ロスト

@kaiji2134

第1話 目覚め

第一話:目覚め


 半世紀前、戦時中に活躍した稀代の霊能力者・暁アキラは、鬼を操る力をも持っていたが、暁アキラはその力を完全に制御することができなかった。

 その力は日本全域に影響を及ぼし、ロストと呼ばれる極地災害を引き起こした。この災害により、日本は霊的な汚染に覆われ、鬼械と呼ばれる危険な霊的存在が次々と現れるようになった。

 時は流れ、日本は巨大な壁で外界と隔離され、人々は住人を「消失者」と呼び、忌み嫌っていた。


 暁サトルは、稀代の霊能力者・暁アキラの直系の子孫だったが、彼は全く霊能力が無いせいで、特に汚染が酷い地区に捨てられていたという。

「鬼械を一体ぶっ殺せば大体五十万」

 成功すれば短期間で大金を手に入れることができる。

 スラム街ではよく聞く話だった。


 『ロスト』に徘徊する鬼械たちの中心には「核」と呼ばれる霊的エネルギーの結晶体が存在するらしい。

 それは鬼械を動かす源であり、同時に貴重な資源でもあった。

 政府や企業は、その核を研究や兵器の材料として求めており、高額な報酬で取引していた。


 だが、核を手に入れるためには、鬼械を倒す必要がある。

 並の人間では到底太刀打ちできない。

 鬼械はその危険度や強さによって、国によってS〜Eにランク付けされていた。

 最も低い危険度を持つEランクの鬼械は、スラム街の住人たちがギリギリ手を出せるレベルだ。

 それでも一般人が挑めば命を落とすリスクは高い。


 その上には、D、C、B、Aランクと段階的に存在し、ランクが上がるほど鬼械の強さは飛躍的に増していく。

 特にAランク以上になると、国家霊能力者のチームでさえ苦戦を強いられる存在だと言われていた。

 そして、Sランクに分類される鬼械は、実際に目撃した者がほとんどいない。

「俺が狙うのはEランクだ。それ以上は無理だし、死ぬだけだ……」

 自分に霊能力がないことを考えれば、それでも無謀な挑戦であることに変わりはない。  しかし、Eランクの鬼械でも、その核を売れば数十万円になる。

 サトルにとっては、それだけで十分な金額だった。

 いつものようにサトルが鬼械狩りの仕事をしていると、そこに現れたのは幼馴染のマコト姿だった。

 彼女はAクラスの霊能管理官として阿修羅の討伐の任務に来ていた。

「サトル、久しぶりだね」

マコトの声に驚いたサトルは振り返った。彼女の姿は幼い頃のまま変わらず、美しい笑顔を浮かべていた。


「どうしてここに?」

「阿修羅討伐のために来たの。サトル、あなたも気をつけてね」

サトルは驚きと喜びの入り混じった表情でマコトを見つめた。

幼い頃の友人が、今や立派な霊能管理官となっている姿に感心せざるを得なかった。

しかし、彼女の言葉に含まれる重みを感じ取り、再び現実に引き戻された。

「阿修羅討伐って……あの化け物が現れたのか?」

サトルは眉をひそめた。


「そうなの。最近、阿修羅の出現事例が増えてきているわ。だから私たち、霊能管理局も全力で対応しなきゃいけないの」

マコトの声には緊張感がにじんでいた。

「まあ、俺には関係ない話だけどな」

 サトルは改めて尋ねた。

「その阿修羅ってのが、俺になんか関係あるのか?」

 マコトはしばらく黙ってサトルを見つめ、その後ゆっくりと口を開いた。

「ただ阿修羅は、Sランクの阿修羅だから注意して欲しいってだけよ」

「まあ、俺が死んだところで、悲しむ人間なんていないけどな」

 サトルはそう言いながら、少し肩をすくめた。

 冗談のつもりだったが、どこか寂しさが滲み出てしまった。

 『ロスト』の中心地に捨てられてから、親しいといえる人間なんて一人もいなかった。


 サトルはその思いを胸の中でぐるぐると巡らせながら、目の前のマコトに視線を戻した。

 彼女の優しい顔を見つめて、少しだけ心が温かくなるのを感じた。

 それでも、心の奥底で何かが引っかかっていた。

 人との距離が遠く、信じることに慣れていない自分がいる。

「まあ、今更誰かに頼るつもりもないけどな」

 サトルは小さな声でつぶやき、視線をわずかに逸らした。

 冗談めかしてはいるが、その言葉には本音が混じっていた。

「俺はE以下の鬼械としか戦わないし、Sランクが出るような場所にはいかねぇよ」


 サトルの言葉には、あくまで自分の身を守るための現実的な決意が感じられた。

 彼は冗談を交えつつも、Sランクの鬼械に立ち向かう覚悟なんて到底持っていないことを、はっきりと示していた。

 Eランクの鬼械ですら、自分にとっては手を出すべきではない危険な存在であり、Sランクのような超常的な存在に近づくなんて、命知らずだと考えていた。


「じゃあ、俺にも仕事があるからよ」

 サトルは言い終えると、背中のバッグを肩にかけ直し、足元の瓦礫を踏みしめながら前へ進んだ。

 マコトは一歩だけ近づき、低い声で言った。

「気をつけて……サトル」

 しかし、すぐに現実が彼を引き戻す。

 前方の影が揺れ、ほのかな光が核の存在を示した。

 Eランクの鬼械──その異様な姿は、目の前に立つだけで重圧を感じさせた。

 その瞬間、Eランクの鬼械は両断されて倒れた。

「Eランクの後ろに何かいる……?」

