第2話 旧型PCたちのスペック表と、燃えるアカウント

翌日。

会社の昼休み、会議室B。


俺――相良 悠は、紙コップのコーヒーを前にして、ノートPCを開いていた。

画面には、昨日の川柳フェスの「講演アーカイブ」再生画面、一時停止。


その向かい側に、三人。

・一条 文香(いちじょう・ふみか)

・水野 真帆(みずの・まほ)

・城ヶ崎 沙耶(じょうがさき・さや)


全員、うちの会社の同じフロアで働いてるメンバーだ。


「……で、いきなり何よ、“AI代表と人力代表でガチ勝負してきます”って」


文香が、湯気の立つ味噌汁を置きながら言う。

黒髪ロングに、縁の細いメガネ。

カバンから、紙のノートと万年筆を取り出すあたり、ガチの紙文化人だ。


「その場のノリです」

「ノリで川柳フェス丸ごと戦争にするな」


真帆が半笑いでツッコむ。

ボブカットにライトブラウンのカーディガン。

スマホにはSNSアプリの通知バッジがずらっと並んでいる。


「でもさー、あの大河内って人、ちょっと面白かったよね。“旧型PC”とかさ。うちの広報案件に出てきたら一瞬で炎上しそうだけど」

「炎上でバズるタイプだよね、完全に」


そう言ったのは沙耶。

ショートカットにパーカー、ノートPCには統計ソフトのステッカーがべた貼りされている。


「私、昨日の配信アーカイブ全部見ました。言ってること、わざと火の粉散らす設計でしたよ」


そう、そこなんだよな。


俺はアーカイブの、一つのシーンを巻き戻して再生した。


『“AIが学習したからアウト”って言うなら、お前も今まで読んだ本全部返してこいよ。それ見て作った句も“学習データ由来”でしょ』


真帆がふっと笑う。


「これ、めっちゃ刺さった。“人間も学習してるじゃん”ってやつ」


文香は眉をひそめる。


「刺さるけど、乱暴よ。著作権とか、作者の生活とか、そういうのを全部“学習データ”でまとめて、“はい同じ〜”って言われるの、ちょっとムカつく」

「だよね」


俺はうなずく。


『別に“人間なんていらない”って話じゃないですよ。ただ、“AIだからダメ”って線引きは雑だって言ってるだけです』


そこだけ切り取ると、まあ分かる。

ただ、そのあとが問題だ。


『人間の脳みそなんて、せいぜい数十句並んだらバグる旧型PCみたいなもんです』


沙耶が画面を止めて言う。


「ここですよね。“旧型PC扱い”」


真帆がニヤニヤする。


「ねぇ相良、“旧型PC”って言われてどんな気持ち〜?」

「腹は立つけど、完全に間違いとも言い切れないのが腹立つ」


文香がため息をつく。


「ムカつくけど、言葉選びだけは上手いのよね……」


 



「で、今日集まってもらったのは——」


俺は画面を閉じて、ホワイトボードに近づいた。


「チーム相良のスペック表を作りたいからです」

「スペック表?」


沙耶がノートPCを開く。


「いいですね。まず自分たちがどんな“旧型PC”かを可視化するわけですね」


文香が箸を置く。


「スペックって、CPUとかメモリとか?」

「川柳的なスペックで」


ホワイトボードに縦線を引き、列を作る。


名前/川柳経験/得意ジャンル/AIとの距離感


文香から。


「川柳経験は……学生時代に国語の授業でちょっと。あと最近は、推しの俳優について短歌みたいなのをたまに書いてるくらい。得意ジャンルは“人間関係ぐちゃぐちゃ系”。AIは、正直今も嫌い。“機械に恋愛語らせんな”派」


真帆。


「経験ゼロ!得意ジャンルはトレンドとSNSネタ。バズ狙い。AIは普通に使う。画像もテキストも。“AIは普通に家電”くらいの感覚」


沙耶。


「経験、統計の例文で五・七・五を使ったことが数回。得意ジャンルは“数字”“対比”“皮肉”。AIはだいぶ使う。“人間の脳の外付けSSD”くらいの距離感です」


俺は、自分の欄にこう書いた。


経験:毎年フェス投稿/サークル歴5年

得意:自己嫌悪・仕事・生活

AI:アイデア出しは使う、最後の下五は怖いから自分で決めたい


真帆が笑う。


「下五怖いって何?」

「一番“素”が出るから。最後の五文字だけ妙にカッコよくなると、全部ウソっぽくなる」


文香が深くうなずく。


「それは分かる。最後の五文字で、“あ、この人ほんとはこういう人なんだ”って透ける」


沙耶がキーボードを叩いて、表をざっとまとめる。


「よし。人力ガチ勢が相良さんと文香さん。AI慣れしてるのが私。真帆さんは“観客の声担当”」


「私は『それXで流行りそう』『それはバズらん』だけ言ってればいい?」

「それ超重要」


 



「そういえばさ」


真帆がスマホをくるっと回して見せてきた。


「昨日、帰ってから大河内のアカウント掘ったんだけど」


画面にはX(旧Twitter)っぽいタイムライン。


@ok_ai_t


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

人間=キャッシュ1MBの骨董PC

AI=クラウドGPUクラスタ

どっちの出力に期待するかは明らかでは🤔

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


文香「感じ悪っ」


別ツイート。


@ok_ai_t


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

“作者はどんな気持ちで〜”って、

国語の亡霊まだ成仏してないの?

