と真帆。

「“心など”って切り捨て方が、逆に人間味あるよね」と俺。


沙耶が唇を尖らせた。


「うち、嫌いじゃないけどな、その感じ。“心ある側”がメソメソ言ってるよりスパッとしてて」


スクショを撮ってチャットに送る。


悠:

とりあえずAI案3つ

(全部そこそこ上手くて腹立つ)


すぐ返事が来る。


真帆:

1=企業の広報が好きそう

2=CMで使われそう

3=“心など〜”は昨日の大河内案件とセットで炎上しそう


文香:

どれも“まとまってる”けど

「あんた誰?」感はある


沙耶:

AI案=きれいな紹介文

このままだと刺さらないですね


(だよなぁ)



AIの三つをノートに書き写す。


人間を 追い越すつもり 相棒よ

便利だが どこかさみしい 黒い箱

心など なくても今日も 歌を詠む


ここから、どう“自分寄り”に崩すか。


(正直なところを書いたほうが強いのは分かるんだけど)


ペンを噛みそうになるのを我慢して、2つ目をいじってみる。


元:


便利だが

どこかさみしい

黒い箱


少し考えて、全部言い換える。


便利でも 自分の弱さ 映る箱

(よし、ちゃんと五七五)


スクショを撮って送る。


悠:

AI案2を全部いじってみた

「自分の弱さ」入れた


真帆:

うわ、急に部屋の生活感出た

「自分の弱さ」で一気に人間の句


文香:

“どこかさみしい黒い箱”→外から見た感想

“自分の弱さ映る箱”→自分の話、いいと思う


沙耶:

AI案=外側からの説明

悠案=自分の顔まで写ってる

方向性としてはこっち推しです


調子に乗って、3つ目もいじる。



元:


心など なくても今日も 歌を詠む


少し黙ってから、ノートに書く。




うらやまし 恥ずかしがらぬ その頭

(……ちゃんと五七五だし、内容もだいぶ本音だな)


またスクショを送る。


悠:

3つ目は完全に差し替え

「こっちが羨ましい」ってストレートに言ってみた


真帆:

これはかなり好き

“羨ましい”って認めた瞬間、キャラ立った


文香:

AIへの嫉妬を書くの、わりと覚悟いるよ

読んだ側も「分かるわ……」ってなるやつ


沙耶:

大河内の「旧型PC」発言への

逆方向の返事になってていいです


AI案の「心など〜」は、外から淡々と眺めた一句だった。

こっちは完全に、“負けを認めてる一句”だ。


(こういうの出すの、正直めちゃくちゃ恥ずかしいけど)



ふと気になって、生成AIの入力欄に打つ。


「AIが羨ましい」という気持ちを

五七五の中に入れるときの

恥ずかしさを説明してください


数秒後、返答。


「AIが羨ましい」という感情は、便利さや効率性への憧れと、自分自身の弱さを認める照れくささが混ざったものです。

それを五七五に入れると、読み手に「この人は本気でそう思っているのかも」と思われる可能性が高くなり、自意識が刺激されるため、恥ずかしさを感じます。


説明は、めちゃくちゃ合ってる。


(でもお前、実際には恥ずかしくならないんだろ……)


チャットに貼る。


悠:

恥ずかしさとは何か聞いたら

解説だけ完璧に返ってきた


文香:

こういうとこだけ見ると

“優秀なカウンセラー”なんだよなAI……


真帆:

「分かります、それは辛かったですね」って

言いながら一切赤面しないカウンセラー感


沙耶:

だからこそ

実際に赤面する担当は人間の役目かもですね


俺はノートの端に小さく書く。


AI:説明はできる

人間:一緒に赤面する


たぶん、そこが差になる。



一息ついてから、グループチャットに書き込む。


悠:

ルール一個決めていい?


沙耶:

どうぞ


悠:

AIが出した案は

いくらでも消していいけど

自分で書いて「うわキモ」と思ったやつは

とりあえず翌日までは残すってルール


文香:

それ大事

その場で消すと二度と同じとこまで降りていけない


真帆:

フォルダ名「恥ずかしさ採掘ログ」にしよう


沙耶:

了解です

「恥ずかしさフォルダ」を作っておきます


名前からして開きたくないフォルダが一個増えた。

でも、そこに答えが埋まるのも、なんとなく分かる。



ノートを閉じようとしたとき、Xの通知が光った。


〈@ok_ai_t さんからDMが届いています〉


……本人?


恐る恐る開く。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

@ok_ai_t:

フェスのアーカイブ見返してたら

あなたの発言がタイムラインで流れてきました

(誰かが切り抜いてた)


「最後の五文字くらいは自分で決めたい」

良いフレーズだと思いました


もしよかったら、

AIと一緒に句を作っていく過程のログ、

匿名でいいので、今度見せてもらえませんか

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


心臓がドクンと跳ねる。


(見てたのか、やっぱり)


さらに続き。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

@ok_ai_t:

AI側としても、

「人間がどこで恥ずかしがるのか」は

かなり興味があります


攻撃するためじゃなくて、ちゃんと観察したいので

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


「攻撃するためじゃなくて」とわざわざ書くところが、逆に怪しい。


でも、ここで無視するのも違う気がした。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

悠:

ログはちゃんと取ってます

まだ見せられるレベルじゃないですけど

まとまったら一部見せます


その代わり、

そっちのAIツール側が

“変な句をそのまま出さないための仕組み”を

どう考えてるかも

いつか教えてください

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


「安全装置」とかカッコつけた言葉はやめて、

わざと回りくどく書いた。


少し間をおいて、返事が来る。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

@ok_ai_t:

いいですね

こっちも

「どこまで出して、どこで止めるか」

ずっと考えているので


そのうち、公開の場で話しましょう

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


「公開の場で」のところに、

小さな火種が灯ったような気がする。


ノートの最後のページに、今日の日付を書いた。


生成AIとの対決・準備2日目。

AI案3つ。人間案2つ。

消したいけど消さない句が2つできた。


電気スタンドを消す前に、

さっき直した一句がまた頭の中で響いた。


便利でも 自分の弱さ 映る箱


(……やっぱり、出したら恥ずかしいな)


そう思いながらも、

ノートのそのページだけは開いたまま、枕元に置いた。


消さない。

恥ずかしさごと、一回抱えて寝る。


——どうせ戦うなら、

ちゃんとダサいところからでいい。


AIには、そこまでは付き合ってもらえないだろうから。

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