 サトルは異様な気配を察知し、後退した。

「……あれは……?」

 サトルはが息を呑む。

 人のような、背中には無数の棘が生え、瞳は深い赤に光っていた。

 多分、阿修羅だな。

 スラム街でも阿修羅の噂はよく聞くし、風刺も似ている。

「だけどよ!コイツをぶっ殺せば俺の借金はパァになるぜ!」

 サトルは肩にかけたバッグから鉄パイプを抜いて、阿修羅に向かって殴りかかっていった。

「サトル!阿修羅は私の仕事よ」

 マコトの声が廃墟の空間を切り裂いた。

「止めるんじゃねえ!コイツを殺せば俺は普通の生活に戻れるんだ!」

 サトルは阿修羅を頭部を鉄パイプで殴った。

「き……効いてねえ?」

 衝撃が腕に跳ね返り、骨の奥に冷たい痛みが走る。サトルはそのままよろめき、膝をついた。鉄パイプが手から滑り落ち、コロンと乾いた音を立てて地面に転がる。

「くそっくそっ!」

 鉄パイプを握り直し何回も阿修羅を殴り続けるが、阿修羅には効かない。

 その瞬間、マコトの声が響いた。

 「サトル、やめなさい!無茶よ!」

 だが、サトルは振り返りもせず、怒りと焦りを押し殺して叫ぶ。

 「無理でも、やるしかねえんだ!借金が、普通の生活が、全部……!」

「無力な者よ……お前との闘争はつまらん。後ろの者と代われ」

 阿修羅はその赤い瞳を、ゆっくりとマコトへ向けた。背中の棘が音を立てるように蠢く。

「────サトル、下がって。阿修羅は私をご指名らしいから」

「貴様はそこそこ出来るようだな」

 阿修羅の声は低く、しかし鋭く響いた。背中の棘がかすかに震え、赤い瞳がマコトを捉える

「……覚悟しなさい」

 マコトは深く息を吸い、掌に武鬼を握り締めた。

 霊力の光が淡くほとばしり、彼女の周囲に微かな風を生む。

「まずは様子見と行こうか……」

 阿修羅は両腕で防御の体制を作る。

「いくわよ!」

 声は小さくとも、鋭い覚悟が滲むとともに、阿修羅の体が切り刻まれていく。

「ほう……槍の風の武鬼を使うのか。しかも霊能力の練度も高い。無力な者のためになぜそんなお前が犠牲になる?」

 マコトは一瞬その言葉に目を細めたが、すぐに凛とした表情を取り戻す。霊力が槍先に集まり、風が渦巻くように舞った。

「犠牲……じゃない。私が守るべきもののために戦っているだけよ」

 言葉に迷いはない。槍は光を帯び、阿修羅の防御を裂く音が廃墟に響いた。

「……ほう、面白い。守るべきもののためか。だったら守れるか今、試してみるんだな!」

 阿修羅は倒れていたサトルに向かってかけだし、殴りかかった。

「「サトル……!」

マコトの体に阿修羅の拳が叩きつけられ、腹部に風穴が開く。

「マコト!?」

「ごめん……サトル。でも、サトルのせいじゃないから」

 マコトの声はかすかだが、その決意は揺るがない。

「……俺が守る!二度とお前を傷つけさせない!」

「サトルに渡す物と、私が死ぬ前にサトルにやる事があるの」

 サトルはその言葉に、頭が真っ白になるほど動揺した。荒い息を吐き、泥と血にまみれた掌で彼女の顔を支える。

 マコトの胸はひくひくと小さく上下するだけで、時間が残り少ないことを示していた。

「……これを持って行って。あなたはまだ''使えない''けどいずれ''使える''ようになるわ」

 マコトは武鬼をサトルに手渡した。

「マコト……それで、なんだよ、その『やること』って……?」

 声を絞るように問いかけると、マコトは苦笑を浮かべたように見えた。

「私の霊力を全てあなたに与えるの。時間がないの」

「は……?」

一瞬、言葉の意味を理解できなかった。理解した瞬間、サトルの胸に激しい感情が押し寄せる。

「ふざけんなよ……! そんなことしたらお前──!」

「死ぬわ」

 マコトははっきりと言った。もう迷いは一片もなかった。

「でもね、サトル。あなたは生きるべきなの。私じゃなくて──あなたが」

 サトルは首を振る。否定し続けるしかなかった。

「そんなの望んでねえよッ! 普通に……普通に生きてくれれば、それでよかったんだよ……!」

 マコトはそっとサトルの手を包み込む。血だらけの手が温かかった。

「サトル。あなたは霊力がない。だからこそ《器として完全》なの。汚れていない魂なら……私の力をそのまま受け継げる」

「いらねぇよそんなもん! 俺に力なんか──」

「あるのよ、理由が」

 マコトは阿修羅を一瞬だけ睨み、またサトルに視線を戻した。

「このままじゃ……阿修羅は止まらない。私も、誰も、あなたも、そして──この先の未来も」

 言葉が、息が、震えながらも続く。

「だからせめて……未来だけはあなたに託したい」

 サトルの抵抗は、涙で崩れていく。

 マコトは最後の力を込めて、サトルの胸元に手を当てた。

「霊脈に沿って流すわ。激痛が来る。でも……絶対に手を離さないで」

「やめろ……やめてくれよ……マコト」

「ありがとう、サトル。あなたと出会えて……好きになれて……幸せだった」

 一筋の涙を残して、マコトの体が淡く光り始めた。


 霊力と魂を手渡す儀式が──始まる。

 マコトの手がサトルの胸に触れた瞬間、胸の奥で熱い光が爆ぜる。

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