読む側がどう感じるか>作者がどう思ってたか

この不等号、そろそろ教科書に載せよ

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


沙耶「言ってることは一理あるけど、書き方がケンカ売りですね」


さらにスクロール。


@ok_ai_t


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

AIで一句量産して何が悪いの?

毎秒100句出せる世界で

“一生かけて一個だけ”とか

それ、尊いというより

ただの趣味でしょ

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


真帆「これ、バズってました。“ただの趣味でしょ”ってとこで炎上してた」

俺「うわ……」


もう一枚、画像付きポスト。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

(画像:古いデスクトップPCの写真に「電話回線の音」とテキスト)

人間の脳って

まだピーガガガって鳴ってる世代のPCだからさ、

“AIに負けた!”って怒るより

“よく今まで頑張ってたな俺ら”でよくない?

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


文香「旧型PCどころか博物館入り扱いじゃないの」


沙耶は冷静に分析する。


「でも、これ全部“人間いらない”とは言ってないんですよね」


真帆「“いらない”とは言ってないけど、“遅いし役に立たんけど可愛い骨董品”くらいには見てそう」


俺は画面を見ながら、やっぱりモヤモヤする。


「……なんか、“人間側の尊厳の置き場所”がずれてる気がするんだよな」


文香が俺を見る。


「じゃあ相良は、人間の尊厳どこに置きたいの」


しばらく考えてから、ゆっくり言う。


「“恥ずかしいのを、自分の名前で出すかどうか”かな」


三人が、一瞬だけ黙る。


「AIが出した候補の中に、“こっちの方が盛れてる”って句があっても、あえて“ちょっとダサいけど自分っぽいほう”を選ぶのは、AIじゃなくて、その人の責任だから」


文香が、少し笑う。


「なるほどね。AIの句は“安全運転”。人間の句は“わざとハンドル切ってガリってこすった跡まで含めて本人”みたいな」

「そういう例えはやめて」



沙耶がノートPCに新しいシートを開いた。


「じゃあ、チーム相良のAI利用ポリシー、ちゃんと文にしましょう」


画面に、箇条書きが出ていく。


1.アイデア出し・言い換え・字数調整にAIを使うのはOK

2.そのまま出す一句は必ず人間が最終選択する

3.“恥ずかしさ”の判断は人間だけがやる


真帆「3番、社是にしたい」

文香「“恥ずかしさ担当:人間”」


沙耶が続ける。


「それと、大河内さんのアカウント見てて思ったんですけど」


画面に、さっきのツイートをコピペして並べる。


@ok_ai_t


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

AIで量産されたら人間の一句が埋もれる

じゃあ人間も量を出せば?

“一本勝負”にこだわるのは本人の趣味であって

世界の仕様ではない

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


「この人、完全に“量の世界”に適応してる側なんですよね。だから、こっちはそこでは殴り合いしないほうがいい」


俺は頷いた。


「うん。数で勝とうとしたら、こっちが先に壊れる」


真帆が手を挙げる。


「じゃあさ、“一本の重さ”に全部振る?」


文香が腕を組む。


「つまり、“この一句に人生晒してますか”対決」

「そうなる」


俺はマーカーを取って、ホワイトボードに太く書いた。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

チーム相良の勝ち筋:

 AIが遠慮する“恥ずかしさ”と“生々しさ”で殴る

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


沙耶が、小さく拍手する。


「いいですね。“恥ずかしさ”って、データにできないですから」


真帆がニヤニヤしながら言う。


「逆に言うとさ、あの人が一番書きたくないの、“自分が今でも傷ついてる句”じゃない?」


文香「つまり、そこを狙うわけね」


俺「怖いこと言うな」


でも、分かる。

大河内はデータで殴るのが得意だ。

だから、データにしづらいところに踏み込めば、ワンチャンある。


 



「で、最初の練習テーマどうするかだけど」


俺はホワイトボードの隅に書き出した。


第1テーマ候補

 ・仕事

 ・恋愛

 ・家族

 ・AIそのもの


文香が即座に「恋愛は却下」と言った。


「いきなりそこは心臓に悪い」


真帆「でもいつかやるよね、絶対」


沙耶「フェス側、AI vs 人力のテーマで“AI”を絶対出してきます」


俺はペン先を「AIそのもの」の横で止めた。


「じゃあもう、最初から“AIそのもの”で行こう」


三人が同時に「うわ〜」と言う。


「一番キツいところから行くの、相良っぽい」

「旧型PC、最初からフルスロットル」

「電源落ちないように気をつけてくださいね」


俺は笑って、テーマの横に丸をつけた。


第1テーマ:AIそのもの


「AIについて、AIと一緒に句を作る。で、最後の下五だけは、人間の恥ずかしさで決める」


文香が、ペンをくるくる回しながら言う。


「いいわね。“AIに殺された大会”の続きとして、“AIと一緒に書いたけど、最後の一歩は自分で踏んだ”って形にする」


真帆がスマホを掲げる。


「じゃあ、今夜から#チーム相良 で草案投げまくろ。“キモいけど自分っぽい案”優先で」


沙耶がEnterキーを叩いた。


「ログは全部残します。“どこまでAIで、どこから自分か”を後でちゃんと説明できるように」


俺は、スケジュールアプリを開いて、今日の日付に小さくメモを入れた。


『AIと人力の対決、準備開始。下五は絶対、自分で。』


——電源は、自分で抜ける側。

旧型PCなりに、それくらいの意地は見せたい。


本番まで、あと一か月。

まずは一本。

AIに任せない一本を、ちゃんと恥ずかしがりながら書くところからだ。

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